タクシー
ゥー……。遠くから救急車のサイレンが聞こえて来た。現場にいた通りすがりの人が呼んだのだった。
病院へ担ぎこまれたのは四十代女性。ひき逃げ事故に巻き込まれたのだった。
次の日。
『メールです』
その声がした。パソコンからのアナウンスだった。
――何だろう。
藍花はメールを開いた。すると。
『槻真冬』
――え!?
彼女は驚く。そして、落ち込む。
藍花のもとへ抽出メールが届いたのだった。
「羽紀、行こう」
藍花は渋々、席を立つ。
「課長、行ってきます」
「え!?」
課長の真狩砂雪はそのまま、置いて行かれた。
ゴォォォっとエンジンがうなる。藍花と羽紀は幹線道路を警察車両で進む。
「槻」
藍花はそう呟く。すると、その声に反応して、槻真冬が姿を現した。
「抽出メール、受け取った。今回の事件は何?」
「この事件です」
槻真冬はフロントガラスの近くに立体映像で資料を映し出した。
「これって……」
「昨夜のひき逃げ事故です」
「それで?」
「N-システムに犯行時刻にすぐそばを通ったタクシーが映っていました。タクシー会社へ行って、タクシーの車載カメラの映像を受け取ってほしいのです」
「分かった。行こう」
羽紀はそう答えた。
タクシー会社。二人はそこへ到着した。バタンッ、バタンッと車両のドアを閉める。
――さて、行くか。
二人はタクシー会社へ入って行った。
「こんにちは」
藍花は受付の女性に挨拶をする。
「はい。何でしょうか?」
その女性、武藤は笑顔で応対した。
「私たち、警視庁交通課の者なのですが」
「はい」
「このタクシー会社の全ての車両の車載カメラのデータをもらえますか?」
藍花はそう言う。すると。
「分かりました。担当の者に確認します」
武藤は内線を使い、担当の者に連絡を取った。すると、担当者らしき人物が藍花と羽紀の二人の前にやって来た。すると、その担当者の男性はいきなり頭を下げて謝罪した。
「え!?」
「実は、今調べたところ、車載カメラのデータが全て削除されておりまして」
その男性、道重は申し訳なさそうに話す。
「え!?」
藍花は再び驚く。
「すみませんが、ご協力できかねます」
「そうですか。分かりました。失礼しました」
二人は、そのまま、警視庁へ帰った。
「報告は受け取りました」
槻真冬は淡々と言う。そして、続ける。
「もう一度、タクシー会社へ行って下さい」
「え? でも、もうデータはないって……」
藍花は戸惑う。
「今度は鑑識の人物と一緒に行って下さい」
「ん? というと?」
「タクシー会社のデータを復元して下さい」
藍花は再び、タクシー会社の建物を見上げる。
「ここですね?」
「えぇ」
彼女は登藤。槻真冬によって抽出された鑑識だ。
「こんにちは」
藍花は再び、受付の女性、武藤へ話しかける。
「はい」
彼女は再び、微笑みを向ける。
「今度は、先ほどの車載カメラのデータを復元したいのですが」
藍花が話を切り出す。
「復元ですか?」
「はい」
「分かりました。担当の者に案内させますので、少々お待ちいただけますか?」
「はい」
しばらくして、先ほどと同じ担当者が現れた。
「こちらへ」
その男性、道重は彼らを案内した。
「こちらのパソコンになります」
「分かりました」
登藤は復元作業に取り掛かった。しばらくすると、データが復元された。
「これです」
「それじゃ、このデータを全て、コピーさせてもらいます」
「はい」
警視庁交通課にて。
――どうして、事故の映像がない?
藍花は槻真冬と共に悩んでいた。復元したデータを受け取ったはいいが、そのデータの中に該当するデータがなかった。要するに、事故の瞬間を映したデータがなかったのだ。
――これは?
