魔弾の猟犬
「やぁ悪者!恨みは無いが捕まってくれ!」
時計塔で待ち構えていた襲撃者の少女はそう言った。
(犬系獣人、軽装、腰に妙にデカいカバン、武装は左右の脚のホルスターの拳銃か?)
「補充が早い、別働隊か?」
ヴィッツは襲撃者を観察しながら時計屋に問いかける。
「結界を踏んだのはあの犬っころ一匹よ、避暑に来てた賞金稼ぎでも雇ったのかしら」
「悪者……?暗殺者集団になに吹き込まれたんだ……?」
「粗方でっち上げた罪を被せたんじゃないかしら?連中がよくやる手口ね」
「いやロクでもねぇなあいつら……下手すりゃ前科持ちかよ俺」
呆れて息を吐くヴィッツ。
「投降するなら傷つけはしないさ!!」
「だそうだ、どうする?」
ヴィッツは依頼主の判断を仰いだ。投降するか否かではなく説得を試みるか、さっさと黙らせるかだが。
「任せなさい、いい考えがあるわ」
「任せたぞ」
「おいバカ犬!」
時計屋は一息置いてから言った。
「金ならいっぱい出すわ!こっちに付きなさい!!」
不正を行った貴族が捕まる寸前に言うタイプのセリフだった。
「どっちが馬鹿だ……その言い方は大抵こっちに非がある時だよ!」
「断る!」
ヴィッツが呆れながら抜刀して少女へ向けるのと犬耳少女が右脚のホルスターから銃を抜くのは殆ど同時だった。
「どの大陸の銃か分かるか?」
「あの形状は多分渇望の大陸のものね、装填数は8ぐらい、実弾か魔獣素材の特殊弾頭、それか契約魔弾あたりじゃないかしら。契約魔弾の場合は装填数はアテにならないし、流石に中身までは分からないわ」
「それだけ分かれば十分だ。当たったら不味いってことだな……逸らすのも気をつけないと」
魔法弾だったら楽に弾けるんだがな、とヴィッツはぼやく。
時刻はまだ昼過ぎでいつ時計屋の客などの一般人が来てもおかしくない。人避けの魔術の類が発動していないのは角で感知している。街中で銃を抜くような賞金稼ぎがどれだけ一般人に配慮するかは知らないが掛かってる金額によっては建造物への被害ぐらいは気にしない者もいる以上楽観視はできない。
先に動いたのは犬耳少女だった。
引き金の引いてヴィッツ目掛けて発砲。
「面倒な……」
ヴィッツは剣の腹で滑らせ、弾丸を跳ね上げるように弾く。
(重いな、炸薬まで弄ってるタイプか。だが剣で弾いた感じだと、弾いた弾丸が建物の壁や街の地面を抉りとる程じゃない。触れた時点で爆発したりもしない。それに……)
「お前の細腕じゃ連射は厳しいだろう!」
銃撃の威力からして反動も厳しいため、標準を合わせずらく連射はできないだろうと当たりをつけて踏み込んだ。
「ちっ!銃弾を弾くな化け物め!」
対して犬耳少女は、片腕で2発目を発砲しつつ左脚のホルスターの銃に手を掛ける。
避けると時計屋に当たりかねないそれを弾く為に減速して剣を振る。
「『選弾・波導』!」
そう叫んだ犬耳少女が左のホルスターから抜いて構えた銃は、凡そ実用に耐えるとは思わない水晶製だった。
「ッ!?」
ヴィッツは魔法の発動を目視して下がる。
犬耳少女が水晶製の銃を発砲し、直後不可視の衝撃で地面が抉れる。
「あれは!?」
水晶銃を警戒して一度時計屋の元まで下がるヴィッツ。時計屋に銃の詳細を尋ねる。
「叡智の大陸のものね、弾丸は魔法弾。多分どこかに銃と紐づいてて魔法弾を切り替えるアーティファクトの類を持ってるはずよ」
「腰のカバンか!」
「いいことを教えてあげるわ。あの手の魔法銃は弾丸のコストが嵩みやすいわよ」
「了解!」
(コストが高いなら広く浅く色んな種類の弾丸を抱えて使い慣れた奴だけ多めに持ってると見た……!)
「『選弾・標準』」
犬耳少女は魔法弾を切り替えて魔法銃の引き金を引く。
(速い……!)
実弾とは比べ物にならない弾速の魔法弾は弾き切れないと判断したのか剣の腹で受ける。
「『選弾・猟犬』!」
また犬耳少女が魔法弾を切り替えて発砲。あまり正確に狙いをつけていない。それが余計にヴィッツの警戒を誘う。
発射された魔法弾は一瞬中空を漂った後、ヴィッツの剣目掛けて飛翔した。
「追尾能力……!」
(さっきの速い魔法弾で標準を固定したのか!)
