第十七話(クラリス視点)
「クラリス、最近のお前はどうしたというのだ? 結界を雑に張って回っているというではないか。先週張った結界がもう壊れていると苦情が来たぞ」
ジークフリート・マーティラス公爵。つまり、私のお父様は厳しい顔つきで説教をしてくる。
私が必死になって張って回っている結界がどういう訳か魔物に破壊され続けているからだ。
メリッサの馬鹿のせいで毎日仕事に行かされているのに、結界だってちゃんと張ってるのに。にもかかわらず魔物が入ってくるのは明らかに異常事態。
魔周期によって想定以上に魔物が増えているのだ。だから、私が悪いんじゃない。時期が悪いんだ。
私はお父様にそう訴えた。サボりはしたけど、最近はちゃんと仕事をしていると。
それどころか以前よりも仕事に打ち込んでいるって。
それなのに――。
「嘘を言うでない! 半月以上前の結界がきれいに残ってたりするのだぞ。結界が破壊された場所よりも遥かに危険な地区で……! お前が何を不貞腐れているか知らんが手を抜くのが悪いに決まっておる!」
私は手抜きをしていると決めつけられている。
原因はエミリアの結界だ……。
あいつの結界がアホみたいに頑丈に出来ていて年月が経っても壊れないせいで、それよりも新しい私の結界が脆くみえるのだ。
だから、いくら本気で結界を張っても前の方が丈夫だという事実を突きつけられて、手抜きの疑いを晴らすことが出来ない。
私は高貴な血筋であるマーティラス家の聖女であり、この国で最も尊敬を集めるべき存在なのに……最近じゃ疫病神扱いされることも少なくない。
これも全部エミリアのせいだ。あいつが硬い結界なんて張るから。メリッサはあいつが生きているとか抜かしてたけど、それを想像するだけでムカムカする。殺してやりたいくらい。
気晴らしに、ネルシュタイン家の連中を潰してやろうかしら。
いや、今そんなことをしたらお父様を余計に怒らせるだけね。メリッサも監視しているし、あいつはあいつで変な証拠を握ってるってチクチク嫌がらせしてくるし……。
「マーティラス家が何故にこれ程までに繁栄し、国王陛下から絶大な信頼を得ているのか忘れてはいまいな?」
「もちろんですわ。お父様……。聖女が国防の要を担っていたからです」
「お前は何だ?」
「聖女です」
「そうだ。聖女が使命を果たせぬとなると、我が家の没落は必至。私もお前も……路頭に迷うことになるだろう。ならば、お前のすることは分かるな?」
「聖女として国の治安を回復させること……」
「うむ。分かってるなら、よろしい……」
私の評価が下がると、マーティラス家の名誉も危ういとお父様が脅してくる。
陛下も私に不信感を持っているし、メリッサが何を言い出すか分からない。
――エミリアにもう一度結界を張らせる? あいつの家族を人質にして。
でも、あいつは追放されてるから呼び戻すことは出来ないし。
「エミリアさんに、土下座する気になりましたか?」
「め、メリッサ! あ、あんたいつの間に!?」
「掃除しながら、立ち聞きしていただけです。悪しからず」
この女、私が追い詰められているのを知ってほくそ笑んでいるのね。最低な女よ。本当に……。
エミリアに土下座はしないけど、あいつを見つけて連れてくることくらいはしなきゃいけないわ。
そうよ。いつだって私が上であの子が下なんだから……頭を下げるなんてあり得ないんだから――。
◆ ◆ ◆
「冤罪……? ニック殿下、何を仰っているのです? エミリアの件はあなたがご自分で調査されましたよね?」
まったく、何が起こってるの? ニック殿下、あなたはこの前まで私に簡単に尻尾振ってたじゃない。
ニック殿下がエミリアが自作自演で事故を起こしたという話を今さら冤罪だったのでは、と疑い出してきた。
「確かに僕が調べて証人は簡単に見つかった。でも、もう一度調べたら、その証人たちはどこかに消えてしまっていたんだ」
ちっ……、下手なことを言われる前に金握らせて国外に逃げるように指示したことが仇になってしまったわね。
メリッサが冤罪の証拠を握ってるって言ってたけど、あいつらに関する情報を手に入れられるはずがない。しらばっくれれば、丸め込めるでしょう。
ていうか、いきなり再調査するなんて……どういう風の吹きまわしなのかしら。
「それは変ですわね。でも、ニック殿下はどうして再び調査をされたのですか? エミリアを追放されたあなた自身が。彼女が本当に無実なら、さぞかし殿下のことを憎むでしょうね」
そうだ。どの面下げて、エミリアの無実を訴えられるっていうんだ。この男は……。
馬鹿みたいにエミリアのことを「残念だ」とか言って追い出したのに。
最初は顔が良いから妥協して付き合ってあげても良いかと思ったが、頭は悪いし、その上エミリアのお古なんて屈辱的だし、止めといて正解だったわ。
「それが隣国のメーリンガム王国から来た巫女の護衛という女が調べ回っているのだ。エミリア・ネルシュタインが策謀に陥れられて無実の罪で追放された、と。彼女の冤罪を晴らすのだと……」
メーリンガムの巫女? ああ、何か聞いたことあるわ。メーリンガムってこの国と違って聖女を家柄で選ばないって。テストをして、巫女とかいうのを選ぶって面倒なシステムを採用してるって。
その護衛がどうしてエミリアの無実を?
あっ!? エミリアは結界術が使える。まさか、あの女、メーリンガム王国で――。
「よくわからんが、エミリアはメーリンガム王国で巫女という仕事をしているらしい。巫女というのは聖女と似たようなモノなのだそうだ」
や、やっぱり、あいつ巫女になっていたのか。
メリッサのやつ……知っててワザと黙ってたわね。
「エミリアは結界術の達人としてメーリンガムで重宝されている。そんな彼女は故郷であるこの国が危機に瀕していると聞いて手助けがしたいのだそうだ。だが、その前に自らの冤罪を晴らしたいと――」
追放された国を助けたい? 何を言ってるの? あいつは……。
家族が住んでるから、それを助けたいだけでしょう。偽善者ぶるなっての。
それにしても、あの女。この私が力不足だとでも言いたいのかしら。まるで、私一人に任せていたら、国が潰れるとでも言いたげな。
――気に食わないったらありゃしない。
「もしも、エミリアが本当に罪人ならそこまでのことをするだろうか? メーリンガムで重用されているのならば、それで良いではないか」
ニック殿下、あなたは勘違いしてるわ。エミリアの罪を晴らしたらあなたもタダじゃ済まない。
国王陛下はあなたを絶対に許さないでしょうね。
だって、婚約者を自分の過ちで国外に追放したのよ。そんな恥知らずなことって有るのかしら。
「無論、僕も父上から叱責を受けるだろう。縁を切られるかもしれない。それも止む得ないだろう。僕はそれだけのことをしたのだから」
何、悲劇のヒーローみたいな顔をしてんのよ。
バカ王子なんだから、バカ王子らしく踊ってなさいよ。
ダメだわ。この男はもうアテにならない。
とりあえず、メリッサとその調査してる女を会わせるのだけは阻止しなきゃ。
ニック殿下には適当に相槌を打って、お帰り願って私はメリッサの動きを封じるために動く――。
「おや、ニック殿下はお帰りになりましたか。――そういえば、クラリス様。メーリンガム王国から、楽しいお客様が来られましたよ」
――くそっ! 最悪だわ。やっぱりこいつは殺さなきゃ……。
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