槻真冬は何かに気付いた。タクシーデータの中に少し変わったGPSデータを見つけた。
それは、長い間、交差点で停止しているタクシーがあったというものだった。
「このデータを見て下さい」
「ん?」
「交差点で長い間、停止している車両が一台あります」
「確かに」
「このタクシー運転手に聞き込みをして下さい」
「はい」
藍花たちは再び、このタクシー会社へ向かった。
「私は何も見ていません」
そのタクシー運転手の男性、国枝はきっぱりと言い放つ。
「それは本当ですか?」
藍花が念を押す。
「だから、仮眠を取っていて、何も見ていません」
彼は同じ質問に少し、疲れ気味だった。
「そうですか」
藍花は残念そうにする。
「帰ろう」
「え?」
「聞き込みはここまでにしよう」
「うん」
藍花は羽紀の言葉に従った。
警視庁交通課にて。
「怪しいけど、証拠がないね」
「あぁ」
藍花と羽紀があれこれと考えている中、立体映像で槻真冬が姿を現した。
「こんにちは」
「あ」
二人はそちらへ振り向く。
「少々、頼みたいことが」
「ん?」
槻真冬は地域課の警察官にタクシー運転手の情報を集めさせていた。そのタクシー運転手は最近、今の支店へ移って来たとのこと。
そして、元々は本店のタクシー運転手だったということが分かった。槻真冬は本店にタクシーデータの提出を依頼する。しかし、タクシー会社が協力拒否したのだ。
しかし、令状の犯罪記述の欄に記入する証拠がまだない。別件の調査を所轄の刑事へ依頼するが、なかった。そこで、槻真冬は藍花に依頼をすることにしたのだった。
「国枝へ接触して下さい」
「分かった」
藍花と羽紀は、タクシー会社へ向かった。
「こんにちは、国枝さん」
藍花は運転手の国枝に話しかける。
「え、何ですか?」
国枝の方は少し、戸惑っているようだ。
「ご同行願えますか?」
「何でですか?」
「令状を持ってきました」
藍花はそのようなはったりを言うと、封筒を取り出そうとする。すると、それを見ていた国枝が逃走した。
「え!?」
「追うぞ」
「うん」
国枝は自身のタクシーで逃走する。しかし、それはすぐ終わった。藍花たちが強制停止させたのだった。
バタンッ、バタンッとドアが閉まる。藍花と羽紀は車両から降りて、国枝の元へ向かう。羽紀はタクシーの運転席のドアを開ける。そして、彼に手錠をかけた。
「公務執行妨害ですよ」
「はい」
国枝は観念したようだった。
「ありがとうございます」
槻真冬がお礼を言う。どうやら、令状が下りたようだ。
「どーも」
藍花は微笑む。槻真冬はタクシー会社へデータの提出を求めた。
犯人はタクシー会社の社長の息子だった。タクシー会社の社長は、息子を修業させるためにタクシー運転手として、働かせていた。しかし、その息子が交通事故を起こしていたのだった。
警視庁交通課にて。
「一件落着だね」
藍花は微笑む。
「そうだな」
羽紀も微笑する。
「ありがとうございました」
――あ。
槻真冬が立体映像で姿を現した。
「抽出捜査には慣れましたか?」
槻真冬はそんな質問をした。
「え。っていうか、慣れるという問題なの?」
「まぁ、慣れないほうがいいですよね」
――その分、平和だからね。
10.朝顔
「あ、雨」
二人は雨宿り。すると。
「道端から摘んできた」
羽紀は小さな花を差し出す。
「勝手に? っていうか、これ」
藍花は戸惑う。
「朝に咲く真夏の合弁花だよ」
羽紀は藍花へ花を持たせると、走って逃げた。
すると、彼の背中が見えた。そこには半紙に書かれた《二重否定》の文字が。
「なるほど、二重否定と来たか」
藍花は微笑む。そして。
「こら! 逃げるな!」
羽紀を追いかけた。