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第5話 はじめまして

 そしてその日――。


 宣言通り老女の姿でウィング家を訪れたアンジェラは、昨日あいさつした際に教えられた通り門を入ると右手に折れ、本館よりもこじんまりとした館のドアを叩いた。

 なんとここはメロディ専用の館なのだという。

 メロディの基本的な生活空間はもちろんのこと、図書室を備えた学習室や、ちょっとした運動が可能なホール、今はほぼ使われていないが、使用人の寝室まであるという。本館の隣にあるだけで、規模としてはちょっとした別荘のようだ。


(一見豪華で甘やかされたように見えるけど、寂しそうに見えるのは気のせいかしら?)


 ドアを開けて対応してくれるのは昨日と同じ執事だ。

 実は彼のことも覚えている。

 コンラッドの通っていた学園では男子生徒は執事かメイドが同伴するのが決まりで、彼は確かコンラッド付きの執事だったからだ。

 もちろん、知ってるようなそぶりは見せないけれど。


 ホールに足を踏み入れると、てっきり部屋で待っていると思われたメロディが一緒にいたのは意外だった。

「あなたが、ナタリー先生のお母様?」

 品定めするような鋭い眼差し。声は大きくはないけれどきつい口調。

 自分を大きく見せようとでもいうようにあごを上げ、見下すように目線を下げる。

 それはそれは見事な意地悪令嬢の出来上がりで、アンジェラは内心(あら、可愛い)とニヤリとした。


 メロディは母親似なのだろう。

 黒髪である父親とは似ていない赤味がかった金髪に灰色の目の少女は、生意気な表情でも人形のように可愛らしかった。居丈高にふるまっていても、子猫がシャーシャー毛を逆立ててるようにしか見えない。

 爪をたてられたら痛いだろうと思いつつも、追いかけて抱きしめて撫で繰り回したくなる衝動に身もだえした。

 家庭教師として付き合うのは期間限定でも仲良くできたらいい。うちに遊びに来てくれるくらいになったら最高。懐いてくれるかしら?


(でもおかしいわね。おばあちゃんなら警戒しないと思ったのに)


 素の姿では、二十八歳のナタリーの母親には見えないだろうからこれで正解のはず。なのに、どうしてメロディは警戒しているのだろうか?


 挨拶を返していると後ろでドアが開き、コンラッドが入ってきたので驚いた。

「おや。いいタイミングだったようだ。臨時でお世話になる新しい先生ですね。私はメロディの父、コンラッド・ウィングです。昨日留守にしてしまったので、図々しくもご挨拶に伺いました」

「まあ旦那様。図々しいだなんてとんでもない。わざわざご足労願わなくても、後程こちらから伺う予定でしたのに」

「いえ。ナタリー先生には娘が大変お世話になってますから、先生のお母様にもお会いしてみたかったのですよ」


 柔らかく微笑む姿は、昔のコンラッドからは想像もつかない。


(娘の先生に愛想笑いもできるようになるなんて。絶対零度の王子様も、今では普通のお父様なのね)


 そんなことを考えつつ、ナタリーの言っていたことにも納得できる。

 一言で言うと、彼は「完成された男」という印象だ。

 学生時代にはまだ線の細さを感じさせ、それも女子の人気に拍車をかけたものだ。でも今も鍛えていることを感じさせる幅の広い肩も、自信に満ちた落ち着いた低い声も加わり、これは女性が自分の意志とは関係なく、うっとりと彼を愛でてしまっても不思議ではないと感心した。

 美しい顔立ちだが、間違っても女性的なところはかけらもない。内に荒々しさも秘めているであろう、そんな隠しても隠し切れない魅力が駄々洩れで、アンジェラは心の中で盛大な拍手を送った。


(あらやだ、意外。これは、渋みを増した十年、いえ二十年後くらいが楽しみじゃない?)


 しかしそんな考えはおくびにも出さず、穏やかに微笑んで挨拶を交わす。

 仕事で多忙であろうコンラッドが娘のために時間を割いたことは、ひそかにアンジェラの中で彼の株を少しだけ上げる出来事ではあった。彼が世界をまたにかける実業家であり、仕事人間であることは聞いていたからだ。


「始める前に、サロンでお茶でもいかがですか」

 そんな彼から社交辞令であろう誘いを断ろうとした時だ。


 稲妻が光り、部屋に白い光が走った。

 同時に轟音が鳴り響き館が震える。


 それが立て続けに三度起こった後、妙に明るくなった外を見ると、そこには見知らぬ風景が広がっていたのだった。

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