そう判断してからのヴィッツの行動は早かった。
犬耳少女目掛けてその剛腕で剣をブン投げたのだ。
「なにっ!?」
犬耳少女は間一髪で避けたが街の地面を抉り飛ばしながら着弾した剣を見て頬を引き攣らせる。
「おいっ!」
「修繕費は給料から差っ引いといてくれ!」
街を傷つけたことに対して時計屋から声が飛ぶ。
犬耳少女はいつの間にか実弾銃の方をホルスターに収めカバンから爆弾と思わしきものを取り出している。
「『龍闘術』」「剣士じゃなかったのか……!『選弾』ッ!」
一般人への被害を考慮したのかヴィッツは周囲のマナを食わずに自身のマナだけで龍闘術を発動、犬耳少女は再度魔法弾の切り替え。
「『潰鋼龍尾』」「『標準』!」
尻尾に紅い龍闘気を纏うヴィッツ。対して犬耳少女は再度標準の固定を狙う。
先手を取ったのは犬耳少女。右手で持っていた爆弾のピンを口で抜いて放り投げる。
「時計屋ッ!」
爆発までの時間や中身を知る由もないヴィッツは時計屋の盾となるべく下がる。爆弾は黒煙を吐き出した。スモークグレネードだったようだ。
犬耳少女は時計屋を庇おうとしたヴィッツに向けて発砲。最速の魔法弾はダメージは与えなかったがヴィッツの胸元に着弾する。
直後、黒煙が本格的に吹き出し戦闘領域を包んで両者の視界を潰す。
「『選弾・猟犬』!終わりだッ!」
そう言って犬耳少女が展開した追尾魔法弾の数は20にも及ぶ。
(全部が着弾すれば龍種や上位魔獣であっても馬鹿にならないダメージだ、勝ったね)
全てが煙の中へ向けて飛翔し、炸裂した音がする。
「よしよし、投降する気になっ……」
「フン、やっぱり犬はダメね。飼うなら猫よ猫」
煙の中からしたのは小馬鹿にしたように笑う時計屋の声だった。
「なに?」
「『暴龍重圧』」
直後、頭上から振り下ろされた尻尾によって地面に叩きつけられた。
「ガッ!?」
「そうか?人の考えは人それぞれだと思うが俺は犬もいいと思うだぞ」
不在の間家を守る番犬はドラゴン的には高評価だ、と付け足すヴィッツ。
「な、なんで……」
犬耳少女は口から血を吐きながら言う。
「自分で貼った煙幕で回避できる攻撃食らっちゃ世話ないな」
煙が晴れ、上着を脱いでいるヴィッツの姿が現れる。
「狙いが精密過ぎるのも考えものだな」
先程までヴィッツが立っていた場所には地面にはボロ屑になった上着が置いてある。
「狙ってたの?」
「いや、何発か食らうと思ったから上着だけでも無事にと思った。結構お気に入りだったんだがな……」
犬耳少女はそんな理由で負けたのかと愕然とする。
「ま、まだ……!」
犬耳少女が倒れ伏したまま銃を向けようとすると既に龍闘気が霧散した尻尾で銃を絡め取られた。
「骨折を増やしたくなかったら動かない事だな」
「グゥッ……!?」
無理に動いた結果、更に激痛が走ったらしく呻く。
「お疲れ様、そいつ財布持ってないしら?」
修繕費はそこから出すわ、と時計屋がのたまう。
「抑えとくから武装解除してくれ」
「わかったわ」
手を尻尾で抑えられ、動けなくなった犬耳少女から時計屋は銃を奪い、カバンを外し、服の中を探っていく。
「ナイフ持ってたわ、危ないわね」
おそらく最後の武器であろうナイフもポイッと捨てた。
「くそぅ……」
「財布あったわ。めちゃくちゃ軽いわね、やっぱり給料から天引きになりそうよ」
「言い値から天引きってどうするんだ?経費でいいだろ」
「まあそれもそうね、どっちでも変わらないわ。この調子だとまだまだ賞金稼ぎ来そうだけど次から街の外で戦えないかしら」
「こっから街の外までぶん投げたら大抵の賞金稼ぎが死ぬと思うぞ」
「投げろなんて言ってないわよ……」
「弾丸はどうなんだ?結構値段が嵩むんだろ?」
時計屋がカバンの中身を漁っていく。
「んー、結構チューンしてあるから売値低くなりそうね……あら、契約魔弾じゃない。供物は……金銭ね」
「契約書ないのに読み取れるのか……払い戻しは?」
「元の9割ね、出来そうよ」
更にカバンを漁っていくのを犬耳少女は緊張した面持ちで見つめる。
「あら?このカバン二重底ね」
「あっ、あたしのへそくりぃ……!」
緊張していたのはへそくりが見つかるか心配だったらしい。
「宝石ね。そこそこいい値段になりそうよ」
「……時計屋、お前治療魔術は使えるか?」
犬耳少女を抑えつつカバンを漁るのを見ていたヴィッツが助け舟を出した。
「神聖術以外なら大体使えるわよ」
「その宝石は治療費ってことにしないか?」
「……まあ、不当な搾取は望む所ではないわ」
「よし、じゃあ連れ込んで情報吐かせるぞ」
「急いでるわね」
どこか焦ったようなヴィッツに時計屋が問いかけた。
「……上着がないと冷えるんだよ」
へクション!と冷えた空にくしゃみが一つ吸い込まれて行った。