第十話
「エミリアちゃん、おはよ。昨日はよく眠れた? ふわぁ」
巫女の護衛用の宿舎の一室を与えられた私は今日から業務を開始します。
部屋から出ると副隊長のイリーナが声をかけてきました。彼女は眠たげに半目を開けながら遠慮なくあくびをされていました。
「おかげさまで睡眠は十分に取れました。巫女様にも無礼のないように振る舞えるように頑張ります」
巫女の護衛という立場は思ったよりも高待遇のようで、私に与えられた部屋などはマーティラス家でメイドをしていた時よりも広かったです。
それにしても家柄ではなくて、厳しい試験を突破した巫女とはどんな方なのでしょう。クラリス様のように傍若無人だったりするのでしょうか。
「まー、そんな気張るなって。巫女様は優しいからよ。エミリアちゃんとは年齢も近いし、良い友達になるかもしれないぞー」
「主を友達だなんて。そんな大それたこと」
イリーナはとんでもないことを仰る。仕える主を友達と思うなんて出来ようはずがありません。
「巫女様が主かぁ。んまー、あたしらに給金払ってる雇い主はメーリンガム王室だしなぁ。あんま、ご主人様って感じじゃあないんだよなー」
ふむ……。言われてみれば、給金は国庫から出ているみたいでしたね。
マーティラス家と私のような主従関係ではないということですか。
とはいえ、護衛対象とは主君も同然。やはり慣れ合うというのは間違っている気がします。
そんな話をしながら私はイリーナに案内されて、巫女の元へと向かいました――。
◆ ◆ ◆
護衛隊はクラウドとイリーナの他に十人程の隊員がいて、いずれも腕が立つ強者とのことです。
聖女じゃなかった、巫女はどちらにいるのでしょう。
クラウドの隣にいる方は随分と華奢な男性ですね。顔はかなりの美形ですが、これほど整った容姿の方は初めて見ました。短い金髪にサファイアのような綺麗で澄んだ瞳。本当に綺麗な方です……。
その男性の方に見惚れていると、クラウドが手招きしながら私を呼びました。
「エミリア、紹介しよう。こちらがメーリンガム王国のただ一人の巫女様――ノエル様だ」
「どうも、エミリアさん。ノエルと申します。色々とご迷惑おかけすることも多いと思いますが、よろしくお願いします」
「…………」
ちょ、ちょっと待ってください。巫女って女性しかなれないのでは?
なぜ、クラウドの隣にいる方は巫女を自称しているのでしょうか。
理解が追いつきません。本当にどういうことでしょう。
「どうした? エミリア、挨拶くらいちゃんとせんか」
「エミリアさん、私の顔に……何か付いてますか?」
ノエルと名乗った巫女が私の顔を心配そうに覗き込みます。
そ、そんなに近くで見ないでほしいです。ドキッとするじゃないですか。
「あはは、エミリアちゃん。驚いたろ? ウチの巫女様が男前でさ。こんなイケメン、男にもいねぇだろう。これで女の子なんだから驚きだよなぁ」
「い、イリーナさん。酷いです。それ、私のコンプレックスなんですよ!」
イリーナは面白そうに私の反応を眺めながらノエルの顔について話すと、彼……いや彼女は顔を赤くして反論しました。
ほ、本当に女性みたいですね。ビックリしました。
「イリーナ、その辺にしておけ。とにかく、私たちはノエル様を守るために集った護衛隊だ。この命は自分のモノではない。彼女の為に使うのだと肝に銘じておけ。――エミリアも良いな?」
「はいっ!」
クラウドから巫女の護衛としての心得を聞いた私ははっきりと返事をしました。
これから、すべてにおいてノエル様を優先してお守りします。
「クラウドさんはあんなことを仰ってますが、ご自分の命も大事にしてくださいね。エミリアさん」
「――は、はい? そ、そういうわけにはいきません……私はノエル様をお守りすることが仕事ですから」
「ふふっ、真面目で誠実なんですね。エミリアさんは。でも、本当に無理は禁物です。それだけは約束してください」
ニコリと微笑みながら彼女はそのように声をかけてくれました。
――必ず彼女に傷一つ負わせません。私はそう誓って護衛としての仕事を開始しました。
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