第二話:王子去ってまた皇子
「……だからね?是非君に我が国に来て欲しいんだ!」
「はぁ」
三日前に王子に振られました。
つまりまだ三日しか経っていない。
なのに今私は、隣国の王子にスカウトされています。
よく王子に当たるな。
ペラペラと甘言を並べる王子の声をスルーして、事の次第を思い出す。
私は入学してすぐ前世知識と持ち前の好奇心から組み上げた研究を提言。しかし十一歳のおこちゃま達は兎も角、先生にまで一蹴された私の幼心とちっぽけな自尊心はそれはもうパラパラの粉々に砕けた。
それでもこれは人の命のためだと続けてきた所に、聖女と呼ばれる特待生の少女ルテアが入学してくる。(尚聖女という存在は神話や教典に存在しない)
それは私の後ろ指を鋭くさせ、私は魔女の疑いまでかけられてしまう。魔女裁判とかなくて良かったと私の中にあるサクラの記憶の中にあるおぞましい知識を思い出し身震いした。
そして元々あった疑惑は聖女登場により火消しは不可能になり、私は婚約者の我がイスノヴィア王国第三王子リンデン様から婚約破棄を告げられた……。
そう。そして腐りかけてた私は姉のアドバイスもあり、留学することに決め……決めたのは昨日のことだ。しかも私は今日まで一歩も外に出ていない。
だから家の者以外誰も留学のことは知らない。はず、で。
「あれ……聞いてる?おーい、ネモフィリア嬢〜、うちの国に来てくれないか〜い」
この国の王子が知ってるわきゃ無いのだ。
そう。ないのだ。
「……エルウッド殿下……」
「あっ気がついた、良かった〜僕のこと見えてないのかと思った」
隣国、クロンディウム帝国のエルウッド=ローリエ・クレプスクルム皇太子。
クロンディウム帝国。広大で肥沃な平原と、入り組んだ島々から成る大国である。イスノヴィアもそれなりに大きいが、西のクロンディウム帝国と東の大寒連合国……それから南のシュヴァリア王国も、イスノヴィアより大きな国だ。
この世界にはそれ以上の国があるので、これらより大きい国もあるかもしれないし、小さい国はたくさんある。
とりあえず、そんな大国の王子様が、私に熱心にスカウトを仕掛けている。
幸いなことに学校に残っているのは教師陣と一部の特待生だけ……噂にならないのはいいけれど、私はこの王子様は苦手である。なぜなら。
「僕、君が提唱した地理学っていうのに興味あって……」
「……あれは幼き私の妄言でございます。お忘れください」
「あれ?でも……その手に持ってるのは過去の洪水の記録……だよね?どうして?君は忘れていないのに、僕には忘れろって言うんだ」
「…………」
これである。軽薄な雰囲気も苦手だが、見逃してくれない所が嫌。聡い子供は嫌われるんですよ、なんて、同い歳なのに思うのはサクラの記憶のせいか。
「それに、留学に関する書類。ねぇ、留学を考えているなら、是非ウチに来ないかい?」
手厚くもてなすよ、と笑う顔に、まぁ並のご令嬢ならコロリとされてしまうのだろうと呆れ、私は首を振る。
「殿下の祖国クロンディウムは気候も穏やかでありながら大変豊富で、我が国にはない地域体系も多く、大変魅力的ですが……」
「なら……」
「今殿下のご提案を受けてしまうと、その、殿下にとっても不名誉な謗りが……」
「ああ、君が魔女だという話?」
「で、殿下……」
んなあけすけに言わなくても……。
わかっていてもちょっと傷つくんだぞ。なんてふざけたことは返せない。どうしていいか悩んでいる私に笑みを深くしながら、エルウッド殿下が続ける。
「ここじゃ不名誉かもしれないけど、少なくとも僕はそうは思わないんだよね」
「は……」
「寧ろ凄いよ、その若さでそんなこと言われたら、その時代はとても平和になるとまで言われるんだから」
は?
いや待て待て待て。古今東西この国の文献に飽き足らず外の、勿論クロンディウムの文献にも手を出した私だ。そこに魔女という呼び名が名誉あるものだなんてひとつも書かれていなかった。あくまでも幼い女の子を叱るためのバーバ・ヤーガ(サクラの記憶の中で見た、恐ろしい老婆)のはずなのだ。
その、はずなのだ。
「それは……私を喜ばせ……る、つもりの……ご冗談……だったりしますか?」
声が震えた。私の知らない世界が、この人の中にある。
「まさか。後ろ指を指されていようが、君はこの国の中枢を担う公爵家のご令嬢。失礼なことはしないよ」
嘘ではない。
ああ、タダでさえ憧れていたクロンディウム。
十二の月は細かく季節が振り分けられ、目まぐるしいながらも穏やかで恵溢れた気候。
「君に婚約でも申し込めば連れてくのも早いのかもしれないけど、ほら、君の気持ちや立場を考えたらさ、僕じゃちょっと吹き飛ばすのに弱い」
「だから、是非、君が留学を望むのなら、是非……我がクロンディウムへ」
差し出された手を迷わず取る。
私、まだ研究ができる、意地でも研究を完成させるつもりではあったが、それが、憧れのクロンディウムで、しかも、この悪名がもしかしたら最高の呼び名となるかもしれない、そんな所で。
「やります!是非……学ばせてください、クロンディウムという、国を!」
「よしきた!」
その時の殿下の笑顔は、思い出せば鮮明に蘇る。
どこか懐かしそうでいて、それでいて少し傷ついていて、でもやはり嬉しいのだと、言葉もなく語っていたから。
家族や家の者以外に認められたのは初めてだ。この方が私の研究を待っているのだと思うと、いつでも励みになる。
3話目まではサクサクいきたいです。読み応え的に。
少し前に飼い犬に手をやられたのですが、傷跡になった部分の皮膚が薄くてぶつけると痛いです。
長期戦覚悟だァ……。