非因果的なボクら
帰宅が遅くなり、日付が変わる前になってしまった。
部屋に入り、パソコンの電源を入れ、素早く生放送のチャンネル画面にしてから着替えて夕食を作る。
簡単な料理程度なら長い一人暮らしで一通りは出来る。
もう疲れたし…うどんにするか…。
手早く作り、ディスプレイの前に待機しつつ遅い夕食を食べる。
【25時のシンデレラ】
音声のみの生放送だがそこそこ人気は高い。
オープニングのSEが流れる。
『こんばんは、魔法が解けたシンデレラです』
その瞬間、コメントが画面を埋めるので、コメントOFF表示にする。
ハキハキ喋る訳でなく、ゆっくり聞きやすい速さで話す。
季節の話や絵本や詩を朗読したり…約30分はあっという間に過ぎる。
『では、お時間です。またね、おやすみなさい』
エンディングのSEが流れ始める。
そのままアーカイブにしてから残った雑用を済ませ、パソコンにスリープタイマーをかけたまま眠る。
アラームより先に起きてしまうので少し損をしてる気がする。
身支度を整えて、朝食はいつも職場のビルの1階にあるカフェで済ませる。
「おはようございます、いつものですね?」
「おはようございます、お願いします」
精算をして、トレイを受け取りいつもの席へ向かう。
モバイルパソコンを開き、メールチェックを済ませながら食事をしていると、肩を叩かれる。
「今日早いな」
「いつもは、1件とってから出社してんの!メール今見てんの?」
「10時から会議だろ?」
「え?出るの?」
同期で営業部のエースはいつも忙しくしてるらしい。
何度も他社からヘッドハンティングされた噂も聞いたし、昇進の話すら断ってまで営業が好きな変わり者だ。
「で、社長…会議やっぱ出るの?」
「出るよ?」
社長とは名ばかりで、親のグループ会社の1つに務める雇われ社長だ。
元々は同期の奴らと普通に仕事をしていた間は素性は隠していたが、新事業立ち上げの為に前の社長…父の弟である叔父はそちらへ移動し、空いた場所に俺が就いた事で中にはいい顔をしない者も居るはずだが変わらず接してくれる者が多く居るのはありがたかった。
自分が社長になってすぐ、社長室は無くし今は接客用に使っている。
秘書室の1部に自分のデスクを置いて仕事をしている。
他にも、合理的で無さそうなモノは排除した事で社員の負担も減らした。
当初は株主や周りからも非難されたが、結果的に業績を上げたため他のグループ会社でも1部取り入れてるらしい。
仕事を終えて、帰宅するために駅まで向かった。
途中、道に迷ってるのかキョロキョロとしている小柄な女性が見えた。
小さな紙は恐らく地図が住所が書いてあるのだろう。
「どうしました?」
いつもなら通り過ぎるのに、気になって声をかけてみた。
「あの…このビルへ行きたいんですけど」
声を聞いた瞬間、誰なのかすぐにわかった。
魔法が解けたシンデレラは今迷子になっていた。
「案内しましょうか?」
「え?い、いいんですか?」
仕事も終わって暇だし、今夜は生放送もないが目の前に居る。
道案内の間に、確かめたかったがそこは耐えた。
少し後ろを付いてくるのを確かめながら目的地まで歩いた。
「ここ…ですか?」
メモにあった店名を確認した。
「はい!ありがとうございます」
笑顔で礼を言われ、店内へ入って行くのを見送るつもりだったが、そのまま付いて入って行く。店内は小さな音量でクラシックが流れていた。
オルゴールやアンティークの品物が飾ってあった。
目を輝かせながら、彼女は店内を見回しているのを眺めていると店員から窓際の椅子をすすめられたので、そのまま座って彼女を眺めていた。
「あの、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、探し物も見つかったようでよかったです」
店を出て、そこから最寄り駅まで見送ろうと歩きながら会話をした。
彼女は購入した物を大切に抱き、何度も礼を言ってくれる。
彼女が道を知らないのをいい事に遠回りをして駅まで歩いた。
どうしよう、別れが惜しい…。我ながらどんだ独占欲に引いてしまう。
彼女がお礼がしたいと言うので、目に付いたカフェへ入る事にした。
席を取り、待っているとトレイを持って彼女が席にやってくる。
お互い向かい合い、それぞれの飲み物に口を付ける。
「あの…手を…」
目の前の彼女が真っ赤になり、下を向いたままになってしまった。
気付くと、彼女の手に自分の手を乗せていた。
わざとらしく、今気付いたとばかりに手を…どけたくないなぁ。
「魔法がかけられたら良いのに」
「え?」
引っ込められそうな手を優しく掴む。
