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紫の髪の少女

 

『神嶺エマテラソノ』

 『情熱の大陸』北部に存在する、この世界で最も高いとされている山。正確な標高は山の上層を覆う、マナを含んだ雲によって頂点を確認できないため不明。

 大気中の異常なマナ濃度の影響で、雲の中では雨や雷、雪、暴風だけではなく炎や鉄、毒や酸の雨が吹き荒び、上に向かうにつれて薄くなる空気と共に人命を奪う。

 神々すらも、異常なマナ濃度の影響で降り立つ事のない魔の山は、畏怖され、いつしか神嶺と呼ばれるようになった。

 登頂に成功したものは、冒険家『ヴォルテール・クライマー』ただ一人。





 神嶺エマテラソノ、その麓の街である『シウエスコ』。そこそこの標高にあり神嶺の魔力によって空気の澄んだこの街は、3種類の人間が訪れる。


 1種類目は、労働や行商など金を稼ぎに来るもの。


 2種類目は、避暑を目的として金を落としに来るもの。


 3種類目は、エマテラソノの登頂を目的として命を落としに来るもの。


 ドワーフの老人は行商と国宝である手記の輸送、ヴィッツはエマテラソノの登頂が目的だ。




 街に到着した2人は、依頼の精算を行っていた。


「爺さん、なんでこの街に国宝を?」


 老人が金貨を取り出すのを待っている時に、ヴィッツは問いかけた。


「さぁな、儂は指定の場所に運ぶようにしか言われておらん」


 老人はヴィッツに報酬の金貨の入った袋を渡すとそう言った。


「まあいいか、ここでお別れだな」


「いや、ちと待っとくれ」


 ヴィッツがその場を去ろうとした時、老人が引き止めて、手紙と地図を渡した。


「ほれ、信頼できる店の紹介状と地図、あとウチの商会の会員証じゃ。あそこのババアは偏屈じゃが品揃えは確かじゃから上手く使っとくれ」


「何から何まで悪いな、爺さん。報酬も上乗せして貰ったし」


「いいんじゃよ、こっちも国宝の輸送の事を隠しておったし、そのせいで余計な戦闘をさせてしまったからの」


「あの程度なら大したことじゃあねぇよ、じゃあ今度こそお別れだな」


「マギアス商会をご贔屓に頼むよ」




 ヴィッツはドワーフの老人に貰った地図を頼りに『ヴァヴァーア魔法店』を訪れていた。


「失礼する」


「うちは紹介制だよ、冷やかしなら帰りな」


 カウンターに座る老婆はヴィッツを見るなりそう言った。


 店内には紫色の髪をツインテールにして、なにやら熊の人形を抱えた少女が陳列棚を眺めている他に人はいない。


「いや、ドワーフの爺さんに紹介されて来たんだ、これが紹介状」


 ヴィッツはカウンターの上にドワーフの老人から貰った紹介状を置く。


 老婆はルーペを取り出すとしばらくの間紹介状を眺める。


「…………ふむ、確かに本物のようだね。奴も街に来ているなら顔を出せばいいものを。じゃあ幾つかの問題に答えられたなら買わせてやるよ、素人に売る気はないからね」


「ああ、分かった」


「ダイヤモンドウルフの血液の形質は?」


「宝石だ」


「ポミリン草から抽出出来ない第2構成要素は?」


「少し前までは『堅牢性』、だが最近になってアーティファクトで抽出できるようになった。そんな大層なものを使ってまで取るようなものじゃないがな」


「直飲みして問題ないのは基本中和剤のどれ?」


「黄色だ。オレンジジュースみたいな味がする」


「え?飲んだのかい?」


「ああ、なかなか美味しかった」


「ええ……?」


 会話が聞こえていたのか紫色の髪の少女も胡乱な目でヴィッツを見ている。


「まだあるのか?」


「いや、もういいよ。錬金室を使うなら1時間で銀貨1枚、機材は好きに使っていいが時間切れまでに洗って整備しておきな」


「応、分かった」


 許可を得たヴィッツは陳列棚の方へ向かった。


 陳列棚の中にはそれぞれに適した保存方法で商品が収められており、見ているだけでもなかなか楽しめそうであった。どうやら商品票をカウンターに持って行って購入する形らしい。奥の方には魔法薬や杖なども置いてある。魔法関連のものや錬金術に関するものを扱う店であることが見てわかる。


