12話
お兄さんの右目から涙のようにチラつく紫色の火の粉。雨の中でも宙を漂い、水溜りに落ちても深い輝きを失うことはありませんでした。
どころか、水溜りのほうがジュー……と音を立てて徐々に失われていきます。火の粉の熱量によって。
これはまさか……魔法?
「お兄さん、それ以上はいけません。失うもののほうが多いですよ」
なにが起きているのか察したわたしは静止の言葉を投げかけます。
──お兄さんは魔人になろうとしている……と、思われます。
悪魔に自らの魂を差し出すことによって空いた身体に悪魔が宿り、代わりにお兄さんの願いを果たさんと猛威を振るい始めるでしょう。
そしてお兄さんの魂を貪り尽くして、我が物顔で自由気ままにこの世を闊歩し始めるのです。それが魔人。
本来は命を失うことでしか魔人には成り得ないはずですが、どうなっているのでしょう。
怒りが一種の降霊術のような効果を引き出しているとでも?
「ダマレ! オマエヲ殺せればそれでイい!」
だんだん瞳から正気が失われていくのが目に見えてわかります。
火の粉の勢いが徐々に増してきて、体を侵食し始めています。あれが全身に回ったら、きっと完全に魔人となり、暴虐の限りを尽くして人間を鏖殺することでしょう。ようは皆殺しです。
人としての存在を喰い破られ、お兄さんは徐々に人間を放棄していきます。
「それ以上は戻れなくなりますよ」
「しるカ! そん、なこと、はド、う、でもいい!」
わたしは察してしまいました。これはもう……わたしがなにを言っても聞いてくれない。お兄さんの魂には届かない、と。
「後悔しますよ」
「ト、ッ、ク、ニ、シ、テ、ル」
お兄さんの体から迸る熱量は凄まじく、触れる前に雨を蒸発させ、湯気を立ち上らせます。
「お前を入れなきゃヨカッタ。弟から目、を離すンじ、ゃなかった。家にいろって外に出すんじゃなかった!」
「過保護ですね」
そんなでは弟さんが旅に出るときに苦労しそうです。弟さんが。
……もうそれも叶いませんけど。
「せめてわたしが連れて行ってあげます。弟さんのところへ」
葬儀屋として、お兄さんと弟さんを会わせて差し上げましょう。
「正当防衛ということでよろしいですよね?」
「縺薙m縺励※繧?k」
「もう人の言葉を話せませんか。忠告はしましたからね」
悪魔に体を乗っ取られ、魔人となったが最期。
──そう、〝最期〟なのです。
わたしの目の前で立っているのは人ではない。
人の体と命を弄ぶ……悪魔なのだ。
本来は死ぬことでしか生まれない魔人ですが、どうもわたしはレアケースを引く確率が高いようです。
わたしの中にある良心を捻り潰して、身構えました。
「いつでもどう──」
ぞ、と言い切る前に、魔人の姿はかき消えていました。
「縺励?」
「────!」
一瞬で背後に回り込まれ、わたしは紫色の炎に全身を包まれてしまったのでした。