ポケットからさっきの店で購入した物を取り出し、右手の薬指にはめる。
「ピッタリですね、シンデレラ」
右手を持ってヒラヒラと彼女の前で動かしてみた。
触れるのを止めてあげないといけないと思いながらも止めたくない。
「いつから気付いてたんですか?」
泣き出しそうな声、目には涙がたまってる。
「声を掛けた時に…」
こちらを向いた彼女の顔がハッとした後で何故か微笑みに変わる。
「バレた事無かったのに」
少し拗ねた顔で睨まれる顔が可愛い。
彼女からは拒まれないので、手は繋いだまま駅へ向かう。
恥ずかしがっても消して嫌な顔はしないでくれる事に安堵しつつ。
彼女は遠方から来てるので帰るのは翌日だが宿はこれから探すという。
駅へ戻るのはコインロッカーへ預けた荷物を出すためだった。
荷物を取り出すために背を向けた彼女を後ろから抱きしめていた。
「ちょ、荷物を…」
ここで離せば2度と逢えない。
小柄な彼女はスッポリと腕の中に収まり、抱き心地も悪くない。
ゴソゴソと彼女は自分の服のポケットからある物を出した。
少しよれたラッピングを渡されるが離したくない。
彼女はそのままラッピングを解き、ハンカチを見せてくれた。
「コレ…あなたのでしょ?」
目の前に見えるのは…確かに自分の物だった。
どういうことだ?驚いた拍子に彼女がスルッと腕から抜けた。
素早く荷物を出してにっこり笑う彼女とポカンとしてるだろう俺。
促されるまま、駅のベンチに横並びに座った。
「やっと返せた!」
彼女は嬉しそうに話してくれた。
「以前、さっきみたいに迷ってたら、声を掛けてくれたの…挙句に転んで擦りむいて、悲しくて涙が止まらなくて…笑顔にする魔法かけておきますねってこれ渡してくれて…」
ゆっくりと、彼女はその時の事を話してくれたが、俺にその記憶が無いがそのハンカチは自分の名前が刺繍されてる物なので間違いないが…。
今度はこちらが驚く番だったが、彼女は嬉しそうに笑っている。
「いつ気付いたの?」
「さっき」
「言ってくれたら良かったのに」
「違うかも知れないって…怖くなったの」
「まだ、怖い?」
いつの間にかお互い敬語は無くなっていた。
ううん!とにっこり笑うと、そろそろ寝るとこ探さなきゃと立ち上がった。
小さな彼女は俺が座ると丁度目の高さが合った。
そうだっと思い付いた様に彼女はペンを出し、俺の掌に文字を書く。
小さな可愛い文字を彼女は俺が読めるように書く。
「起用だね…」
「特技なの。それ…あげる」
スマホをだし、IDを入力して登録を済ませ、メッセージを送る。
「届きました…」
歩きだそうとする彼女の腕を掴む。今日何度目かの制御不能だ。
腕の中に引き寄せて抱きしめてひとしきり彼女の涙が止まるのを待った。
『こんばんは、魔法が解けてなかったシンデレラです』
仕事を終えて、のんびりとパソコンの前で生放送を聞く。
あの日、彼女をそのまま返せる訳もなく…そのまま3日ほどうちに泊めた。
3日の間に、これからの話をした。
彼女は勤め先に辞表を提出し、俺は彼女を迎えに行った。
迎えに行くまでに余ってた部屋を防音室にかえた。
そして、今夜もシンデレラは隣の部屋で生放送をしている。
パタンと生放送が終わり部屋から出てくるタイミングでコーヒーを注いで
ソファにストンと座るタイミングでカップを渡す。
「明日も早いのにコーヒー飲むの?」
猫舌の彼女にはミルクたっぷりのカフェオレだが自分のはブラックだ。
隣で眠る姿を見てるだけで眠くなるし、目覚ましよりも早く起きて彼女を起こさない様に出勤する時は行くのを躊躇う事もある。
帰宅すると、ぼんやりとテレビを観ているか生放送の準備をしている。
料理が壊滅的に下手なのは、生放送でも度々話していたがここまで苦手だと特技なのかもしれないと思うレベルなので、食事は俺が作っていた。
こちらへ来ても出不精な彼女には未だに友達と呼べる相手は居ない。
どうしても寂しくさせてしまう事が申し訳ないが、実はそうでも無い。
俺の友達達が、気の利かない俺の代わりに彼女の世話を焼いてくれる。
時々、疑いたくなるほど仲が良すぎるが、つついて返ってくる反応を見ると少し安心する。
そんな生活が続く中、唯一、納得がいかない事がある。
お互いの両親と顔合わせも済んでるのに、未だに彼女は結婚の話題になりそうになると逃げまくるのだ。
そんな日は、先にベッドに入って、彼女が寝室に来る前に寝たフリをしてるとすすり泣きが聞こえてくる。
抱き締めて、落ち着かせながら理由を聞いても答えてくれないままだった。
「結婚したいんだ?」
「そーだけど?」
ハァーと深くため息をつかれた後、何とか出来たら回らない寿司な!
