妖精のいたずら
時計塔に連れ込んで治療を行った犬耳少女からヴィッツ達は事情聴取を行っていた。
「……『冒険者ギルド、賞金稼ぎのネットワークなどの公的組織を経由していない』『黒ずくめの奴に』『手配書は訳あってなくて』『お前を信用して』『口外無用』『相場より高い報酬』『報酬後払い』『生死不問』…………」
ヴィッツは頭を抱えた。
「怪しさのオンパレードじゃないか……!」
「言われてみればそうだね!」
「やっぱり犬はダメね」
「さっきからそんな調子だが犬が嫌いなのか?」
「よく手や顔をベロベロ唾液塗れにされるのよ、舐められてるみたいで腹立つわ」
「懐いてるだけじゃねえかな……」
あと物理的に舐められてはいるだろ……と突っ込む。
「とりあえず同業者に周知してくる!」
「この街までバカンスに来ててわざわざこの厄ネタを踏む奴なんているのか……?」
「現におまえの目の前にいるでしょう。それに慌ててけしかけてきたのがその駄犬で次以降はもっと上手く偽装してくるかもしれないわよ」
「それもそうだな」
「あと!私は駄犬じゃなくてアガーテっていう名前がちゃんとあるから!」
犬耳少女改めてアガーテはそう言うと飛び出して行った。
「これであの駄犬が再度準備して襲いかかってきたらどうしましょう……」
「さすがにそこまでバカじゃないだろ……」
アガーテを送り出した時計屋は作業場で依頼された時計の修理を行っていた。
「そういえば、期間設定の1週間は何を基準に設定したんだ?」
多少の延長は受け付けるぞ?とヴィッツは付け足した。
「問題ないわ、ちょっかいかけてきてる奴らの親玉を潰すのに1週間かかるってことよ」
カチャカチャと修理の終わった物のパーツを組み立て直しながら時計屋が言う。
「敵を潰す為に動いているようには見えんが」
ヴィッツは四六時中時計屋と一緒に行動しているため、時計屋がアクションを取っているようには見えなかった。
「敵の敵は味方ってやつよ、合法的な手段で国宝を入手した私に非合法な手段で害を及ぼそうとしたらそいつは『悪』って大義名分ができるから、そいつらが気に食わない奴らにちょっと金を握らせて叩かせれば終わりよ。あとこの国の暗部は基本的に薄情だから、依頼主が没落したり死んだりしたら依頼の遂行をやめるわ。暗殺の驚異に晒されてても依頼主を始末するような奴に下手にちょっかいかけたくないんでしょうね、効率的だけどプロ意識には欠けるわね。そこの箱取りなさい」
時計屋は次の時計を分解しながら説明する。手元のものでは何かが足りないようで予備のパーツの入った箱を油のついた手で指さした。
「ほらよ。終わったら晩飯の材料買いに行くぞ」
ヴィッツがガチャン、と金属音を立てて作業箱を時計屋の近くに置く。
「わかったわ。あと、明日は昼は作らなくていいわよ」
時計屋は思い出したように伝えた。
「どっか食いに行くのか?」
「依頼先で食べることにするわ」
大仕事になりそうなので昼は時計塔に居られない、と補足する。
「俺の分は?」
「それぐらい奢るわよ」
「その依頼先ってのは?」
「この街で1番大きいホテル」
「……真っ当に仕事してんだな」
「……お前は午前中にわたしが仕事してたの見てなかったのかしら?」
「いや、そういう訳じゃないんだが、見た目が見た目で態度もアレなやつが社会的信用を勝ち取れるのかと」
「失礼ね」
「ツインテールでぬいぐるみ抱えてるのは100歩譲って個性と考えても初対面の人間を『おまえ』呼ばわりする奴の方が失礼だろ」
「じゃあ今からでも呼び方変えてあげようかしら、何がいい?用心棒?ステゴロドラゴン?」
「おまえでいいよ……」
時計屋は名前で呼ぶ気は無いようでお手上げとばかりにヴィッツは肩を竦めた。
「時計屋よ、時計の修理に来たわ」
翌日、シウエスコで最も大きいホテルである『シウエスコグランドホテル』に2人は足を運んでいた。
