ヒロインは悪役令嬢に一目惚れしたようです
それはまさしく運命だとシュアラは確信していた。
「貴女が噂の特待生ですわね」
シュアラは平民の身なれど、貴族の血筋にしか顕現しないとされている魔法の才を宿す希少な人間だった。そのことから特待生枠で(魔法を使えるのは基本的に貴族だけなので実質貴族の学舎である)王立魔法学園に通うことを王家より命じられた。
シュアラを王立魔法学園、すなわち貴族側に引き込む──おそらくは男爵の位でも与えようと調整中だろう──ことで『建前』を構築して貴族制度の権威を維持したいお偉方の思惑が絡んでおり、つまりは逆らえば王国を敵に回すも同然なのでシュアラには肯定以外の選択肢はなかった。
「ふん。魔法の天才という話ですが、嘘ではなかったようですわね。こうして対峙しているだけでも膨大で磨き上げられた魔力の波動が伝わるというものです」
王立魔法学園の実情はシュアラの予想通り社交場の縮図も同然だった。貴族が特別であるという証明の一つである魔法の才を開花させたとはいえシュアラの本質は平民。学生程度なら偉そうにしている連中をダース単位で瞬殺できるだけの魔法の才があろうとも、権力という力の前には何の役にも立たず、令息令嬢からは半ば捨て置かれている状態だった。
そんなある日のこと。
その令嬢はシュアラへと声をかけてきたのだ。
「貴女の才能、そしてその才能を開花させた努力は認めましょう」
フィリロッテ=ローズフィールド公爵令嬢。
豪快に整えられた金の縦ロールに光り輝く碧眼、そして何より自信に満ち溢れた凛々しい表情。
ローズフィールド公爵家が長女にして第一王子の婚約者候補の中でも最有力と目される彼女は高らかと告げる。
「ゆえにこそ勝負ですわ、平民っ! わたくしが何事においても頂点であることを証明するために!!」
いくら魔法の才能があっても所詮は平民だと学園内の誰もがシュアラを見下していた中、フィリロッテ=ローズフィールドだけがシュアラの才能と努力を認めてくれていた。
平民と公爵令嬢。
厳格なる身分の差があっても、なお、『平民の女』ではなく『シュアラ』という個人を打倒するべき敵として見てくれていたのだ。
だから。
だから。
だから。
(うっひゃーっ! メッチャ好みの美少女だよう!!)
まあ、そういうのはぜんっぜん関係なく、顔が超絶好みだった。
(私の人生設計において学園でのアレコレってのは邪魔以外の何物でもないから波風立てないよう過ごすつもりだったけど、だけど! まさかこんなところで理想のお姉様に出会えるなんてっ。もう、もうもうっ、ツイているなぁ私っ!!)
シュアラは両親のことは尊敬していたが、だからといって両親の仕事を受け継ぎ、ろくに稼げない畑仕事で一生を終えるつもりはなかった。
魔獣に畑が荒らされて生活が苦しくなった時だって口減らしにシュアラを捨てることなく育ててくれた両親に恩返しをするためにも、『余裕』を手に入れて人生を楽しむためにも、なんだってしてやると決めていた。
そのための魔法。
学園を卒業した後は身分ではなく暴力が全ての冒険者になり、ただの平民では手に入らないような財を手に入れるつもりなのだ。
今だって本来ならば学園になど通わず冒険者として名を広めるために一つでも多くの依頼をこなしたいところだが、王国を敵に回さないためにも仕方なく学園に通っているだけ……だったのだが、
(ハァハァ……。かっ格好良い。メチャクチャ顔が好みだよう!!)
