運搬専用道路
――。クラクションが鳴る。中井玲央はその音に驚く。しかし、時既に遅し。
彼の運転する乗用車は、中央分離帯を越えて来た大型トラックと衝突した。
「うーん。分からん」
藍花はいつも通り、クロスワードをしていた。
「分からないなら、ネットで調べたら?」
「うーん、何かなー」
羽紀は黙って呆れていた。
「メールです」
藍花のパソコンが知らせる。
――誰からだろう。
彼女は画面を開く。すると。
『槻 真冬』
――なんと!
藍花と羽紀は固まった。
――なぜ!? 再び!?
藍花は肩を落とした。
「仕方ないよ。メール開いて?」
羽紀は淡々と言う。
『昨日の運搬専用道路で起きた交通事故についての捜査依頼』
――え?
藍花は瞬きを二回する。
――あの事件かな?
「課長! パトロール行ってきます」
「え!?」
藍花と羽紀は駐車場の警察車両へ向かった。
ゴォォォっとエンジンがうなる。二人の乗った警察車両は一般道を突き進む。
「今回の事件は、運搬専用道路を通行する大型トラックが落下物に衝突し、中央分離帯を越えて一般交通道路へ侵入し、一般の乗用車と衝突したものだ」
槻真冬がいきなり姿を現した。彼は彼女たちが車両移動をするのを待ちわびていた。
「今回は何を調べるの?」
「監視カメラの映像を集めて下さい」
「また?」
「えぇ。再びです」
「今回は、道路の落下物が引き金です。これが故意か否かを調べてほしいのです」
「故意ならば、監視カメラの映像から犯人を割り出したいのです」
「分かりました。調べます」
藍花は承諾した。
「では」
槻真冬は姿を消していった。
道路全般の管理は人工知能が行っている。監視カメラや様々なセンサーによって管理されている。落下物などの路面の異常も察知し、自ら周辺機器へ連絡、異常を排除し、安全を維持している。
しかし、今回はその人工知能の指示が発令されながらも周辺機器が作動しなかった。それにより、大型トラックが運搬専用道路から外れ、一般交通道路の乗用車と衝突したのだ。
「この辺りだね」
「あぁ」
藍花と羽紀は事故現場周辺の監視カメラ探しにあたっていた。
――あ。発見。
「あれ」
藍花は指を指す。二人はその監視カメラがある工場へと向かった。
「こんにちは」
「はい。何でしょうか?」
藍花が話しかけると、工場員の向島は顔を上げ、そちらを見た。
「警視庁交通課のものですが、この工場の外に向いている監視カメラの映像を見せてもらえませんか?」
藍花は丁寧に頼んだ。
「はい。分かりました。さぁ、こちらへ」
その工場員、向島は二人を案内してくれた。
「これがその映像です」
向島は映像を映し出す。そこにはちょうど、今回の道路の上を行く歩道橋の映像が映っていた。
「ありがとうございます。この映像、もらえますか?」
「はい。いいですよ」
藍花が頼むと、彼は快く承諾してくれた。
サイバー対策課。
電子音の後、槻真冬は立体映像で姿を現した。
「依頼した捜査は進みましたか?」
「はい。結果は既に出ています」
槻真冬が尋ねると、対策課の刑事は淡々と答えた。
「ありがとう。では、結果のデータを送ってもらえますか?」
「はい。分かりました」
槻真冬はその言葉を聞くと、立体映像を収納して姿を消した。
交通課。
藍花はもらってきたいくつもの監視カメラの映像をパソコンに取り込んでいた。
「こっち、終わったぞ」
羽紀は完了を知らせる。しかし。
「えーっと、まだ」
藍花は終わっていないようだ。
「残りの半分手伝うよ」
「ありがとう」
藍花はそう言うと、羽紀へ残りの半分を手渡す。すると、しばらくして槻真冬が姿を現した。
「終わりましたか?」
「いいえ。まだ」
「そうですか」
「……」
槻真冬はしばらく黙る。すると。
「今、できた分でいいのでデータを送ってください」
「え?」
「大丈夫ですよ」
彼は微笑んだ。
「分かりました」
藍花は羽紀と共にデータを送った。
ピー。電子音が鳴る。すると。槻真冬の立体映像が揺れた。そして。
「もう大丈夫です」
「え?」
「犯人が映っていました。これはやはり事故ではなく、事件です」
「というと?」
藍花がきょとんとする。
「サイバー対策課に捜査を依頼していたのですが、周辺機器が作動しなかったのは、インターネッ上からによるプログラムの書き換えだったようです」
「え!」
「ある一定時刻になると、機器が作動しなくなるように変更されていました」
「犯人は特定できました。確保をお願いします」
藍花と羽紀はそれを聞くと、捜査一課と共に確保へと向かった。
ゴォォォ。タイヤは高速で回転する。
――見えた。
手石市治は拡声器ごしに叫ぶ。
「前の黒いワゴン。止まりなさい」
しかし、止まらない。再び叫ぶが、一向に停止する気配がない。
「追いかけるぞ」
運転席の園馬進が言う。手石市治はそれに返事をする。
「はい」
「前のワゴン。止まりなさい!」
もう一度、言うが、黒いワゴンは停止しない。
「ガードレール係!」
手石市治は開けた窓から、後方のガードレール係に拡声器ごしに叫ぶ。藍花は手で応答する。そして、ハンドルを切り、捜査一課の車両を追い抜いていった。
ゴォォォっと風をきる。そして、前の黒いワゴンの後方へぴったりとつける。藍花は運転席のボタンを押す。すると、前方から鎖が飛び出る。それは、飛び出ると、黒いワゴンのタイヤに絡みつく。それにより、そのワゴンは強制停止へと追い込まれた。
バタン。バタン。っと、車両のドアを閉める音が聞こえて来た。捜査一課の刑事二人が下りて来たのだった。そして、黒いワゴンの運転席ドアを開けた。
「馳尾倫太郎。殺人未遂で逮捕する」
今回の事件の犯人は、乗用車を運転していた会社員の男性の、隣人の男性だった。動機は、騒音問題によるご近所トラブルだった。
馳尾倫太郎は、被害者、中井玲央が事故現場の道路を毎日、通勤のために通っていることを知っていた。それにより、犯人は、彼の通行時間帯以外の時間は周辺機器を正常にして、タイミングを計っていたのだった。
交通課。
――報告書、出来た!
藍花は嬉しそうに報告書を課長へ提出する。
「うん。よくできてる」
課長は微笑んだ。
「羽紀! 終わったよ!」
藍花は自席に座る彼に向かって言った。
「そうか。帰るぞ」
「うん」
もう既に夕刻。空は赤く染まっていた。