会話
目が覚めたら見慣れた天井で、自分の部屋だとゆっくりと認識した。
何か、妙な夢を見た気がする。全裸のイケメンだ。私は欲求不満なのだろうか…。おかしい。そんな筈は…。いや、でも、夢は自身の真相心理だ。え、私、欲求不満…?
「脈拍も体温も良好。目覚めてよかった」 「…………」
あかん。私はまだ夢を見ている。背後イケメンが私を覗き込んでいる。何て欲求不満なんだ!愚か者めが!
「大丈夫…?」
ぐるぐる思考を巡らせて難しい顔をしていたのか、彼は心配そうだ。いや、そんな事を言っている場合じゃない。目覚めろ自分!起きたら、ハッピーでフリーダムなウィークが始まるじゃないか!!
ばちん!
「本当に大丈夫…?」
夢じゃない。頬が痛いし、何より彼の視線も痛い。
「……現実です?」
「まあ、そうだね。現実」
にっこりと微笑む彼の何と麗しい事だろう。いや!そんな場合じゃない!惑わされるな!
「倒れてましたよね…?」
「うん。バッテリー切れ」
「…うん?」
「君に会いに来たんだけど、途中でバッテリーが切れたんだ」
「うん?」
バッテリー切れとな。あ、比喩か。お腹へったとかその辺りの比喩だな!お腹が減って力が出ない!歩けない、倒れよう!よし、それだ!
「アンドロイドなんだ」
「ぱーどぅん?」
「pardon?うんと、俺はアンドロイドなんだ。政府が秘密裏に開発してて、大昔は人間だった気もするんだけど、そのへんは曖昧」
イケメンの告白についていけない。ぱーどぅん?なんて、よく殴られなかったと思うのにご丁寧に説明までしてくれた。ぱーどぅん?なんて同僚に言ったら間違いなく、ジト目で見られる。そして殴られる。いや、待て。今はあいつのことを考えている場合じゃない。どっかいけ!
「琥珀?」
「な、なぜ私の名前を…」
「会いに来たって言ったじゃないか」
あははと軽やかに笑うイケメンが眩しい。あれ、イケメンに誤魔化されているだけで、もしかして、ストーカー?ヤバイ人?
「20年前からずっと会いに来たかったんだ」
やばい、ほんまもんだ。20年前なんて7歳なんですけど。照れ笑いもイケメンだけど、この人ヤバイ人だ!そしてこのイケメンの年齢不詳ときたら!
「因みに今後の予定は…?」
「予定?そうだなぁ、琥珀にも会えて充電できたし――」
「いや、お前帰るところないだろ」
「あ、空。追いかけてきたの?」
「だれ!?」
いつの間にか背後イケメンの背後にまた別なイケメンが!なんだか、背後背後面倒だな!とにかく、我が家に知らないイケメンが!
「琥珀に俺達が政府のアンドロイドで、大昔は人間ってさっき言っただろ?」
「うん」
あれ、当たり前のように話が進んでる。というか、その話のときにはもう家に居たのこの人。ヤバイ人の知り合いはヤバイ人なの?
「殺されるぞ?」
「はあ!?なんで!」
「俺達は国家機密。しかも、こいつは第一号。GPS引きちぎって、脱走してる」
「あれはさすがに痛かったよ。でも、琥珀に会うためだもんね」
話についていけない。国家機密とかアンドロイドとか、殺されるとか。分からないことばっかりなのに、なんで殺されないといけないの。
「あ、貴方がいるのはバレてるです…?」
「俺?俺はGPSついてないから。そういう仕様」
「あ、そうですか…」
どんな仕様だ。というかGPSって、人間につけるものじゃなくない?あ、アンドロイドだからそういうものなのか?えー、人権は?あ、アンドロイド権?
「こーはーくー」
「はっ!ご、ごめんなさい…」
「ごめんね?混乱させているよね?」
「え、あー、まぁ…正直」
考えが飛びまくってたところを、現実に引き戻された。さすか、イケメンは効果がでかい。でも、可愛く小首を傾げられて、照れと戸惑いが半端ない。
「でも、ごめんついでで悪いけど、ここに住まわせてくれる?」
「俺も」
「えー、空は別にいいだろ?帰りなよ」
「お前が居ないのに帰ってどうする」
「そういうところだぞ」
はぁと、みたいな語尾の上がり方に、目眩がした。イケメンなのだ、二人とも。イケメンなのだ!大事なことなので二回言った。
「か、家族が旅行の間だけなら…」
もう思考がショート寸前で、声が震えてしまう。きょとんとした顔でこちらを見たイケメン達に、また目眩を感じた。
「琥珀!」
「ひっ!?」
「悪いな」
悪いと思うなら帰ってほしいと声に出なかったのは奇跡だ。背後イケメンに抱きつかれて、言葉が出なかったこともあるけれど。
「でもさ…」
「はい?」
急に声が低くなった背後イケメンが、何故か真上に居た。視界いっぱいに。
「見知らぬ男を安易に家に住まわせるのは感心しない」
「え、え…?」
「俺、琥珀に会いに来たって言ったよな?危機感もてよ」
耳元で囁かれる言葉の威力。人懐っこい先程とは違う、しっかりとした男の声。イケメン死しそう。
「あ、あの…!」
心臓の音がばくばく煩くて、臓器が口から出るんじゃないかってくらい苦しくて、イケメンの胸を押すけど、びくともしなくて。少し顔をあげたイケメンは、唇をぺろりと舐めて、蕩けた目で私を見ている。
「そんな力じゃ、俺は退かない。それに、その顔凄く唆られる」
「や、ぁ…」
首筋を舐められただけなのに、自分でも信じられない甘い声が出て、顔が熱い。
「かわいいなあ、琥珀は」
満足げな声は、耳元でまた囁く。思考がショートするどころか、融けてしまいそう。
「いい加減にしろ」
「いったいなぁ!」
がつん、と固い音と同時に背後イケメンが上から退いた。正確には、退かされた。もう一人のイケメンによって。存在忘れてた。恥ずかしい、死にたい。お嫁に行けない。
「盛るな、零一」
「盛るよ!20年待ったんだよ!?」
「落ち着け、琥珀を見ろ」
「可愛いよ!」
「もう、勘弁してください…」
それから暫くの間、背後イケメンが落ち着くまで、もう一人のイケメンとの意味のわからない問答が続いた。可愛いとか、好きだとかなんとかかんとか…恥ずかしくて死にそうでした。
後に背後イケメンは、零一。もう一人のイケメンは、空と自己紹介されたが、顔面偏差値高すぎて、目眩しかしませんでした。一緒に住むとか、正直死刑宣告じゃないかと思いましたまる。