どんな堅物や猛者もコイツ相手にすると、最後には判子を押している。
我社の営業部エースからの申し出に、寿司奢ってわかるんなら安い。
日頃の労いもしてやりたかったため、彼女の事を頼んでみた。
数日後、回らない寿司屋でその真相を聞いた時の俺は殺人事件を起こしかねない形相をしていたらしい。そんな事したら彼女と居られないだろ?
自己評価が低すぎる事は気付いていたが…
容姿を揶揄われたり、信じていた友達に裏切られたり…孤立したり。
付き合っていた彼氏からは暴力や浮気など…聞くに絶えないモノだった。
確かに少しトロいし鈍いしドジで天然かますけど。
むしろ、聡くて機転も利く所もある。
「覚えてないのか?」
「あの頃は…思い出せない」
「決めた、ちょっと場所変えよう。アイツら呼んでくれる?」
「すっごく、悪い顔してるぞ、いつものとこ?」
「あ。ごめんね、今夜は遅くなるから生放送聞けない。ごめんね、うん、おいしかった?起きたら傍に居るから、うん…おやすみ」
ごめんね、また、泣かせちゃうかもだけど…。
タクシーを呼び、いつものバーへ向かった。
集めたメンバーは…学生時代からの気を許せるメンバー達。
計画を伝えると全員が唖然とした。
全員、彼女とは面識がある…と言うか、勝手に世話を焼いてるのは知ってるんだからな?相当分、働いてもらう…って言うのは伏せとく。
けど、頼むからには奢るけど、請求金額見て呆れたのは言うまでもない。
明日は休みだし、酔い覚ましに徒歩で帰宅するかぁ。
歩きながら、彼女のこれまでや、計画について…どうしてやろうかな。
「ただいま」
「おかえり」
やっぱり起きてたか、と思いつつ。玄関にちょこんと座ってる彼女。
「温かいお茶いれるね」
パタパタとスリッパの音をたてながら先にリビングへ入ってく。
何故か彼女の淹れるお茶は不思議とうまい。
その間に着替えて、ソファに座る。
帰る直前まで、彼女は自分の仕事をしていたのかテーブルの1部はノートやタブレットが置いてあった。
カップを受け取ると、彼女は少し離れた横に座り、散らかしてた物を片付け始めた。いや、もう少し近くても良いんだよ?いたずらしないって。
その日は、眠ってる彼女の寝息を聞いてもなかなか寝付けなかった。
計画のために、ランチへ誘う事にした。
最初は一緒に出掛けたが、駅で待ち合わせをするようにして移動距離を伸ばす事で、彼女の行動範囲が広げやすくなるはずだし、この計画にはどうしても最寄駅まで彼女が歩いて来てくる事が必要だった。
交友関係が狭い彼女のおかげもある。
「仕事行こうと思うの」
「生放送の収入減ったの?」
「違うの、空いてる時間が…ダメ?」
その空白は何が入るのかな?って知ってるけど…
計画を進行してるため、帰宅はどうしても遅くなりがちになってた事で彼女が寂しくしてるのかもしれない。
「帰り遅いよね、ごめんね」
「ちがうの、空いた時間…なんか勿体なくて」
今思えば…もう少しちゃんと聞けば良かった。
6時間程度のデータ入力の仕事を既に決めていたし、その時は気に止めてもなかった。
彼女は働き始めてからぼんやりする事が増えていた。
疲れてるのかも知れないと最初は思ったがどうもおかしい。
眠りも浅いし、食欲も減ってく。
それでも、仕事に慣れるまでに時間もかかる事もあるので様子見していた。