その日、シュアラは運命に直面した。
事前に組み上げていた人生設計なんて頭からスッポーンと抜け落ちるほどの運命に、だ。
ーーー☆ーーー
魔法における『勝負』にはいくつかの種類があるが、貴族のような伝統や外聞を気にするお行儀の良い者たちにとっての『勝負』は以下の通り。
・使用する魔法は魔力を固めた無属性魔法のみ。
・『勝負』開始前に使用する無属性魔法は展開し終えていること。
・相手の魔法を全て打ち破ったほうが勝者となる。
・あくまで魔法の力量を決する『勝負』であるので、術師に直接危害は加えないこと。
……実践を無視した、なんとも貴族らしい『勝負』方法だった。得物を統一して正々堂々『勝負』する決闘などに価値を見出している貴族らしいのかもしれないが。
こんな『勝負』でも王立魔法学園のテストの一つにさえ組み込まれているというのだから、やはり貴族というものはあくまで支配階級であり、現場を知らない生き物なのだろう。
とはいえ、シュアラとしても別に公爵令嬢を傷つけたいわけではないので『勝負』内容に文句はない。
顔が良いお姉様と戯れられるのならばなんでも──
「はじめに言っておきますわ。身分を気にして手加減などしないように! 全力の貴女を打ち破ってこそ意味があるのですから!!」
「はいっ、フィリロッテ様がそうおっしゃるなら!!」
瞬間。
五十もの無属性魔法たる赤き魔力剣を展開していたフィリロッテ=ローズフィールドの目の前で一万もの純白の蕾、つまりは無属性魔法が展開された。
「……………………、な、ん」
「全力でもってお相手させていただきますねっ!!」
超絶好みの美人さんにメロメロのシュアラはまさしく脳内お花畑状態だった。
蕾が花開く。
蜜が溢れるように咲き誇った花の中心から魔力の閃光が放たれる。
満面の笑みで言われるがままに全力を発揮したシュアラによってフィリロッテ=ローズフィールド公爵令嬢はコテンパンにされたのだった。
ーーー☆ーーー
「……ふっ、……ふうっ! ……」
プルプルしていた。
公爵令嬢としての見栄があったのでみっともなく喚くことはなかったが、先程までの凛々しさはどこへやら、唇を噛み締めて涙を堪える様はまさしく泣き出す寸前の幼子だった。
(こ、これがギャップ萌えというヤツ!? ふ、ふわあっ、格好良いだけでなくかわいいだなんて反則だよおーっ!!)
……勝者であるはずのシュアラも感動のあまり泣き出しそうという有り様ではあったが。
「こ、これで勝敗が決したとは思わないことです! 次こそわたくしが勝つのですから!!」
「次? 次もあるの!?」
「もちろんです! 勝ち逃げなど許しませんからね!!」
「そっかぁっ。えへっ、えへへっ、楽しみにしているね、フィリロッテ様っ」
(顔が超絶好みのフィリロッテとまた遊べるからと)無邪気に喜びを露わとするシュアラに、なぜかフィリロッテは胸が高鳴るのを感じていた。
どうしてなのかは、わからなかったが。
ーーー☆ーーー
そこからのシュアラの学園生活は今までとは比べものにならないくらい輝いていた。
シュアラにとって今までの学園生活は単なる義務であり、遺恨を残さないよう静かにやり過ごすことしか頭になかった。だが、そこにフィリロッテ=ローズフィールドという彩りが加わったことで世界は一変したのだ。
基本的に一人で過ごしているシュアラに声をかけてくれたり(あくまで『勝負』の日程を決めるなど、あくまで用事があるから仕方がないと誤魔化してはいたが、用事が済んで何時間も談笑しているのが全てであった)。
基本的になんでもできる、というか頂点に立つことを目指すくらいにはハイスペックなフィリロッテだが、実は虫だけは苦手という意外な一面が発見できたり(部屋に小さな虫が出ただけでシュアラに泣きついてきた時はあまりのギャップに思わず抱きしめそうになったほどだ)。
社交界の縮図としての側面もある学園では特定の夜会に参加することが必須とされており、貴族としてのマナーなんてさっぱりで教えてくれる知り合いもいなかったシュアラにフィリロッテは嫌な顔せずに一から必要な礼儀作法を教えてくれたり(表面上こそ『学園の品位を損なわないため』だのなんだの言ってはいたが)。
