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番外編・届いた手紙(前編)

番外編です。

主人公はヒィズルに住むリンドウ。時は、スミレが故郷に帰ったあとになります。

 リンドウは二度読み返した手紙を置いて息をついた。

 手紙はイリスからで、差出人はアンジェラ・ドランベル。ここヒィズルではマチダ・スミレとして過ごしていた女からだ。


 イリスとヒィズルの間には二つの大陸がまたがっている。彼女は子供たちと無事大陸を超え、海を渡り、故国での生活を始めた。


 リンドウが手紙を読み終えるのを、そばでそわそわと待っていた妻のヤマブキが促した。

「ねえ、おまえさん。それ、スミレからなんでしょう。なんだって? あの子たちは無事なんだろう?」


 妻はスミレの友人で、彼女の子――いや、正確にはスミレの甥と姪も可愛がっていた。スミレが祖父危篤の連絡を受け、予定よりも早く子供らを連れて帰国することになった。あの三人を誰よりも心配していたのはきっと妻だろう。


「ああ、無事着いたし、危篤だったはずの爺さんはケロッとしてたってよ」

「あらま。そりゃよかった」


 にっこり笑ったヤマブキは、リンドウの

「でもこれは内緒だからな。当然暁の狼にもだ」

 という言葉に了承し、機嫌よく部屋から出ていった。

 それを見送り、リンドウは暗号(・・)で書かれた手紙を読み返す。


 スミレは、一言で言えばとんでもない女だった。

 七年前、彼女の姉アナベルとその夫が、この遠い東の国(ヒィズル)で亡くなった。リンドウは彼らの息子と娘のため、アナベルの最期の言葉に従い、すぐさま実家へと連絡を入れたのだ。

 実家には親代わりの祖父と妹がいるという話だった。手紙は早くて二か月で着くが、実際届いたのは半年後だという。


 リンドウたちは、きっと祖父、もしくはその代理が、アナベル達の忘れ形見を迎えに飛んでくるだろうと予測していた。しかし実際にこの国にやってきたのは予想外の中年女性――スミレだった。


 実際には、当時の彼女はまだ十八歳だった。

 若い娘が大陸を超えるために幻視の魔法とやらをかけてもらって、二十も年上のふりをして来たのだという。

 詳しくは聞かなかったが、彼女が独断で行動したであろうことに気づき、リンドウは不思議な感動を覚えた。彼女の佇まいに何か、懐かしいものに触れたような気がしたのだ。


 期間だけ見ても、彼女がどれだけ急いで来たのかわかった。だが当時、スミレの甥と姪は人攫いに連れていかれ、消息不明だった。


 彼女の依頼で、手をこまねいていた仲間連中も動くことができ、ようやく子供たちを救出。

 スミレはすぐに環境を変えることはできないと、そのままこの国で過ごすことにした。実際は当主だという爺さんに勘当されていた姉の子――キリとナズナを、すぐに連れて帰るのが難しい状況だったからだ。


 そこで、スミレはここで生きていくために姉夫婦の跡を継ぐことになった。


 スミレの姉は優秀な魔術師で、その夫は優秀な弓士だったのだが、それを知ったスミレが弓のほうを選んだことを、リンドウははじめ意外に思った。それもこの国では見ないような十字弓だ。


 しかも、驚くほど腕も確かだったが、イリス人である彼女がヒィズル人のように自分の武器を身の内に収めるなんて芸当ができるはずもない。


「なのに、やってくれたんだよな」


 はじめてスミレが武器召還をした時のことを思い出し、くくっと笑いが漏れる。

 スミレは魔法を使って自分の武器を取り出し、皆に仲間だと認めさせた。

 そして仲間と共に魔獣の核をとるため、スミレは彼女の姉のように魔法で魔獣を混乱させたり動きを止めたりし、弓で確実に仕留めるのだ。


「一人で二人分の仕事だからな、恐れ入るぜ」


 あとから魔法弓士なんてそれらしい呼び名がつけられたが、最初現場で見た仲間たちが、「なんてでたらめな女だ」と、あきれるやら感心するやらで大変だったことも、今ではいい思い出だ。


 ただ、リンドウにとっては皆とは違う思いがあった。


 イリス人であるアンジェラに、

「ヒィズル風の名前にしてみるか」

 と、提案したのはリンドウだ。自身の魔法で印象をさらに少し変えたアンジェラは、少し異国風ではあったが、十分ヒィズル人と言っても大きな違和感はなかった。

 彼女の甥と姪にも、こちらの名前とイリスの名前が付けられているのだから、おかしなことではないだろう。


「そうね。どんな名前がいいかしら」

 小首をかしげたアンジェラにリンドウは顎を撫で、「スミレなんてどうだ?」と提案した。スミレは紫色の可憐な花だ。彼女の印象から出てきたのだが、内心、これ以上ぴったりの名前はないのではと思った。


 咀嚼するようにその名前を繰り返したアンジェラが、「ドランベルではない苗字も必要ね」と言って「マチダ」を選んだのも、この国のことをよく学んできたのだなと感心した。

 はじめは多少違和感があった彼女の外国人なまりも、すぐわからなくなった。


 そんなスミレは、気が高ぶると灰色の目が紫色になる。

 その点でも、「ぴったりの名前じゃねえか」などとリンドウは悦に入っていたのだが、スミレが弓を使い魔法を使い、言葉や振る舞いもそれっぽくなってくると

(これは夢かな?)

 と、考えるようになった。

 自分の空想が具現化したような、不思議な感じに戸惑ったのだ。



 誰にも話したことはないが、リンドウには前世の記憶があった。

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