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喧しき饗宴

作者: イトマキエイ
掲載日:2020/04/11

 「あ、夜か」

 いつの間にか部屋にいるそれを、君は見る。見る。目を逸らす。まだ知りたくない。

「夜。よる。ヨル」

「五月蠅い」

 夜の牙が伸び、君は裂かれ、死ぬ。死んだので、消え去る。徐々に薄れて、いつとも知れず、見えなくなっている。血は流れない。血は穢れ。

 君がいなくなって快適になった空間に、夜はまだ依然として存在している。こちらの様子を窺っている。その口元に笑みが浮かんでいたりはしない。夜に口はない。存在しかないのだ。

 夜が声を発する。何と言っているのかは分からない。夜は言葉と何かを使い分ける。何かが何なのかは、僕には分からない。いずれにせよ僕には関係がない。

 ただ僕はこの部屋に潜む。この部屋の主は僕だが、僕は潜まなければならない。そこに理由などない。何事にも理由を求めるのは愚かだ。この世界の空間の殆どが、理由や根拠といったものを超越している。あるのはただ存在と、魂の座。魂とは何か。知らない。

 暗かった部屋に、火が灯った。点けたのは僕ではない。無論、夜でもない。知ったところで何になるというのか。

 点いた火は、蝋燭のそれに似ていた。僕が以前見た蝋燭。いつ見たのかは覚えていない。

 ぼんやりと明るくなった部屋の中で、夜は物陰に身を寄せる。火は夜の存在を脅かす。火に意思はない。夜は物陰から爪を伸ばし、火を掻き切った。火は驚いたように揺れ、のらりくらりとのたうち回り、やがて元通りになる。夜も物陰に戻っている。何ら変化はない。

 突然に、火が消える。消したのは僕ではない。無論、夜でもない

 僕は微かに名残惜しさを覚え、それを察したかのように夜がこちらを向いた。ような気がした。

 夜が声を発する。何か、ではない。

「寂しいか」

 僕は返事をしようとした。しかし、声の出し方を知らない。そもそも僕が夜のように話せるのかは定かではない。

 仕方なく僕は首を横に振る。それきり物音はしない。



 部屋の壁の一部分が、次第に明るくなっていく。僕はそれが窓だと気付いた。が、窓という存在を知った時のことは全く記憶にない。

 窓からの白い光が部屋を埋めていく。いつの間にか、夜はいなくなっている。存在する場所が無くなったからに違いない。もはやこの部屋には、闇と呼べる場所は存在しない。

 僕は窓に近付き、手を延べる。そこには何も嵌まっていなかった。僕は窓に足をかけ、飛び降りた。

 窓の外に地面は無かった。

 無限に落ちていく僕。髪が暴れる。どこまで行くのだろう。考えたところで知る由もないので、僕は考えるのをやめる。

 気付くと僕は地面に立っていた。背中に何かを感じ、振り向くと、窓があった。先ほど僕が飛び降りた窓だ。よく分からないことが散乱していたものの、特に不快感もないのでそのままにする。

 改めて前を見ると、つい今まで何も無かった場所に君が立っている。君かは分からない。君によく似た何かかも知れない。そうだとしても、それが僕にとって君との違いを認知できないものであれば、それは僕にとって君以外の何物でもない。よってこれは君だ。

 君は僕の腕を摑んで、引っ張り、歩き出す。摑まれた感覚はない。取り敢えず君に導かれるままに、僕も歩き出す。

 しばらく歩くと、何も無かった地平線に、一つの点が現れた。徐々にそれは大きくなり、僕はそれが建物だと気付く。四角く、何の装飾もない。ただ扉が一つあるだけの建物。装飾があったところで、この建物の一体どこが良くなるのだろう。僕には思い付かない。

 君は僕の手を引いたまま、扉を開けて建物に入る。

 中には、来た扉とは別の扉が一つだけあった。君は手を離し、僕をその中へ促す。ぼくは為されるがままに、扉の中に入る。

 そこは真っ暗な部屋だった。僕が後ろ手に扉を閉めると、完全に何も見えなくなる。

 不思議に思い、ドアのあった場所を探るが、触った限りそこはただの壁と化している。

 出られない。

 しかし特に出る必要も無いので、座り込んでじっとしていると、暗がりの中から声がした。聞き慣れた声。まごう事なき、夜の声。

「また会ったな」

 その声には感情がない。僕は返事をしようとしたが、やはり声は出ない。

 沈黙が流れる。快い静寂。

 やがて夜が立ち上がる気配がした。こちらに近付いてくる。

 近付いてくる。

 近付いてくる。

 さらに近付いてくる。

 もう触れているはずだが、感覚はない。

 夜はさらに僕に近付く。僕の核心に。

 夜は僕に踏み込み、そして。


 僕は、夜は、僕に、夜になった。

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