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10話

 人間の本性が露わになることを『化けの皮が剥がれる』なんていいますが、今のお兄さんはまさにそんな感じで、人とは思えないほど憎しみに満ちた眼差しをしていました。今にも刺されそう。

 そして『人間の皮が剥がれる』と誰なのかわからなくなるものなのですね。霊安室で見た被害者はどこの誰か存じなかったので気にしませんでしたが、目の前に転がっているソレは弟さんだったのだろうと、場所と状況と背格好から推察するしかありません。

 ──たった一枚の皮だけなのに。

 穏やかな表情をしているのか、苦しそうな表情をしているのか、そんな判断ですら難しい。露出した筋肉の表面から血がじくじくと染み出して、スジを伝うように雨で流れていきます。

 旅の途中で、ろうで作られた〝人体模型〟なるものを見たことがあります。今の弟さんはまさにそれでした。

 わたしは心の中で弟さんに向けて手を合わせて、それから身構えました。

 先程〝刺されそう〟と比喩ひゆしましたが、本当に刺されそうだからです。包丁を持っています。なぜ。


「もう一度聞きます。なにがあったのですか?」


 気が立っているようなのでなるべく刺激しないように、優しく語りかけます。

 ですがそれすらも逆効果なのか、お兄さんの眉間には深くシワが刻まれるばかり。


「わたしは先程用事から戻ったばかりです。弟さんを殺してなんていません。不可能です」


 そもそも殺す理由がありません。愉快犯ですら「楽しいから」という立派な理由があるのに、わたしにはそれすら無い。安い宿屋を紹介してくれたある意味恩人を、どうして殺せましょうか。

 お兄さんはゆっくりと立ち上がり、こちらへ向き直ります。

 項垂うなだれた姿勢から表情を窺うことはできませんが、包丁を握る手には力がこもり、小刻みに震えています。

 震える切先をわたしの眉間へ向けて顔を上げるお兄さんの瞳には、私怨しえんの炎が揺らめいています。


「……お前のその真っ白い服を誰が見間違うかよ! お前が弟を殺したんだ! お前が! 殺した!!」


 わたしを睨みつける目は血走っており、唾を飛ばす姿はまるで牙を剥く狂犬。きたない。

 目尻から流れていくのは雨か、涙か。


「俺も弟も昔から体が弱かった……。やっと元気になってきて、外の世界に憧れるようになったんだ。兄として応援してやりたかったのに!」

「そうですか」

「ゆるさねぇ……殺してやる……殺してやる!!!!」


 憎しみと怨嗟えんさ慟哭どうこくはわたしの心には響きませんでした。だから現実を言ってあげました。




「あなた程度の人間なんかに、わたしを殺すことはできませんよ。諦めたほうが身のためです」

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