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ヴォルテールの手記【神嶺エマテラソノ】


【神嶺エマテラソノ】


この世界で最も高い山であり、最も魔力の濃密な場所である。頂上付近は常にその魔力によって創られた魔雲に覆われている。その濃密なマナは神代から存在する大気の精霊などの干渉すら跳ね除け、千里眼や神の眼でもその頂上は観測出来ない。成層圏ギリギリまで飛行した意思持つ大怪鳥『オーバークラウド』の目視では頂上所か山や魔雲そのものが観測出来なかったとの事なので、魔力が景色、あるいは空間そのものを歪めている可能性も存在する。

魔雲からは雨や雪、雹や雷といった通常の気象だけではなく、炎や酸、鉄の雨に超重力、津波、ねじ曲がり前へ進めなくなる空間といったありえない現象が起きる上に視界も非常に悪い。大気に満ちる魔力は肺腑を犯し、強制暴発(ファンブル)を起こす形で魔法の詠唱を阻害する。また、魔力の少ない人間であればマナ酔いを誘発する。

魔雲の中を高速飛行しダメージを負う前に登頂を試みた頑健な龍種が超重力で叩き落とされ全治3年の怪我を負った事例、結界を張り巡らせたハイエルフが強制暴発とその後異常気象に晒されて死にかけた事例、土の精霊が地面を掘り進めて魔雲を避けようとしたら異常な極低温に晒され凍死寸前に追い込まれた事例などから、装備や物資自体にも何らかの加工を施さなければ使い物にならないだろう。服装も寒冷と灼熱の両方への対応が必須と考えられる。

魔雲地帯までの登山自体も急な斜面や薄い空気、体温を奪う極低温、単純に大量の物資を要求する長い道など、通常の山岳と変わらない危険が付きまとう。


そして何より、到達者の居ない『世界の果て』であり、終わりが見えない。どこまで進めばいいのか分からないという事は物資以上に心を蝕む。異常気象に打ち勝てても自分の心に勝ち続けられるとは限らないのだから。


総括して、我が生涯で最も踏破の難しい秘境と言える。




「これは……登頂前の資料か」


「そうみたいですぅ……まさか、ど、ドラゴンやハイエルフ、精霊まで挑戦しては敗れているなんて……」


ウィリティスは戦きながら呟く。


「この挑戦したハイエルフは俺の祖母だな。寝物語に良く冒険の話を聞いたのだが唯一負けたまま帰って来たのがこの山だ」


「えぇ!?」


ウィリティスが驚くのも無理はない。ハイエルフは基本的に里に閉じこもっており、外に出て冒険者をすることはあれども大抵寿命差があるため伴侶には同族を選ぶからだ。


「俺が最初にここに来た理由でもある」


婆さんの敵討ちってわけだ、と茶化しながら言った。


「ふん、どうでもいい自分語りはやめて登頂後の資料を見なさい、後がつっかえてるのよ」


「じゃあ先に読んでていいぞ」


「は?」


「頂上の景色は自分で確かめる必要がある。あんまり先入観を持ちたくない」


「……難儀な性格ねお前」


そう言うと時計屋は懐から機械を取り出し日記帳のページを捲り始めた。


「カメラか?」


「ええ。300年前のものとはいえ重要な資料だもの。幾つか欲しい材料の在り処も書いてあるでしょうし」


「輸入品か。叡智の大陸の物か?」


「ええ。まぁあっちの大陸では魔力データ化が主流だからその場で出力できるタイプはもう少ないようだけどね」


入手には手を焼いたわ、とボヤキながら時折手を止めてはページでシャッターを切り、写真を撮っていく。数秒もすると写真が印刷されてカメラから吐き出される。


「それで?出来そうなの?神嶺の登頂は」


「一つ一つの現象に対して対策が存在しない訳では無い。この世界に限定してもあの山よりも冷え込む場所、暑い場所、臓腑を蝕む毒と物資を溶かす酸が降り注ぐ場所は存在するし、そこに棲む種族が存在する事が踏破が不可能では無いことの証明だ」