受付の女性に声をかけると直ぐに目的の物がある倉庫に案内された。
「こちらです、先日何故か急に動かなくなってしまって……普段はロビーに置いてあるのですが……」
「アンティークの時計の修理か」
工具箱を4つ運ばされているヴィッツは言った。彼の目線の先には大きなアンティークの時計が鎮座している。針は動いていないがヴィッツが見ても分かる貴重品だ。
「ええ。さっさと終わらせて昼食にしましょう。時計塔に機材の搬入が終わるまではここに滞在してたけどサービスもなかなかよ」
「そりゃ楽しみだ」
ゆらゆらとヴィッツは左右に尻尾を揺らしながら言った。
倉庫は普段から掃除が行き届いているのか埃っぽさはなく作業も普通に行える環境だった。
時計屋は幾つかパーツを外していって不具合を探していく。時計の内部は暗いのでペンライト型の魔道具を咥えて中を照らしている。
時計の修理を始めた時計屋がしばらくしてからヴィッツに向けて手招きをした。
「なんだ」
「ほへほほりははい(これを取りなさい)」
咥えていたライトの魔道具をヴィッツへ向けて上下に揺らす。取って欲しいらしい。
「唾液ぐらい拭けよ……」
「ぷはっ、手もタオルも油まみれで触りたくないのよ。そこ照らしてて頂戴」
時計の奥の方を指さす。
「ここか?」
「そのまま動かないで」
「わかった」
それからまたしばらくすると手が止まってしまった。
「ちょっとその辺照らしてみて頂戴」
時計の奥の方を指さす。
「ちょっと見せてみろよ」
「いいけど……」
「多分その歯車の裏の歯車噛み合ってないぞ」
ヴィッツはしばらく時計の奥を見つめてから指さした。他の歯車が視界を遮っており、時計屋でも言われて初めて気づくレベルのものだ。
「…………お前便利ね」
「そりゃどうも、というか龍種の視力の良さは有名なもんだろ」
「……1回この辺のパーツも外さないとダメね。全く、誰か蹴っ飛ばしでもしたのかしら?こんなところ普通外れないわよ」
「というかもう3箇所直しただろ。酔っ払った客がうっかり蹴ったんじゃないか?」
「それにしては外装が綺麗すぎるわ、妖精かしら」
「妖精がいるなら対策ぐらいしてるだろ」
「客の連れじゃないかしら、終わったらとりあえず支配人に伝えましょう」
修理を終えた2人は、ホテルで昼食を取っていた。
「妖精連れてる奴は近くにいるかね?」
時計屋よりも先に食事を終えたヴィッツがキョロキョロと周囲を見渡す。
「そんな直ぐに見つかるようなものじゃないわよ……」
「あ、いた」
「マジで言ってる?」
「ほらあそこ」
ヴィッツが指さす先のテーブルには食事をとるエルフの男性と、翅の生えた手のひらサイズの少女……中級妖精と思わしき妖精がいた。
「アレね」
「まぁアレだろうな」
2人はため息を吐いた。
「どうする?支配人とやらに伝えるか?」
「妖精遣いじゃ支配人に言われたって反省するとは限らないわ、直接文句を言いに行きましょう」
「酷い偏見…………いやそうかもしれんが……」
「ご馳走様でした、今言いに行きましょう」
視線の先では妖精遣いは食事を終えて立ち上がっていた。
「絶対よした方が良いと思うんだけどな……」
時計屋は立ち上がったのを見て、ヴィッツも急いで紅茶を呷った。
下級妖精:光の玉に翅が生えたようなもの、意志や知能が薄弱であり物理的な干渉は殆どしない。契約によって人間の魔法発動を補助する場合がある。
中級妖精:手のひらサイズだが人の形を取るようになる。知能は子供程度であるが、肉体を形成できるため物理的な干渉が可能になり、魔法も補助だけではなく自発的に発動できる。総じていたずら好き。
上級妖精:普通の人間のサイズになる。人類よりも総じて長寿なため博識。中級妖精に比べると『落ち着き』を得る。
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