第二話
「く、クラリス様? い、要らないとはどういう意味ですか?」
震える声で私はクラリス様の言動の意味を尋ねようとしました。文字通りの意味でないという望みを持ちながら。
「はぁ? あんた、バカなの? 要らないと言えば、要らないのよ。あんた、目障りなの。だからマーティラス家のメイドをクビにすることに決めたわ」
つまらなそうに頬杖を付きながら彼女は私のクビをはっきりと宣告します。
そ、そんな理不尽なことって。これまで私がこの方のためにどれほど尽くしてきたか。
私はマーティラス家のメイドとして人生を懸けて、懸命に働いてきました。それは、さすがにクラリス様だって認めて下さっていると信じていたのですが……残念ながら私の幻想だったみたいです。
「せ、せめて理由を教えてください。いくら何でも理由もなく解雇だなんて納得できません」
私はクラリス様に説明を求めました。これでも私は彼女の不興を買わないように努めてきましたし、無茶な要求にも応えてきた実績があります。
そんな私をクビにするなんて、余程の理由がなくては飲み込めません。
それに、信じて送り出してくれた両親にどう説明すれば良いのか。とにかく理由を教えてもらえないことには引くことは出来ませんでした。
「あんた、自分のことを“聖女”だって言いふらして回っているらしいじゃない」
「私が自分のことを聖女だと? それは何かの間違いです」
クラリス様は私が自分のことを聖女だと言って回ってるみたいなことを言われましたが、当然のことながら私には身に覚えがありません。
どうして、そんなことを言われるのでしょう。
「あんたがクソみたいに不細工な結界を張ったところを見たって人が、あんたに名前を尋ねたのよ。で、あんたは馬鹿正直にエミリア・ネルシュタインと答えたってわけ。巷では真の聖女はエミリアだという阿呆みたいな噂が流れてるの」
そ、そんなのって。名前を尋ねた人が結界を張ったのを見ていたなんて知りませんし。
そもそも結界を張ったのはクラリス様が仕事をサボったせいです。
「あんた、マーティラス家に受けた恩も忘れてウチの家を出し抜こうとしてるんじゃない? 生意気にも王家の人間にも色目使っちゃってさ。あんたみたいなブスがニック殿下と婚約? 人をたらし込むのだけは上手いのね」
さらにクラリス様はこの国の第四王子であるニック殿下と私の婚約についても言及してきました。
殿下との馴れ初めは彼が乗馬中に事故を起こして、その場に居合わせた私が彼の治療をしたことがきっかけですので、まったくの偶然です。もちろん、マーティラス家を出し抜くなど考えたこともありません。
それをそんなふうに受け取るなんて……思いもよりませんでした。
「偶然? ふーん。彼にも同じことが言えるかしら? ルーシー、客人をここに連れてきなさい」
エミリアは私と同じくメイドであるルーシーに指示を出して客人を呼び出させます。
――その客人がここに現れたとき、クラリス様から先程までの威圧的な雰囲気が消えて、穏やかな表情になりました。
このとき、私は本能的に嫌な予感を感じます。強力な悪意がまとわりつくような――そんな雰囲気を察したからです。
そう、客人というのはボルメルン王国の第四王子――ニック殿下でした。
「ニック殿下、無理な申し出に応じてくれて感謝しますわ。本来なら私の方から赴くことが筋ですのに――お気遣い感謝します」
国民からの絶大な支持を得ている魅惑の聖女の姿が目の前にはありました。長い綺麗な金髪をなびかせて、エメラルドのような瞳を輝かせながら、天使のような笑顔を作り――挨拶をする彼女の美しい立ち振る舞いは、どんな人も息を飲み込んでしまうほどの魅力を感じ取るでしょう。
ニック殿下も間近で彼女を見て、その美しさに目を奪われているように見えました。
クラリス様が美しいのは客観的な事実ですから、私は彼を咎める気も起きません。
「エミリア、俺は正直言って驚いている。君との出会いは運命だと感じたし、恩義も感じていた。だから君に本当のことを聞きたい。あの事故は偶然だったのか?」
ニック殿下の質問を聞いて、私はその質問の意図を最初は理解できませんでした。
あの事故が偶然じゃないって、まさか殿下は――。
「あの事故は君の自作自演なのではないかと問うているのだ。エミリア――」
や、やはり。そういう意味でしたか、殿下。
しかし、何故に殿下は私が故意に事故を起こしたなどと――。
「クラリス殿の忠告を聞いていなければ、俺も調査などわざわざしなかった。しかし、調べれば調べるほど、君が俺の行動を先回りして馬に薬を飲ませて暴れさせたことを裏付ける証言が次々に出てくるのだ。――ネルシュタイン家の格を上げるために俺を利用したのか?」
殿下は悲しそうな顔をしながら無いはずの証拠があったと口にされます。
なるほど、「クラリス殿の忠告」――ですか。分かりました。全てあなたなのですね……。
クラリス様、全てあなたが仕組んだことなのですね……。
「弁明があるなら言ってくれ、エミリア」
「素直に認めた方が身の為よ、エミリア。今なら、あなたが今日まで仕えてくれた事に免じて――これはあなたの『個人的な問題』として処分してあげてもいいわ。殿下にも口利きしてあげる」
凍てついた視線――その絶対零度の視線から私だけが感じ取れるのは、『脅迫』でした。
つまり、私がここで罪を認めればネルシュタイン家には手を出さないから、冤罪を被れと暗にクラリス様は脅しをかけているのです。
私が今日まで彼女に仕え、どんな理不尽な要求にも応えてきたのは全てネルシュタイン家のため――。
それを知り尽くしているクラリス様に抗えるはずもなく。私は、気付けば……、静かに首を縦に振って罪を認めてしまっていました。
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