入社して彼女はそこそこ仕事をこなしていたのだが、ミスもせず手が空いたら周りを手伝い、お茶をいれたりして彼女はどうにかそこへ馴染もうと必死だったのを、上司は評価をすればするだけ風当たりは強くなった。
その上司が彼女を構う度にエスカレートしている。
ミスを擦り付けても、キッチリカバーし、そいつのフォローまでする。
そろそろ、様子見してる自分が限界だ。
しかし、部外者は介入出来ないのが歯痒いけど、待てないや。
彼女が働くと言い始めた理由を掴み、その職場も潰した。
「説明してくれるかな?」
「と…友達がお金困ってて、それで…貸したら返済額って書類届いて…」
「書類書いたの?」
「わからない…でも、返さないといけなくて」
友達ではなく、前の職場の同僚の借金返済をしようとしていたのだ。
そいつを見つけて、然るべき罪は償って貰わせる。
「職場で嫌がらせも沢山されてたでしょ?」
「それは…」
彼女の上司とやらの素性を暴いて現在服役中、きな臭い事ばっかりしてた事は全国版のニュースでも連日取り上げられた。
ボロボロと涙がこぼれ声もなく泣きながら謝られる。
抱き締めて落ち着くまで慰めてるとそのまま眠ってしまった。
2週間、夏季休暇や振替休日を使って彼女と一緒に過ごした。
俺が居なくても会社は問題なく動くように元々してある。
彼女は心身ボロボロで、過呼吸になったり、人混みに酔ったり。
我慢してた反動はかなり酷かった。
2週間では短いけど、計画は進めなければならないし、仕事もある。
悩んだが、悪友に声を掛けて、遠出する事にした。
「うわぁ…」
「好きなだけ叫んでいいよ、ここらへんウチの土地だから」
「えぇぇぇ」
到着するなり、彼女が声を上げた。
「また…言ってなかったな?」
「いや、コテージに泊まるって言ったよ?」
荷物を運ぶ間に彼女は、悪友の恋人達と楽しく話をしている。
「こんにちは、兄がお世話になってます」
「こんにちは…」
弟は隣のコテージに恋人と数日前から過ごしていた。
こちらへ来た事を伝えたので挨拶に来たらしい。
「あら、仕事大丈夫なの?」
「僕だって、たまには休みますよ…あ、僕の奥さんです」
『こんにちは』
何故か手話付きで彼女は挨拶をした。
「よく、気づきましたね」
『ごめんなさい、さっき手話が見えたので』
「私にも教えて頂けますか?」
テラスで女性陣は手話を学んでいる姿を眺めながら夕食準備をした。
悪友達の彼女はそれなりの家柄や家元とか師範とか医者とかなんだが、
ウチの彼女がとてもお気に入りになったらしく、遊ぶ約束がいくつもされていた。
そんなお嬢様達は勿論…手伝ってはくれそうもない。
コテージは5組まで泊まれる。
1人は夜の街に真夜営業してる病院の内科医だが大体は何でも出来るほど実は腕は良い。いつ訪ねても閑古鳥で、営業してるでけで損じゃないのかと思うが、出資は彼の親がしている。奥さんも医者で姉さん女房だ。
それから幼なじみの自称カリスマ美容師兼メイクアップアーティストでもある。時々テレビのテロップにも出てくる。こいつの彼女は空手の師範だが…どっちが強いか聞いたらカリスマ美容師らしい。
営業部エースは官僚の息子だがいつか政治家になるのを親は夢見てるがコイツは全く興味がない。出世すら断ってるのに。婚約者も官僚の娘だが高校時代は手が付けられないヤンキーだったのはトップシークレットだ。
