9話
「急なお願いを聞いてくれてありがとうございました」
「もう二度と来ないでください」
「ではあと一度は来ます」
「チッ」
なんてやりとりを最後に、わたしは葬儀屋を後にしました。
ちなみに、他の被害者の話も伺いましたが、全く同じ状態だったそうです。それはそれは悔しそうに、悲しそうに教えてくれました。
「警察はなにをしているのですか?」
「ビクビク怯える人が多くて調査なんか全然進んでないわよ」
なんてやりとりもありました。気持ちはわからなくもありませんが、非常に残念ですね。
それから今に至るまで、受付嬢さんは自宅に帰れていないそうです。忙しかったのでしょう、今日やっと帰れるのだとか。
仕事に向き合う姿勢は見習わないといけませんね。
わたしは未だに降り続けている雨の中、歩いて宿屋へと帰ります。
「少し遅くなってしまいましたし、近道でもしましょう」
場所は把握しているので問題ありません。路地裏を突っ切るように行けば、大通りを進んでいくより確実に早く帰れるはずです。行き止まりになっていたりしなければ、ですが。
「おや?」
ふと、視界の端に白っぽい影が一瞬横切りました。すぐ物陰に入ってしまったので、姿は捉えられませんでした。
「白猫でしょうか」
雨の中、猫が外で活動しているのは少し変な気がしましたが、わたしは無視して宿屋へ急ぎます。
早く帰らないとお兄さんのお鍋にありつけないかもしれません。「おせーから全部食ってやったよ」とか言うかもしれません。言いそうです。
細い道を右へ左へ。幸い行き止まりはなく、程なくして宿屋に到着。またしてもずぶ濡れになっていい女度が上がってしまいました。
お兄さんも弟さんも、二人まとめて悩殺してしまうかもしれません。どや。
わたしの魅力でメロメロに──
「…………?」
扉に手をかけたとき、わたしは違和感に体を絡め取られ、一瞬身動きが取れませんでした。
数歩下がって、違和感の正体を確認します。
「洗濯物が残ったまま……」
わたしが出たとき、弟さんが取り込んでいたところを目撃しています。なぜまだ残って……?
嫌な予感が、雨と一緒にわたしの体を覆いつくします。
そっと扉をくぐると、中は静寂に包まれていました。出迎えもありません。
弟さんの元気そうな声も、お兄さんの不機嫌そうな声も、聞こえてはきませんでした。
「ただいま戻りました」
一応声をかけてみますが、返事はありません。
どうやら一階にはいないようですね。二階へ行ってみます。
いました。洗濯物を干していたベランダでへたり込むお兄さんの背中を発見。
そしてお兄さんの視線の先には──
「ただいま戻りました。なにがあったのですか?」
「お前……よくおめおめと戻ってこれたな──」
ゆっくりと振り返るお兄さんの目は──憎悪に塗れていました。
「──弟を殺したくせに!!!」
お兄さんの目の前には、全身の皮が剥がされた弟さんの亡骸が無惨に転がっていました。




