かけられた
「・・・ん?」
ふと気が付くと、袖口が冷たい気がした。
「・・・」
なんだと思ってみてみる。なんかこぼしたっけ?って思って、それとも雨かなって。
「な・・・」
しかし確認したら言葉に詰まった。
「なんじゃこりゃあ!」
叫んだ。人目もはばからずに。
右袖口には白い液体が付着していた。考えるよりもまず先に、かけられた。と思った。だから叫んだ。なんじゃこりゃあって。
「ああ、ああああ」
何してんだこれ!何、何何何!カバンからティッシュを出して、それを何枚も引き抜いて汚れている袖口をぬぐった。すぐシャツも脱いだ。
なんだ?いつだ?いつかけられたんだ?
記憶にない。
駅の人込みか?
電車に乗ったときか?
珈琲を買うために並んでいたときか?
エスカレーターか?
エレベーターか?
記憶にない。
でもかけられている。袖口に。一体どこでかけられたんだろう?それにしても袖口にかけるかな?いや、かけるな。わかる。今、多少半狂乱だけどわかる。うわあーってなってるけどわかる。私はそういうのがあることを知っている。知らないふりはしているけども、でも知ってる。半狂乱でもわかるくらいに。
「私の萌え袖が」
原因だったに違いない。
萌え袖だったからだ。
安易な気持ちで萌え袖だったからだ。
安易な気持ちで萌え袖を着てたからかけられたんだ。
「くそが!」
だから受け皿にされた。
袖が。
ちょっとした萌え袖だっただけなのに。本格的なやつじゃない。何気ないやつ。俄でもないやつ。そういう意識をしないままに萌え袖だったやつ。人から言われて、初めて気が付いたやつ。
「それ萌え袖だね」
「ああ?これ?ああ・・・」
その時までそれが萌え袖だなんて思ってもみなかった。萌え袖っていうのは知ってたけど、その存在は知ってたけど、でも自分がまさか萌え袖を装備しているとは思っちゃいなかった。
そんなわけないだろうって。
ちょっと長いだけだよ。って。
何年も着ていたシャツだよこれ。って。
今更萌え袖って言われても。って。
でも、かけられた。
それで理解した。
「まさかのかけられで」
かけられたことでこれが萌え袖なんだと理解した。
人を、他人をそういう気持ちにさせるだけの存在なんだと。すべての人とは言わない。でも、少なくとも一人はいる。一人いるっていうことは二人か三人は確実にいるだろう。そうだ。そういう人達がいる。
世の中にはそういう人たちがいるのだ。間違いなく。一定数。
私は萌え袖にかけられたことでそれを理解した。年数年式年代なんて関係ない。まるで、DNAの一致を調べる人みたいに、光彩の違いを調べる人みたいに、指紋の照合を調べる人みたいに、そういう人たちがいる。
そして偶然そこに私が。萌え袖の私がいたんだろう。
「うう・・・」
そう考えると動悸がおかしくなった。だからまたカバンに手を突っ込んで救心と水を出し、それを飲んだ。
「はあー・・・」
落ち着け。落ち着け。そう願った。両手で顔をぬぐう。
すると顔に何か濡れたものが付いた。
「うああ!」
何だと思って手を見る。
心なしか鼻孔にいい匂いが漂う。
カバンからさっき白い液をぬぐったテッシュをまた出す。そのティッシュも濡れている。
カバンの中を見ると、白い液が。
カバンの中にニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルがぶちまけられていた。
「な・・・なーんだ」
そ、そうですか。ニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルですか。
カバンの中のなんもかんもがニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルによって侵略されていた。
でも、まあいいよ。かけられたわけじゃなかった。よかった。かけられたわけじゃなかったし。私ニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルのにおい好きだし。
大丈夫。
全然大丈夫。
ニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルだったら全然大丈夫。ニベアリフレッシュプラスアクアモイスチャーボディジェルいくらでもかけてくれていいよ。