(標高の高い神嶺に登る訳だ、準備は欠かせないが……天空を周遊するモンスター、エアシップギガホエールの肺とかでマスクを作るにしても費用が嵩む、しかしケチればそのまま死ぬ。クソ、もう少し稼いでから来るべきだったか?1度デカい街に帰って稼ぐべきか?時間はあるし……)


 陳列棚を練り歩きながら神嶺に登る準備をしているときのことだった。


「おい、退いて欲しいのだけど?」


 紫色の髪の、熊の人形を抱えた少女が言った。ヴィッツの尻尾が邪魔だったらしい。


「あ〜、すまないな」


 ヴィッツは尻尾を退かした。


「分かればいいのよ」


(…………どうしたものか、背嚢一つにしても神嶺の異常気象に耐えうる物を使いたい。おっ、このグランドヴォルテックスサーペントの外皮は……これが最後の在庫か、一つあれば背嚢は作れるが高いな……)


「お前、棚の上のそれを取れないかしら?手が届かないわ」


 再び紫色の髪の少女がヴィッツに声をかけた。小柄な彼女では棚の上の方に手が届かない様だ。


「あいよ」


(圧縮兵糧の作成もしなきゃならんし近くの街まで移動し直すか?ここの食事や材料は輸送費の影響で割高と聞くし……)


 登頂に必要なものを考えながら商品票を手に取ってから気づいた。


「……これか?結構高いけど大丈夫か嬢ちゃん?」


 少女が指さした『魔晶海蛇の骨』の商品票を渡す。値段は1月分の護衛の報酬の6割程の値段だった。


「ガキ扱いはやめて欲しいのたけど。私は25よ?大丈夫、お前と違って私は金持ちだから」


「なんで貧乏人扱いなんだよ」


「金があるなら次の入荷がいつになるか分からないものならさっさと買っとくと思うわね」


 ヴィッツはペチペチと尻尾で地面を叩きながらしばらく思考する。


そして。


「店主!これ買いたいんだが、保存の手段がないしここで加工したいから置いといてくれないか?」


「別にいいが取り置きなら銀貨3枚だよ、保存も楽じゃないからね」


「構わない」


「店主、わたしもこれ買うわ」


 紫の髪の少女も商品票を老婆に渡す。


「はいよ、毎度あり」




 その後、ヴィッツが一通り店の中の商品を見たり買ったりした結果日も暮れ、店を出る頃には街灯が光り始めていた。


「金がねぇ……」


 ヴィッツは煽られて買った素材の他にも魔法媒体の素材を購入した結果、金欠になっていた。ドワーフの老人に教えて貰った宿を目指して路地裏を歩きながら呟く。


「おいお前」


 声をかけてきたのは金欠の原因となった(本質的にはその場で商品を色々買ったヴィッツが悪いが)紫の髪の、人形を抱えた少女だった。


「暗くなって来てんだから子供が路地裏に来るなって……何か用か?」


「わたしは子供じゃないって言ってるでしょうが。わたしに雇われないかしら」


 昏い路地裏で紫紺の瞳が妖しく光る。


「俺の理由は?」


「金が無さそうで体良く使えそうだったから」


「ふむ、報酬と内容、あと理由によるな」


「報酬は言い値でいいわよ、内容はしばらく用心棒して欲しいわね。1週間ぐらい」


「……理由は?」


 ヴィッツは報酬自体には納得したようだった。


「わたし、無駄は嫌いなの。雑魚を10人雇う金であなたを雇った方が効率的だと思っただけ」


「ふむ、その考え方は嫌いじゃない」


「奇遇ね、私も物分りがいいやつは嫌いじゃないわ」


「それで?何から守ればいい?コソコソ隠れて見てる奴らか?」


 龍人の鋭敏な感覚は、少女に対する追跡者がいることに気づいていた。


「連中の他にもいるのか?」


「ええ、1匹いれば40匹はいる黒いアイツ並にうじゃうじゃとね」


「なら多少倒しても補充が入るだろうし交戦は避けて逃げるぞ。宿は?」


「時計塔の中のスペースを間借りしてるわ」


「了解した、跳ぶぞ」


「背負子とかないの?」


「アホ抜かせ……」


 ヴィッツは少女を抱えると驚異的な脚力で地を蹴って屋根へと跳んだ。





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