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神嶺の麓へ

 

 ヴィッツが家を出てから1ヶ月が経った。


「爺さん、乗せてもらって悪いな」


 ヴィッツは、行商のドワーフの馬車に同乗していた。家を出てから速やかに冒険者登録を済ませた後、目的地への馬車がなかったので、遠回りであったが個人商人の護衛を引き受けたのだ。


「構わんよ、龍人の護衛をタダでつけれるんじゃからな」


 ドワーフの老人は髭を撫でながらそう言った。


「真龍態にもなれん未熟者だがな」


 護衛を引き受ける前に買った『中級錬金術指南書』を読みながらヴィッツは返す。24歳とはいえ龍人基準では成人前のヴィッツでは護衛としての価値は下がる。


「そうであったとしても、龍人の青年が馬車に居るというのはそれだけで威嚇になるもんじゃ。魔物にも、盗賊にもな。150年行商やっとるワシが保証するさ」


「そういうものかい」


「そういうもんじゃ」


 ヴィッツはパタン、と本を閉じる。


「賊が来てるが?」


 早速150年物の保証が外れたようだ。


「盗賊は魔物と違って馬車の中の気配までは探れんじゃろうな」


 呑気に馬車を進めながらドワーフの老人は言う。


「捕まえるか?」


「無理せんで良い、余裕があったらな」


「余裕、か……馬車はそのまま進めてて構わないぞ」


 凝り固まった手足をぐりぐりと回して解してから馬車を飛び降りる。


「今から尻尾巻いて逃げるなら追わんが?」


 馬車から出てきたヴィッツを見て盗賊達に動揺が走る。生身の人類の範疇では最高峰の戦闘力と殺傷力を誇る龍人の青年を護衛に雇っているとは思わなかったのだろう。ヴィッツの警告を聞いて数人は既に逃げる準備をしている。


「や、やっちまえ!!」


 怯える仲間を奮い立たせるべく声を発した、比較的装備が上等な男を見てヴィッツは呟いた。


「頭はアイツか」


 ─────直後、轟音と踏み込みで罅割れた地面を残してヴィッツの姿は掻き消えた。


 龍人の赤子が最初に覚える事は『手加減』である。何故なら、幼い内にその身の内で荒れ狂う力の制御の仕方をを覚えなければ、周りの人間に危険が及ぶからだ。


『真龍態』の派手さ故に、龍人は変身能力の保持のイメージばかりが先行しがちだが、膂力や生命力は変身前の時点でも人類の中では指折りの存在。そこらの盗賊では、その歩みを止める事は叶わない。


 ヴィッツは、空気を裂いて肉薄した盗賊達のリーダーと思われる男の頭蓋を掴んで地面に叩きつけた。地面は罅割れ、土煙が巻き起こる。


「お頭ぁ!?」


「次だ」


 体から漏れ出した紅いマナが、土煙の奥から覗く。彼の威圧感は龍の(シルエット)すら幻視させる。


「ヒィッ!?」


 盗賊の喉からは自然と悲鳴が絞り出された。





 嵐の如き蹂躙は数分程続いた。


「ご、ごべんなざい……」


 蹂躙の後に残ったのは、顔のサイズが一回り大きくなった盗賊の頭と、ロープで雑に縛られた盗賊の手下達だった。


「剣を使うまでもなかったな。爺さん、どうする?」


「待っとれ、信号魔法弾で騎士団を呼ぶ。その辺に固定しといてくれ」


「了解だ」


「にしても兄さん、なかなかの腕前じゃな。腰の剣は飾りで拳士なのか?」


 信号魔法弾の発射装置を弄りながら老人は問いかけた。


「剣も使えるから持ってるだけだな、魔法の発動媒体だの弓だのは値段が嵩む。まだ収入が安定してないしそれらで路銀を消費するのは避けたいからこれで妥協した。が、剣だって使えば摩耗するし、ぶん殴った方が楽だと思っただけだ。あと爺さん、その設定だと騎士団への通報じゃなくて遭難信号が出るぞ、そのスイッチは押し込んじゃダメだ」


「おおすまん。アーティファクトも扱えるとはえらく多芸じゃのぉ。後ろの連中を引き渡した金は全部お主にやるからなんか買えばいい。ワシが知ってる店ぐらいなら口利きもしよう」


 銃型のアーティファクトを空に向けて、信号魔法弾を打ち上げた。


「そりゃありがたい。そういや気になってたんだが」


 青色の魔法の閃光が上がったのを見ながらヴィッツは問いかけた。


「うん?なんじゃ?」


「この馬車何運んでるんだ?リーダーを潰すまでは連中明らかにこの馬車のこと狙ってたぞ」


「商品と…………国宝」


「マジかよ……」







「おい爺さん、流石にこのペースで襲撃来るのはおかしくねぇか?」


 1週間後、野営中にヴィッツはドワーフの老人に問いかけた。明日には目的地に着くので、最後の野営だ。

 ドワーフの老人は酒瓶を一つ開けている。


「確かにのぉ」


 ヴィッツの疑問も最もで、1週間の間に起きた襲撃の回数は12回。酷い日には1日3回も襲われた程だ。同乗し始めた頃はロクに出撃が起きなかったため、確率の収束が起きたと言っても流石におかしい。


「どっか近くで大掃除(注:一帯の盗賊の一掃のこと)でもあったのか?そこから流れてきた連中や縄張り争いに負けて稼ぎが減った結果なりふり構わず襲撃する奴が増えたとか」


「いや、そんなのは聞かんな。多分どこかで情報が漏れたんじゃろうな。流石にこのペースで狙われるのは人生でも初めてじゃ」


 クピクピと瓶の酒を煽りながら老人は答える。


「呑気なもんだな……国宝なんだろ?」


「お主が強いから安心しとるだけじゃよ。それに儂も半ば押し付けられた仕事じゃし乗り気じゃないからの」


「そうかい。ところで……」


 ヴィッツは国宝が収められていであろう馬車を見ながら問うた。


「運んでる国宝ってのはなんだ?アーティファクトの類いなら随分と管理が緩いように感じるが」


「手記じゃよ、手記」


「手記ぃ?誰のだ?」


「『神嶺エマテラソノ』を唯一登頂したと言われる300年前の冒険家、ヴォルテール・クライマーが書き残したものじゃ」


「……へぇ」


「今度は儂が質問じゃ。お主、神嶺の麓の街に何に行くんじゃ?」


「そりゃあ勿論」


 月に照らされた、巨大な魔雲に覆われ頂上の見えない山を指さした。


「見に行くんだよ、世界の果てをな」









 エンドポイント1 『神嶺エマテラソノ』


 かつて、大陸で最も偉大な冒険家はこの山の頂点で『この世界の全て』を見たと言った。



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