11話
わたしの忠告を聞かず、お兄さんは包丁の切っ先を向けて真っ直ぐに突っ込んできました。長い旅路で数々の死線をくぐり抜けてきましたから、この程度を躱すことは容易いです。どや。
タイミングを見て手の甲を横から弾いてあげるだけで、お兄さんはわたしの横を前のめりに倒れていきました。
「ぐっ……!」
「無駄です。いくら修業したとしてもわたしには敵いませんよ」
わたしと渡り合いたいなら、二度は地獄から帰ってこないとお話になりません。
「弟さんのことは残念ですが、わたしではありません。犯人は他にいます」
霊安室で見た遺体と同じ状態であることを考えると、同一犯でしょう。手口は不明ですが、不明だからこそわかります。
これは魔法によって行われていると。
そして魔法が使えるということは、わたしのように魔法使いとなった人間か、あるいは悪魔に乗っ取られた魔人か。この二択しかありません。
割合で考えれば圧倒的に魔人に天秤が傾くので、魔人の仕業であると仮定しておきましょう。それくらいわたしは希少な存在とも言えます。どや。
「──くそがぁ!!!」
お兄さんは思案するわたしの隙を突いて下から突き上げるような刺突を腹部に叩き込んできました。
もちろん避けられましたが、あえて避けませんでした。
包丁はわたしのお腹にめり込んで、お兄さんの表情が歪みます。
「へ……へへっ……なにが『殺せない』だ! 簡単じゃないか! 人間は簡単に殺せるんだ!! 簡単に死ぬんだよ!!!」
「そうですね、その通りです。否定はしません。ですが殺しかたを間違えると人間はしぶといですよ。それも覚えておきましょう」
わたしはお腹に包丁の柄を生やしたまま、平然と経験則を語って聞かせてあげました。
お兄さんは驚いたような表情を浮かべています。まるでおばけでも見ているみたいな。父上の門番さんと一緒で失礼しちゃいますね。
「な──」
「『なんで生きているんだ。なんで死なないんだ』ですか? 答えは簡単ですよ」
お兄さんの言いそうなことを喰って、お腹に生えた包丁の柄を引っこ抜くと、そこに刀身はありませんでした。身体の中に残っているわけではありません。
「包丁が刺さっていないからです。不思議ですね?」
わたしの魔法をこっそりと発動させて、刀身の部分だけ米粒以下に圧縮したのです。こんな芸当ができるのは世界広しといえどもわたしくらいなものでしょう。
ドッキリ大成功。どや。
「────」
「…………?」
お兄さんの様子が少しおかしいことに気がつきました。元気づけてあげようと思ったのですが、空回りしてしまったのでしょうか。
「言っただろ……コ、ロ、シ、テ、ヤ、ルって!」
その瞬間でした。
お兄さんの右目から、紫色の火の粉がチラついたのは。




