プロローグ
この世で一番強いのは誰?
ここではないどこかの、顔も知らない子供が父親に聞いた。
子供の心の中では、聞く前から勇者とか王国の騎士などといった英雄譚の主人公に相応しい答えが浮かび上がっていた。
しかし、父親は無情なる真実をありのままに伝えた。
この世で一番強いのは魔王と呼ばれる者だと。
子供は大声で泣いた。父の答えが思っていたのと違ったからだろうか。いや、そうではない。子供は絶望したのだ。今まさに魔王の軍勢に侵攻され、助けが来る希望も潰えたこの村が、成す術なく終わりを迎える結末に。
魔王軍に滅ぼされた村から遥か遠く。東に進み、山を越え、大きな町をいくつも通り越した場所に魔王はいる。
彼がいたのは魔王城と呼ばれる高い塔だった。その高さは、雲を突き破るように建てられたと噂されるほどのものであった。そして、その最上階にある絢爛な玉座に魔王は腰を下ろしている。
各階にはおびただしい数の魔物が用意されており、10階ごとには幹部と呼ばれる歴戦の猛者たちが配置されている。
魔王は魔物を操ってありとあらゆる村を焼き滅ぼした。男は殺され、女は攫われ、老人は肉を剥がされ、子供は黒魔術の生贄に使われた。抵抗した人も抵抗しなかった人も、皆平等に死を与えられた。
魔王の暴虐が何年も続いた後、誰かが言った。
私が魔王を倒す
けれど彼はそれを成し遂げることができなかった。伝説の剣を持った勇者も、精霊の加護を授けられた聖女も、奇跡を操る魔法使いも、誰も魔王を倒すことは叶わなかった。
それから400年、魔王の顔を拝めた者は未だ誰もいない。それは魔王のいる部屋まで辿り着いた者がいないことを表していた。
故に、誰もが口を揃えて語る。この世で一番強く、恐ろしいのは魔王だと・・・。
いつしか民衆の心から魔王討伐の夢は消え、今はただ自分の村が目を付けられないよう神に祈りを捧げるだけだった。
だがもし、万が一に魔王を倒す者が現れたとしよう。そいつは勇者と称えられ、間違いなく最強の称号を手にすることができるだろう。
そして現在、難攻不落と言われた魔王城の前には一人の男が立っている。
銀色に磨きがかかった鎧を着ている男は、敵地の前だというのに大胆不敵に笑うと一言呟いた。
「俺が魔王を倒してやるよ」