甘いものが好きで、休みにはスイーツを取り寄せて振る舞ってくれたり(お茶会や夜会などの形式ばったものではなく、単にお菓子を食べて楽しむだけの会にお呼ばれするのはシュアラをはじめとしてフィリロッテ専属のメイドなどフィリロッテが素を曝け出してもいいと考える者が多かった。それだけ気を許してもいい相手として認識してもらっているのか。……本人に確認したわけではないので詳しいところまではわからないが)。
いかに魔法の才能があろうとも平民ごときが伝統ある王立魔法学園に通うなど身の程を知れとシュアラに嫌がらせをしていた集団を前に、堂々たる態度で立ち向かってくれたり(貴族として民に手を差し伸べるのは当然の義務だと語ってはいたが、義務にしては無表情ながらに身震いするほどの圧を放っていたので、本音は別のところにあるのだろう)。
こんなの惚れないほうがおかしいとシュアラは断言できた。
初めこそ外見が好みだったのもあるが、何ヶ月も関わっていくうちに凛々しいだけじゃないことがわかってきた。色々な側面を知るたびに、どんどん惹かれていったのだ。
やはりこれは運命だったのだと、今もなお胸を張って言うことができる。
「フィリロッテ様、一ついい?」
「なんですか?」
「その、あの、結婚するならどんな人がいいかな!?」
もう色々と飛ばしまくった願望が見え隠れしていた。悶々としているシュアラに気付いていないのか、フィリロッテはしばし悩むように眉根を寄せる。
どんな人がいいか悩んでいるのではなく、
「そのようなこと、考えたこともありませんでした。わたくしはローズフィールド公爵家の人間です。わたくしにとっての結婚とは家と家を繋げ、勢力を広げるためのものなんです。そのため、結婚相手に望むのはローズフィールド公爵家にとってどれだけ利益となるかどうかだけですから」
「あ……っ。そ、そうだよね、あは、あははっ」
浮かれていたと、勘違いしていたと、シュアラはようやく自覚した。
あまりにもフィリロッテが自然に、そう、友達のように接していたので頭から抜けていたが、彼女はローズフィールド公爵令嬢なのだ。
王家に次ぐ権威ある家の生まれであり、ありとあらゆる分野に精通していると言われていて、未来を見通しているようだと噂されるほどに優秀な第一王子の最有力婚約者候補なのである。
貴族と平民。
シュアラには『建前』として実質的には大した力のない男爵の位を与えられることが決まっているとはいえ、二人の間には確固たる溝があり、つまりは住む世界が違うのだ。
本来ならば関わることすらなかったフィリロッテ=ローズフィールドに魔法の才能があるからと関わる機会があったことが幸運なことであり、それ以上なんて手に入るわけがない。
そもそも初めは顔が超絶好みの女と知り合いになれてラッキーくらいの話であって、それ以上どうこうしたかったわけでは──
(ああもう、私の馬鹿っ。いつの間にこんなにものめり込んでいたんだか)
ギリッ、と奥歯を噛み締めるシュアラ。
きっかけなんて些細なもの。それこそこぼれ落ちるほどに大きくなるまで気づくことができていなかっただけで、これまでの日々で想いは積み重なっていたのだろう。
シュアラはフィリロッテ=ローズフィールドに恋をしていた。
同性だとか、身分の差だとか関係なく、フィリロッテという一人の女の子のことがどうしようもなく好きになっていたのだ。
ーーー☆ーーー
シュアラとフィリロッテはそれこそ友人のように日々を積み重ねていたが、それだけではなかった。
そもそもの始まりはフィリロッテがシュアラに『勝負』で負けたことであるのだから。
「む、むぅっ!」
十回戦目まではまだ我慢できていた。
「また、負けて……まだ、まだですわっ。シュアラ、もう一度『勝負』しなさい!!」
三十戦目辺りからは闘志をむき出しとしていて。
「悔しい……。悔しいですわーっ! なんで勝てないんですかもおーっ!!」
五十戦目ごろには公爵令嬢としての顔はどこにいったのか、駄々っ子のように地団駄を踏むことも増えてきて。
「もう誇りは捨てます。シュアラ! わたくしに魔法を教えてください!!」
七十戦を超えた時にはライバルであるシュアラに師事を頼むほどで。
「今日こそ勝たせていただきますわよ、シュアラ!!」
百戦目の今日、シュアラは追い詰められていた。
(は、ははっ。本当、もう、フィリロッテ様ったら嫉妬しちゃうくらい凄まじいんだから!!)
