第十一話
「思ったよりも魔物の数が多いですね」
人差し指から威力を収束した閃熱魔法を放ちながら、私はイリーナに話しかけます。ノエルが東の山地の結界を張り直している間に攻め込んでくる魔物の数は百体近くにも上りました。
クラリス様と共にボルメルンで結界を張っていた時はその半分にも満たなかったのですが、何かあったのでしょうか。
「今はそういう周期なんだってさ。王立大学のお偉いセンセーが言ってた。北側のアレクトロン王国やダルバート王国はもっと凄い状況らしいし、エミリアちゃんの故郷のボルメルン王国もそのうち変わらない状況になるんじゃないかしら」
「魔周期というヤツでな。魔物の数が数百年に一度、爆発的に増える時期があるのだ。マーティラス家に居たのに知らなかったのか?」
イリーナの言葉に付け加えみたいな形でクラウドが『魔周期』というものについて説明してくれました。
そういう知識みたいなモノは一種の秘匿性が
あるので、マーティラス家が情報を独占して私みたいなメイドには伝えられていません。恐らく、クラリス様はご存知だと思います。
サボり癖が酷い彼女ですが、ようやく重い腰を上げねばならぬ時が来たということですか。
才能はおありの方ですから大した苦難にならないでしょうが。
「だからさ。エミリアちゃんが護衛隊に入ってくれたのは、実際に大助かりしてるんだ。あたしらも相当楽できる」
「うむ。回復魔法を使いながら戦えるなど、他にはない人材だ。これなら『魔周期』も持ち堪えられるかもしれん」
自分の背丈の二倍はある大槍を軽々と振り回すイリーナと、自慢の剛力で双剣を操り魔物を両断するクラウドは私が居て助かると言ってくれました。
こうやって仕事ぶりを褒めてもらえたのはいつぶりでしょう。もしかしたら、初めてかもしれません。
「ふぅ、あとは北西の洞窟のみだな。もう一箇所いけるかい? ノエル様」
「はぁ、はぁ……、何とか大丈夫です……」
「今日はいつにも増して結界の破損の報告が上がっている。せめて、もう一人巫女様が居れば」
「つっても、護衛隊の人数も少ないしな。あたしらの手が足りなくなっちまうよ」
魔物の数の増加により、結界を修復したり新たに張り直す作業が増加傾向になっているらしく、クラウドとイリーナは巫女がノエル一人だという現状を嘆いていました。
結界術ですか……。私のは自己流なので、あまり出しゃばらない方が良いのでしょうけど。
「ノエル様、大丈夫ですか? このハーブティーは疲労回復の効果があります。どうぞ……」
「あ、ありがとうございます。――美味しいです。こんなに美味しいお茶は初めて飲みました」
「おいおい。すげー荷物だと思ってたけどさ。ティーセットなんて持ち歩いてたのかよ」
マーティラス家に仕えるメイドは誰もが最初は美味しいお茶を淹れることから、仕事を覚えます。
クラリス様は特に好みにうるさいので、完璧にお茶を淹れられるようになるのは苦労しました。
彼女に付き添っていたときは、いつでも彼女の要求に応えられるようにせねばなりませんでした。
なので、私は何があっても対応できるように多くの荷物を持ち歩くのが癖になっています。
「おかげさまで、ちょっと元気になりました。エミリアさん、ありがとうございます」
「……そ、そうですか。お役に立てて光栄です」
少年のような声で無垢な笑顔を見せながら礼を述べるノエル。
私は何故か目を合わせることが恥ずかしいようなそんな気持ちになりました。
こ、この方は女性なのですから。変なことを考えてはなりません。
「それでは結界を――。……くっ、思ったより、魔力が枯渇してる。十分な大きさの結界が張れません」
「やはり一日で十箇所は無謀だったか」
「あのう。不格好でよろしいのなら、私が張りましょうか? 結界」
「「――っ!?」」
ノエルの魔力不足で最後の結界が張れそうに無かったので、私が結界を張ることを提案しました。
我流故にクラリス様に不細工な結界と貶まれたことはありますが、魔物が自由に往来出来るよりは余程マシでしょう。
「お、おい……、エミリアよ。君は結界術が使えるのか?」
「ええ、我流ですので見た目は悪いですが……、魔物の往来は完全に封鎖可能です」
「いやいや、エミリアちゃん。それを完璧な結界術だって言うんだよ。それが出来ないから、ノエル様以外に、ここ何年も巫女の試験をクリア出来るヤツがいないんだからさ」
なるほど、やはり見た目は二の次みたいですね。
それなら、いくらでもやりようがあります。
私が両手を開いて、天を仰ぐと、鈍く紫色に光る鎖が幾重にも重なり洞窟の入口を塞いで結界が完成しました。
その間、魔物たちがこちらに押し寄せて来たので適当にあしらいます。
魔物たちも本能か何かで結界を作る者を見分けて攻撃を仕掛けて来る性質があるので、クラリス様の代わりに結界を張るときは自衛しながら作業を行ってました。
「これで、終わりました。魔物は一切出てこれないはずです」
「エミリア、君も人が悪い。それなら最初から巫女になると言えばよかったものの」
「はい……?」
いや、私が巫女になるってそんな大それたこと……。
「やったな。これで護衛不足と巫女不足、両方解決じゃないか」
「巫女の仲間が出来て嬉しいです。一緒に頑張りましょう。エミリアさん!」
どうやら、皆さんの中で私が巫女になるのは確定してるみたいです。
あれ? 本当に私なんかが巫女になるなんてことあり得るのでしょうか。
気付けば私は王宮に連れて行かれてメーリンガムの国王陛下に挨拶をさせられていました。
新たな巫女候補を発見したと、報告するクラウドの傍らで。
メイドだった私が巫女だなんて、人生は本当にわかりません。
広告の下の☆☆☆☆☆からぜひ応援をお願いします。