「お前は龍人でしょう?そこに棲んでる大半の種族よりは優れているわけだし基礎スペックでごり押せるんじゃないの?」


「生物学は苦手なのか?基礎スペックだけで解決出来るもんじゃないんだよ。俺の氏族は龍人の中では比較的寒さに強いが長時間でなくとも晒され続ければ体力は失われるし場合によっては怪我をする。毒や酸にもある程度の耐性はあるが『ハズレ』を引けば一発でお陀仏だ」


ヴィッツは滔々と語る。


「ふぅん、そういうものなのね」


「そういうものなんだ。あと何より問題はそれが全てほぼ同時に起こり得る事だ。単純に考えて、3秒前まで霰が降っていたのにいきなり砂漠の如き灼熱と渇きに襲われたら装備の切り替えが必要だろう。極論その数秒後には酸の雨、更に数秒後には鉄の弾丸が降り注ぐんだ。場合によっては灼熱の渇きと鉄の弾丸が徒党を組んで襲ってきたり、触れれば体が爛れて溶ける雨が暴風で吹き付けてくる。その環境に準備なしで放り込まれたら防御特化の真龍態持ちでも普通に死ぬぞ」


流石にそれは最悪の状況だかな、と付け足した。


「魔法の名手だった祖母は結界を張って突破しようと試みた。魔法の切り替えなら装備の付け替えよりも速いらしいからな。でも失敗した、生命維持の為にも結界は完全に外界を遮断するわけじゃないから、異常な魔力に晒されて祖母の魔法は暴発したのさ」


「一定以上の魔力は通さないように術式組めなかったのかしら」


「いや、フィルターを組もうとしたら結界全体にヤバめの魔力圧がかかって結界そのものが破綻しかねなかったらしい」


「なるほどね」


納得したように時計屋は呟いた。


「終わったわよ。ほら、読みなさい」


そう言うと時計屋は元の持ち主に手記を投げ渡した。ウィリティスは放り投げられた歴史的文化財を何とかキャッチする。するとペラペラと何かを探すようにまたページをめくり始めた。




「書いてなかったわ、頂上に何があったかはね」


時計屋はヴィッツにぶっちゃけてしまった。


「じゃあ何が書いてあったんだ?」


ヴィッツは肝心な所のネタバレが無いことに安堵しつつも新しい疑問が湧き上がった。


「『私は運が良かった』」


「…………それだけか?」


拍子抜けしたように問う。


「ええ、それだけね」


「対応できる異常気象を引き当て続けたと取るべきか、それともヴォルテールの運を試した『何か』があったのか」


彼は顎に手を当て、少ない文言からも何か情報を得ようと頭を回している。


「どちらにせよ、お前には無理そうね。お前肝心な所で運が悪そうだもの」


ふふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らす時計屋。


「天運なんぞ力で捩じ伏せるさ」


「自然の暴威は馬鹿にしたものから呑み込んで行くと聞くけど」


「軽く見ている訳では無い。現にお前に雇われ登頂の為の物資用の金を稼いでいるだろう」


「……お前、帰るわよ」


突如、兎のぬいぐるみの目を見つめたかと思うと、時計屋はヴィッツに言った。


「結界でも反応したか」


「ええ、第二波よ」


「あ、あの……?」


ウィリティスは日記から視線を上げて困惑の声を上げた。


「悪いわねウィリティス、もう帰るわ。あと手記だけど返す必要はなわよ」


「あ、え?」


「まぁ報酬と思っていいわ。国から私が買い取った物だし開く状態で国に返せばそれなりの金になるわよ」


「えええ!?いいんですか!?」


「静かにしなさい、子供が起きたらどうするのよ。……別に私はその中身に価値を見出した訳で歴史的文化財を収集する趣味は無いもの」


「あ、ありがとうございます!」


ウィリティスはペコペコと何度も頭を下げる。


「じゃあまたね、街を出る前にもう1回ぐらい顔を出すから」


「俺もこれで失礼する」


二人はそう言うと部屋を出ていってしまった。


「ふぇぇぇ……どうしましょう……」


ウィリティスは手元に残った手記を見ながら呟いた。





「やぁ悪者!恨みは無いが捕まってくれ!」


時計塔の下で待ち構えていた襲撃者は、ヴィッツ達に対面するや否やそう言った。



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