シュアラに師事を受けてからのフィリロッテの成長速度は凄まじいものだった。
『ありとあらゆる』という冠を文字通り網羅しているのがフィリロッテ=ローズフィールドという女である。そんな彼女の強みは『ありとあらゆる』分野において経験を力に変える速度にこそあるのだ。
魔法という一つの才能に恵まれたシュアラと違い、学ぶ機会さえあれば均一に成長できるというのは単なる天才よりも驚異的だろう。
(私の教えたことをそのまま吸収するんじゃない。昇華するのは当たり前、そこから新たな領域に手を伸ばして私ができないことまでできるようになるって何それチート!?)
フィリロッテ=ローズフィールドはシュアラとはまた違った天才だった。それこそ学園の生徒なんて相手にならないとどこか余裕があったシュアラが日に日に追い詰められていくほどには。
(い、やだ……)
フィリロッテはシュアラに勝つために毎日『勝負』を挑んでいる。その延長線上で平民と貴族という身分の差に関係なく接することができる機会があった。
フィリロッテが勝ってしまったら、平民と貴族が接する理由がなくなる。住む世界が違うフィリロッテが元の世界に戻り、シュアラとの接点がなくなるのは当然のことだろう。
それでも。
それでも、だ!!
(気まぐれでいい、一時の戯れで構わない。私がフィリロッテ様に勝ち続ける限り、フィリロッテ様は私からは離れられないっ。だったら何がなんでも死守してやる。叶うはずのない夢を見続けるために必要ならば何度だって勝ってみせる!!)
一万に及ぶ純白の花が舞う。
無属性魔法、その繚乱。爆撃のように閃光を放つ一万もの膨大な花を、しかし赤き軌跡が片っ端から両断していく。
生まれ持った才能を開花させただけでは届かない。常に成長を続けるフィリロッテはとっくにシュアラよりも先に進んでいたのだから。
ザンッッッ!!!! と最後の花が両断され、シュアラの首筋に赤き魔力剣が突きつけられる。
「はっ、ハァ……ッ!! わたくし、の……勝ちですわね」
「…………、うん」
「やった……。ははっ、ははは!! やったですわーっ! わたくし、ついにシュアラに勝ったんですわーっ!!」
フィリロッテがどれだけ努力していたかは他ならぬシュアラが一番知っていた。そんな彼女がようやく一勝をもぎ取ることができたのだ。悔しさもあれど、それ以上に喜ぶのが普通だろう。少なくともいつものシュアラであれば──相手が友人やライバルという枠組みであれ話は簡単だったのだろうが……、
「え、シュアラ!? どうかしましたか!? どうして泣いているんですか!? もしかしてどこか怪我をしたのではありませんか!?」
「気にしないで、大丈夫。大丈夫だから」
「ですがっ」
「本当、大丈夫だから」
今にも胸の内に荒れ狂う想いを吐き出してしまいたかった。
だけど、呑み込む。
この想いが公爵令嬢として、そしていずれは未来の王妃として選ばれるに足るフィリロッテ=ローズフィールドの邪魔をしたくなかったから。
住む世界が違う。
当たり前の現実を受け入れるのは当然のことだろう。
……本当に?