もう1人は投資家で実業家だけど、家はコスパが悪いとネカフェ生活。
ケチな男のどのが良いのか…コイツの彼女は悪徳弁護士で有名だ。
1番うちの彼女を構い、世話を焼いてくれている。
彼女が働いていた会社のきな臭いネタも上司の素性も借金して逃げたヤツも
証拠となるモノは揃えてくれた。
そして、うちの弟。グループ会社社長。弟嫁はバツイチの華道家だ。
年齢差は一回りだけど、2人はいつも仲良く寄り添ってる。
「誘って下さってありがとうございます」
夕食準備を手伝いながら弟が話掛けてきた。
「友達増えそうで良かったな、礼なら彼女に伝えてくれる?」
「はい、でも…先日まで大変と伺いましたが大丈夫ですか?」
「あの調子なら、寂しくて泣く暇なさそうだな」
「いつも独り身のお兄ちゃんが可愛い彼女連れて安心したろ?」
「はい、妻も会話を楽しんでるみたいで良かったです」
ワイワイと夕食準備も整えて終える頃
「お茶飲みたいなぁ」
聞こえるようにボヤく俺に周りの視線がいたいし冷たい。
「はーい」
トコトコとこちらへ向かいながら何度か何も無いとこでコケそうになる。
キッチンで、唸りながら茶葉を並べて悩む。
お湯が沸く頃には1つ選び、急須に注いでふるまった。
気付いてる?今日だけで君はいくつ自分の特技を披露してるんだろな?
夕食後は会話を楽しんでも隣から離れなかった。
部屋に戻り、ベッドに並んで座る。
部屋に戻る時に手を繋いだら震えていた。
「どうしたの?」
「なんで、あんなすごい人達ばっかり…弟さん、ずっと敬語だし」
夕食の時に、それぞれの仕事の話になり彼女はポカンとしていた。
悪友達も、距離を置かれないように素性は言ってなかったようだ。
医者と弟以外は…胡散臭いもんな。
仕方ないと、登場人物の整理がてら説明した。
「だから、俺と兄弟達は血が繋がらないんだ」
調子は戻ってないけど、いつか他の人から聞くよりも良いだろう。
兄と姉は両親と血が繋がっている。
俺は今な亡き父の兄と母の間に生まれた。
妹は母の妹が再婚時に子連れが出来ないため、養子になった。
弟は父の愛人の子で、それを知ってからあいつはずっと敬語になった。
事実は話すけど、そのややこしい理由は聞いた事がない。
それだけちゃんと両親や周りから愛情をもらって育った。
「かなり歪んでるけど」
「ううん、素敵な家族。お友達もその彼女さん達も」
2人の時間を楽しんでいたのに…ノックもしないでドアが開く。
その音で彼女は少し離れてしまった。
ドアから入ってきた悪友達は手に酒やつまみを持っていた。
まだ飲み足りないのか…仕方なく、彼女も嬉しそうだし付き合ってやるが、
俺もそろそろ、眠いんだけどな。
アイツらがいつ部屋に戻っていったのか覚えてない。
目が覚めると彼女は既に居なかったが、スマホに届いたメッセージを見て慌てて着替えてから部屋を出た。
「髪…ど、どうしたの?」
ロングヘアが一晩でボブカットになっていた。
首周りはスカーフが巻かれてワンピース姿でいつもと違う雰囲気だ。
少し広めに空いているが品がある。
近付こうとすると、女性陣が彼女を引き止め、テラスへ移動してく。
こちらへ来そうな彼女は半ばひきずられていった。
「はぁ?」
「お前が悪い…イタズラし過ぎ」
諦めろと、肩を叩かれ、首元当たりをトントンとつつかれた。
お互い成人して、同意の上ですけど?
