15話
改めて紫色の炎を操るこの魔人の脅威を再認識したわたしは一息で魔人の懐へ。
刹那の初動、一瞬の踏み切り、引き絞る右腕。
わたしの動きを見切っていたのか、それを受け止めるかのように魔人は燃え盛る左腕を前へ突き出してきました。
ですが──
「無駄です」
迎撃ではなく、逃げるか避けるかするべきでしたね。
相性が悪かったと言ったでしょう。常人が相手であればそれでよかったかもしれませんが、わたし相手には無意味です。
そしてわたしの魔法は近ければ近いほど有利に働く。
心臓を狙った掌底が炎の腕を吹き散らしながら左胸を打ち、即座に指を握りました。
「ゼロ距離ならば」
避けることは不可能でしょう。
わたしの圧縮する魔法で心臓を潰しました。これでもう魔人は死んで──
「!?」
殺気を感じてすぐさま距離を取りました。
魔人は……どす黒い血の塊を大量に吐き出しながらも、倒れませんでした。
紫色の炎をチラつかせる目は死んでいません。憎しみの光をぎらつかせてわたしを睨みつけたまま。
まさか、ここにきて例外を引いてしまったのでしょうか。確かに心臓は潰せたはずですが。
「なぜ生きて……」
魔人も殺しかたを間違えるとしぶといです。人間としての原形が残っていれば魔人になってしまうのですから当然と言えるでしょう。
お兄さんに教えて差し上げたことを自分で味わうことになるとは、思ってもみませんでした。それもこんなに早くに。
魔人が心臓を潰しても死なない理由……ほかに考えられるとすれば──まさか?
と、わたしは別の例外である可能性に行き当たりました。
本当に、そんなまさか、と自分でも思います。
「お兄さん。まさかあなたは内蔵逆位か内蔵錯位なのではありませんか?」
魔人となってしまった今、語りかけても意味などありませんが、わたしは問いかけていました。
内臓逆位はそのままの意味。人の中身が鏡写しのように反転して逆の位置になっていること。
内蔵錯位もそのままの意味。人の中身が通常とは違う位置になっているということ。
この二つは似ているようで違います。
ただ反転しているだけなら身体機能に大きな影響はありません。ただ反転しているだけですから。
しかし臓器が違う位置にあるのならば話は別です。それは他の臓器を圧迫しているということに繋がります。つまり、幼い頃にとっくに死んでしまってもおかしくないほどの重病となります。
──俺も弟も昔から体が弱かった……。やっと元気になってきて、外の世界に憧れるようになったんだ。兄として応援してやりたかったのに!──
そういえば、このようにお兄さんは言っていましたね。
つまり、わたしが潰せたのは片方の肺を少しだけ、となるわけですか。
奇跡的に拾った命をこのような形で浪費してしまうなんて。ご両親が可哀想です。
「やれやれ、やはり魔人が相手だと一筋縄ではいきませんね。仕方がありません、親族の方にわかるように、顔だけは残してあげます」
残りは保証しません。生首だけを親族の方に見せることになるかもしれません。手加減をして倒せる相手ではありませんから。
損な役回りばかりですね、葬儀屋というのは。
だからこそ、わたしがやらねばなりません。
──大好きな人間を守るために。
だというのにこの魔人は、今のままではわたしに敵わないと悟ったのか、残りの腕を自分で引き千切りやがりました。
「おい、お兄さんの体だぞ、無駄に壊すな」
おっと失礼。
でも誰も聞いてませんから、多少言葉が悪くなっても構いませんよね。