ーーー☆ーーー
「フィリロッテ、今日限りで俺の婚約者候補から外させてもらう。あ、もちろん王家や公爵家には話を通してあるからな」
それは唐突なものだった。
わざわざローズフィールド公爵家を訪ねてきた第一王子は気軽な口調でとんでもないことを言ったのだ。
「……、理由をお聞きしても?」
「機密事項だ」
「わかりました。それが王家の決定であれば従います」
「やけにすんなり納得するものだな。候補の中で自分が一番優れている自覚はあっただろうに」
「あくまで候補は候補。選ばれない可能性もあり得ましょう。それに……いえ、なんでも──」
「別に俺の婚約者になりたいわけでもなかった、ってか?」
「…………、」
「はっはっはっ!! 別に構わないさ。令嬢は家のために尽くすのが当然であり、そこに私的な感情はいらないってのが一般的な貴族の考え方だ。フィリロッテがどうも思ってない男の婚約者候補に名乗りを挙げていたってそう不思議なことじゃない」
「一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「どうしてわたくしが婚約者候補から外されたことを伝えるためだけに殿下自らが足を運んでくださったんですか?」
未来を見通しているのでは、と噂されるほどの男は小さく笑みを浮かべて、
「芽生えた気持ちに嘘はつかないほうがいい。私的にはもちろん、公的にもそう望んでいる。それを伝えたかっただけさ」
「何の、ことで──」
「シュアラだっけ? かわいい子じゃないか。フィリロッテが惚れるのもわかるというものだ」
「惚れっ、惚れる!? しゅっ、シュアラとは別に、その、そのですねっ、そのようなあれではなくてですねっ」
「そう誤魔化すこともないさ。愛やら恋やらってのは望むものではなく落ちるもの。流れに身を任せるのが一番だ。……人の情ってのが欠如している馬鹿どもは俺が押さえておけばいい話だしな」
「殿下……?」
そうしてフィリロッテ=ローズフィールドは第一王子の婚約者候補から外れることになった。
何かしらの思惑がありそうな予感はあったが、それがどのようなものかまではわからないまま。
ーーー☆ーーー
王族は特殊な魔法を扱うことができる。
今とは異なる文化体系を辿った『どこか』の知識を得ることができるというものだ。
ただし第一王女なら『兵器』、第二王子なら『農業』といった風に得られる知識には偏りがあるが。
そんな中、第一王子が得ることができるのは『娯楽』という一見政治には役に立ちそうにないものだった。
ただしこの世界は『娯楽』の中の一つに酷似しており、一種の未来予知として機能しているというのが付け加えられるが。
第一王子が未来を見通すようだ、と噂されているのも当然だろう。何せこの世界と酷似した『娯楽』の知識を利用して様々な政策を打ち出してきたのだから。
だからこそ。
第一王子の要望で最有力候補だったフィリロッテ=ローズフィールド公爵令嬢を候補から外すこともできたし、現状を踏まえて同性での婚約を法的に認めるよう国家上層部を動かすだけの影響力があった。
(乙女ゲームだってのにバッドエンドの中には世界滅亡なんてものもあるってのは少々挑戦的すぎないかね)
少し先の未来、世界は滅亡の危機に陥る。
『娯楽』の知識によると太古に封じられた魔王が復活し、世界全域を蹂躙するというのだ。
その魔王を唯一滅することができるのがシュアラ。つまりは乙女ゲームにおいてヒロインとされている女である。
あくまで主軸はアクションではなく乙女ゲームなので、ヒロインが魔王を打倒するほどの力を獲得する条件は『真実の愛』とされている(もちろん攻略対象と愛を育むことができなければバッドエンドとして世界は滅亡する)。
つまり第一王子や騎士団長の息子、学園教師に王家に仕える執事などの攻略対象と仲を深め、ルートを開拓することが必須ということになる。
だが、
(俺は元より、攻略対象とされている者たちは軒並みシュアラに相手にされなかった。唯一、悪役令嬢として用意しておいたフィリロッテを除いて)
第一王子ルートにおいてフィリロッテ=ローズフィールド公爵令嬢はヒロインの敵として描かれる。
事あることにヒロインとぶつかり、最後には第一王子より婚約破棄を突きつけられて断罪された果てに第一王子とヒロインは結ばれるのだ。
とはいえ、流石に一国の王子が婚約者を切り捨てるというのはゲームではなく現実だと後に影響を与えそうだったがために根回しをした上で婚約者『候補』ということにしてはいたが。
その他にも本来の『娯楽』を現実的に実現するために多少の手は加えたが、それが何かしらのバグとなりヒロインは攻略対象たちと結ばれなかった……のだろうか?