「どう?ボクがやったの!」
髪は切ったのではなく、ボブに見えるように結んであるらしい。
気に入らない。人が寝てる間に…着飾ってくれたのはありがたいが。
イライラが止まらない。コーヒーを飲もうと用意をしてると裾を軽く引っ張られる方を向くと彼女がカップを持って立っていた。
イラっとして、髪を解いて戻してしまいそうになるのを堪える。
「ありがとう、とっても可愛い」
カップを受け取り頭を撫でながら真っ赤になる彼女が小さくなる。
寝てる間に、何か吹き込まれては無さそうだなと、安堵する。
「呼ばれてるよ?」
そちらへ気づくと彼女は呼ばれてる方へ何かを伝えて戻ってきた。
勝った…。ニヤっと女性陣に向かって笑顔を返す。
「そろそろ、止めとけよ」
何度か女性陣との攻防を傍観していた悪友が止めて、彼女を座らせた。
「大丈夫か?」
「はい」
「よし、夕食まで少し寝りゃ治る」
簡単に診察し、検温が終わる。目に見えてしょぼくれてる。
「ほら、行こ?」
『少し、寝てきますね』
手を振って部屋に戻って、ベッドに寝かせると俺が起きるまでに何をしていたのか話してくれた。眠ってしまった後、ドアが空いた。
「微熱だよ…大人しくしてりゃ問題ない」
「お前、医者だったんだな」
夕食まで寝かしてやろうと思ったが、夕食になっても起きてこない。
部屋に行くと、寝息がきこえた。
「まだ寝てるから、先に食べてて」
「主治医さん、見落としあるんじゃないの?」
「微熱だよ…知恵熱。振り回しすぎ」
食事が終わり、談笑していると、彼女が起きてきた。
『ごめんなさい』
「お腹空いたろ?俺も今からだから」
周りの心配顔に彼女はアタフタしながら謝って回る間に食事の準備をした。
食事を食べ終えると、彼女は急いで部屋に戻り何やら持ってきた。
「最近、人気って聞いたので…やりませんか?」
それはボードゲームが3種類。みんな大笑いして楽しんだ。
明け方まで続いてしまい、寝る頃には空が明るくなってきていた。
テラスで寝れずにコーヒーを飲んでると、元ヤンキーが寄ってきた。
「あの事、話したの?」
「関係ない事は言いたくない」
付き合っていた女性が目の前で投身自殺をした事だろう。
近寄って来たのは、うちの会社を乗っ取るため。
女は本当に愛する人のために、駒になり動き俺と付き合うようになった。
怪しい行動をしてい気がしたので、エサをまいてみた。
案の定…本命との情事も本来の目的もこちらは掴んだ。
それに気付いて問い詰めると、彼女はマンションから飛び降りた。
その頃の記憶は曖昧なまま、思い出せないのがベランダから落ちていく姿は今でも鮮明に思い出せた。
「思い出させるなよ」
「過去になってるじゃない。あの子のおかげね」
それだけ言うと元ヤンキーはおやすみと部屋に戻っていった。
しばらく日が昇るのを眺めて部屋に戻る。
隣に寝て、おいでと言うとくるっと腕の中におさまる。
先程言われた事を思い出す。色んな意味で他人に対して距離を置いて疑う事が先になってしまっていた。それなのに…見守ってくれていたんだろう。
「俺も世話焼かれてんだな…」
頭を撫で、緩く抱き締め額に唇を落とすと首に手が回される。
「明日、ランチに行こうよ」
計画の前日、彼女を誘った。何度か乗換練習もさせたし…
寝るまで彼女は必死に目的地を確認しながら眠っていた。
勿論、ご丁寧に目覚ましアラームは止めて。
予想通り、待ち合わせの時間より少し早く到着してきた。
さっき会場の確認をしたらトラブルもないようだ。
ベンチに座ってる彼女を見て…思い出した。
あの事件の日、道に迷った君と出逢って事件現場へ行ったんだった。
君は泣きながら、亡くなった人にはもう届かない思いを伝えてた。
「好きな人が悪い事をしてるのを知っても止めないで、必要としてたんじゃないでしょ?利用して都合が悪くなったら切られるのに
彼のココに…傷が、穴があいたかもしれないんだよ?そんなに優しい人がどうして…だから、止めに来たのに、間に合わなかったぁぁ」
その傷付いた相手はここに居ますけど。
そうか、君は…止めに来たのか…ありがとう。ごめんね…。
君のおかげで、刺さった何かが消えた気がする。
泣き止むまで、抱きしめて落ち着かせ、涙をふいてハンカチを渡す。
「笑顔になる魔法をかけておきますね」
もう会うこともない君へ、せめてこの先はずっと笑顔で過ごして欲しい。
君が幸せになって欲しいってあの時は思ったけど。
今の俺は君と幸せになりたいんだ。
ベンチに座る君に声を掛ける、さぁ…行こうか。今日のランチは盛大だよ?