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第13話 コンラッド④

 失恋の痛みを抱えたコンラッドは、何年もがむしゃらに働いた。

 ある時、遠い極東の国で採れる資材に目を付けたコンラッドは、一人異国に旅立つ。二十三歳になっていた。


 その国はヒィズルといい、服装も文化もまるで違う。

 金色にしたままの髪は目立っていたが、もともと外国人ということで目立つので今更だとそのままにしていた。髪の色を戻す……いや、昔の自分に戻る気にはなれなかった。

 若くて舐められるわけにはいかないこともあり、顔にも少しだけ幻視の魔法をかける。覚えたての魔法は難しく目元を変えて見せることで精いっぱいだったが、野性味のある目元のおかげで、元の顔の印象とはまるで別ものになった。


 ヒィズルの人々に交じって生活をする中で、コンラッドは「狼」もしくは「暁の狼」と呼ばれるようになった。現地の人間にコンラッドという名前が発音しにくいことや、髪の色などがその名の由来だ。暁の狼はヒィズルの神話に出てくる聖獣のことらしい。


 その国で出会ったのがマチダ・スミレという女性だ。

 自分よりも十五歳くらい上だろう。十代前半の息子と娘を育てる母親で、夫は早くに亡くしたらしい。

 日に焼けた肌の女性は、一風変わった弓を持つ魔法弓士だった。

 仕事以外は子供に全力を尽くしているようで、仲間たちからも愛されているのが分かる。

 最初の頃は、箸という二本の棒を使って食事をするのに難儀していたコンラッドに呆れながらも、根気よく作法を教えてくれたのも彼女だ。まるで子供のようだと思ったが、それは他人がいるところでは決してしないこと、外では一人前の男として扱ってくれているのが分かり、その配慮のきめ細やかさに感謝の念がわき、静かにじわじわと胸の高まりに変わっていく。


 スミレと行動を共にするうちに、気付くとコンラッドは前の恋を忘れていた。


 一年以上の付き合いになると、周りから彼女の事情も耳にするようになった。

「キリとナズナは、スミレの本当の子じゃねぇよ」

 キリは上の男の子、ナズナは下の女の子の名前だ。

 二人はスミレの兄(姉だったか?)夫婦の子だそうだ。

 父親のほうは優秀な弓士で、母親のほうは魔術師だったそうだ。ある時家族が襲われ、親二人が殺され、子どもたちはどこかに攫われたという。


「一年以上たって、遠いところに住んでいたスミレが子どもたちを探しに来たんだよ。スミレは兄と姉のいいとこどりの魔法弓士でな、あらゆる伝手と足を使って子どもたちを見つけ出したんだ」

 子供たちは骨と皮のようになりながらも、奴隷のように働かされていたという。

「あの子らを見つけたときには、そりゃあもう本当に、よくぞ生きてた! 生きててよかった! と思ったさ」


 仲間内でも捜索はしていたので、子どもたちがどこかに売られたであろうことまではつかめていた。だが仕事でもない、家族でもないもののためでは、誰もこの土地を離れるだけの名目も資金も作れずにいたのだ。スミレという身内が現れたことでようやく動くことが出来た。


「スミレはなぁ、とうはたってるけど、いい女なんだよなぁ」

 酒場ではよくそんな話が出る。

「働き者だし、魔法弓士としても優秀。おまけにイイ女とくれば、男がほっとかねえよ」

「だがひとり身なんだな?」

 コンラッドが透き通った酒をちびりとやりながら伺えば、男は大仰に頷いて見せる。

「子どもで手いっぱいだから、亭主の面倒まで見てる暇はねえってさ」

 そう言って男たちは大笑いし、奥で女衆が訳知り顔に深く頷くのが見える。


「でもなぁ。男手は必要だと思うぜ。子どもたちも、あと五年もしたら巣立つだろう。その時にか弱い女一人ってのも寂しいんじゃねえかなぁ」

「とかいっておまえ、この前スミレの尻撫でて張り倒されてたじゃねえか」

 お呼びじゃねえと囃子(はやし)立てられた尻撫で男は、

「だっていい尻してるじゃねえか。ありゃあ見た目より、体は若いと見たね」

 とスケベ面をさらし、周りからどつきまわされていた。


「よお、暁の。尻を撫でた話くらいで、そんな射殺しそうな目をするな。たかが酔っ払いのたわごとだ」

「リンドウ」

 小声で、しかし明らかに面白そうな声音でコンラッドに声をかけてきた男はリンドウ。仕事上の相方であり、ヒィズルで唯一コンラッドの正体を知っている男だ。

「そんな目はしてないだろう」

「いんや、してたね。明らかに俺の女に何しやがるって目だった」

(俺の女……)

「おまえ、スミレに惚れてるだろう。いっそ夫婦(めおと)になっちまえば? 子供たちもおまえに懐いてるし、問題ないだろ。姉さん女房も悪くないぞ」

 面白そうに、だが真剣な目でリンドウはそう訴えてくる。


 最初にスミレをここに案内した縁もあり、ずっと彼女を気にしているらしい。

「俺も、ヤマブキがいなければ、嫁にしたいくらいだよ――――あ、冗談だからな。言うなよ!」

 ヤマブキはリンドウの妻だ。年は五つほど上だと言ったか。スミレと同世代で、仲良くしている。

「そうだな」

 それは黙ってるという意味か、それとも……。

 窺うように見てくるリンドウに、コンラッドを軽く肩をすくめた。

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