(いいや、違うな。本来の『娯楽』のヒロインはいくつかの選択肢以外では何も発言しない無個性だった。それが現実として生を受けて、一人の人間として確立されたんだ。運命程度ではシュアラの行く末は左右されなかったってだけだ)
だが、そうなると待っているのは世界滅亡。人の情など捨て去ったお偉方は攻略対象の誰かとシュアラを強制的に婚約させればいいだなんて言っているが、愛というものは強制されて手にできるものではない。
となれば、だ。
「本来の『娯楽』ではやられ役で終わっていて、ルートなんてなかった悪役令嬢に期待するしかないか。幸運なことにまんざらでもなさそうだったし、それとなく外堀を埋めておくとしよう」
ーーー☆ーーー
そして。
そして。
そして。
ある日、シュアラはこう言った。
「フィリロッテ様、私ちょっくら騎士団長になります」
「騎士団長、ですか?」
「うん。魔法の才能だけで『上』に上りつめて格をつけるにはそれしかないかなって。前までは魔法の才能だけで騎士団長になるのは難しいから諦めていたけど、今は違う。難しいからどうした。住む世界が違うなら私がフィリロッテ様と同じ世界まで駆け上がればいいだけなんだから」
「シュアラ……?」
「ねえフィリロッテ様。もしも私が軍事の頂点に君臨して、それなりの格をつけて、公爵家が味方につけたいと思えるくらいの存在になったら」
ここ最近、第一王子が主導して同性でも結婚が認められたことを踏まえて、シュアラは想いを吐き出す。
「私と結婚してください!!」
…………。
…………。
…………。
「あ、あのっ、ええと、あのあのっ、結婚って、え? あれ、その、今っ、だって、そんな、え!?」
「返事は今じゃなくていいよ。私がフィリロッテ様と同じ世界に駆け上がって、公爵家が私と繋がりを持ちたいと思えるようになったその時でいいから」
だけど、と。
シュアラは顔を真っ赤にして両手をバタバタさせるフィリロッテを真っ向から見つめて、挑戦するようにこう告げたのだ。
「その時は公爵令嬢としてではなく、フィリロッテという一人の女の子として答えて欲しい」
「まっ待ってください!」
だけど。
だけど、だ。
フィリロッテ=ローズフィールドはそこで終わらせたくなかった。
「一つ訂正させてください」
「訂正?」
結婚してくださいと、そう言われてからずっとフィリロッテの胸の奥から熱が噴き出していた。今まで自覚することなく積み重なってきた想いが決壊していたのだ。
「わたくしにとっての結婚とは家と家を繋げ、勢力を広げるためのもの。結婚相手に望むのはローズフィールド公爵家にとってどれだけ利益となるかどうかだけ……いつか、そのようなことを言ったかと思いますが、どうやら違ったようです」
ローズフィールド公爵令嬢ではなく。
フィリロッテという一人の女の子として、胸の奥から迸る衝動のままに想いを告げる。
「わたくし、シュアラのことが好きです!! 公爵家の利益になるかどうかとは関係なく、結婚したいとそう思えるほどに!!」
シュアラが騎士団長となり、公爵家が繋がりを持ちたいと思えるようになってから想いを告げても遅い。そうなってから言葉を尽くしても、結果としてシュアラが公爵家の利益となる存在になった後だからではと思われても仕方がないのだから。
自覚するほどに積み重なった想いを汚したくなかった。真っ直ぐに、ありのままを、シュアラに伝えたかった。
「ほん、とう? 嘘じゃない?」
「どうして嘘をつく必要があるんですか」
「だって、それは、だって!」
信じられないと言いたげなシュアラを、フィリロッテは想いのままに抱き寄せ、唇を重ねる。
ほんの一瞬、触れ合うだけのキスは、しかし想いを伝えるには十分だった。
「あ……」
「好きですよ、シュアラ」
「うん……うんっ!!」
シュアラの瞳から涙が溢れる。
だが、その涙はいつかの時に想いを押し殺そうとして溢れ出たものとは全く違ったものであったが。
その後、騎士団に入団したシュアラが己の実力を示すために訓練初日から騎士団長をフルボッコにしたり、復活した魔王を『私とフィリロッテ様の未来のためにくたばれ!!』と瞬殺して世界を救ったことで英雄として名が広まったり、民衆の人気取りのために多くの貴族がこぞってシュアラを取り込もうと近づいたり、その中にはローズフィールド公爵家の名もあったりしたのだが、それはまた別のお話。
「予定とはちょっと違ったけど、まあよし! フィリロッテ様ーっ! 結婚しよう!!」
ただ一つ言えるのは、『娯楽』の中には存在しない、ヒロインが悪役令嬢と結ばれるルートが生まれたということだ。