008移動魔法
魔法科一年のクラスで授業が行われている。
「この教科書に攻撃魔法がほとんど載ってないのはなぜ」
その流れとは関係のない質問に、先生は笑顔で答えてくれた。
「それは僕が学園に働きかけてカリキュラムを変更したからですね」
場が騒然とした。公爵家の権力を使い、わざわざ覚えなければならない魔法の数を減らしたのだと言う。
「なぜ、そんな事をした。我々を馬鹿にでもするつもりか」
そんな第三王子の苛立ち混じりの疑問にもやはり柔らかな笑顔を向ける。まるで笑顔以外の感情が無いかのように笑顔ばかり見せる先生だった。
「そんな事はないです。……そうですね、王子。貴方は最強の魔法使いであらゆる魔法が使えたとします」
「ほう」
「突如襲ってきた強力な攻撃魔法。どんな魔法で対抗しますか?」
棺の魔王がやってきた攻撃だとすれば、私ならグングニルを放つだろう。
「……ふむ。まあ、私の周りには護衛もいるな。打ち消しの魔法を放って無効化。後は周囲に任せるとしようか。必要ならば力を貸す事もやぶさかではないが」
「ありがとうございます。立場を考えた立派な方法ですが、完全な正解とは言えません」
「なんだと?」
不機嫌そうな第三王子の調子もどこ吹く風。所詮は十二歳の威圧であり、教師に通じるほどではないようだ。
「制御が難しいと言われるカウンタースペルを使うのはいいです。どんな魔法でも使える前提ですから。でも王子、貴方は最初何と言ったか覚えていますか?」
「護衛がいると言った。それが間違いなのか?」
「いいえ、こう言ったのですよ。……ふむ、と」
それがなんなのだろうか。この先生の言いたいことにまるで見当がつかない。
「それがどうしたというのだ」
「王子は迷ったのです。与えられた無限の選択肢を前にして」
「考えるだろう、それは。――よもや!」
「そう、手札とは多ければ多いほど隙を生むんですよ。有用に使えない死に札は頭の中に残る雑念でしかない。一人の騎士が五本も六本も剣を持って歩くようなものですね。一瞬を生きる戦闘の世界では、無駄は省かれなければならない。必要だと思うものは皆さんがそれぞれ身に着けて貰いたいです。そのため今まで使われていた授業の時間も多くは自由行動になります。その間、先生は校庭にいるので困ったことがあったら相談してほしいです」
覚える魔法は吟味した方が強い。自習の時間が増えるけれど先生も協力してくれる、ということらしい。魔杖イーリアスがまとめてくれた。
「兄貴兄貴。覚えきれないほどの魔法を本に書き込んでおいて状況に応じて使うタイプの魔法使いは全否定?」
「ここでは先生と呼んでくださいね。そういうタイプは前衛がいる前提ですから役割分担としては有用です。考える隙を作ってもらってるわけですからね。そういう魔法使いになりたいようであれば、自身でたくさんの魔法を覚えてもらいたいです。その場合、どんな魔法を覚えたらいいのかも相談に乗りますし」
ただし、と先生は前置きして。
「そもそも皆さんは一年生なんです。攻撃魔法はマジックミサイルとマジックストライクだけきちんと発動できるようになれば構いません。私が話したのは二年生以降の話です。ちょうどいいので話してしまいましたけどね」
五年間で皆さんを無駄のない魔法使いにしてみせますね。そう楽しそうに微笑む先生は、イーリアスをもってして只者ではないと感じさせるだけの迫力を持っていた。
ちなみに校庭に出て初めて練習する事になった魔法は水を生成する魔法である。これは魔法科の中でも平民は覚えておくと食いっぱぐれのない上に基礎中の基礎との事だった。
名称についてはアクアクリエイト派とウォーター派がいるらしく、名前を出して唱えるとそれぞれの派閥の雰囲気がちょっと張り詰める。そんな様子を先生は笑顔で監督して、第三王子が気に入らないなら無詠唱でやれと両者を解散させた。これらは王子の見ていないところではまだ両者とも燻っている内容である。
ちなみに私はどちらでもなく、水よ。とかそんな感じで出している。水が出せた人から自由時間の為、私はほとんど最初から他の魔法の訓練をしていた。それは瞬間移動である。
これを先生に話してみたところ、良い感触は得られなかったという事実がある。
「一年生ではちょっと。……というより出来る人間を知りませんね。さすがに古代魔法の領域です」
「棺の魔王はやっていた」
「魔王ですからね。できてもおかしくないでしょう」
しかし私はこの魔法に関して、理屈立てて説明する事が出来る。母が話していた杖収納の話である。人によっては、体内に杖を取り込むイメージで行うと本当に体内に杖が入ってしまうという話だ。これは一種の瞬間移動ではないか、と説明したのだ。これならば五年生頃には出来ていてもおかしくない魔法なのでは、と。
「非常に面白い考察です」
そう言って簡単な拍手を頂いた。
「例えば、王族が逃げ回らなければならないような事態になった時。壁一枚を超える瞬間移動をして隣の部屋に逃げる事を繰り返せば例え短距離であっても有用でしょう。距離が伸びれば伸びるほど、それは顕著になる。アレン王子を連れてきますのでちょっと三人で練習してみましょうか」
具体的な使用例が考えられた結果、私は先生と王子と一緒に瞬間移動を練習する事になる。
「面白い考えだが戯れが過ぎるな? そもそも私としては少し便利だと思っていた程度の杖収納がそこまで危険な事に驚きがあった」
「瞬間移動の再現が出来れば王子の評価も高まりましょう」
「出来れば、の前提であろう。とはいえ人形が四苦八苦する様子を見るのも一興か」
もはやただの観客気取りである。何しに来たのだろうか。
とりあえずまずは私の杖を右手に持って、空いている左手に瞬間移動させるところから始めてみたい。
しかし、そこには一つ問題があった。
「それらしい理屈を考えてほしい」
やる事が杖収納と同じイメージタイプであるという事。
成功する理屈はあれど、発動までのプロセスにまだ理屈が通っていない。
「物体を浮かせる魔法を、移動速度を限りなく上げたら似たような事が出来るのではないか」
「それだとどこまで行っても高速移動ですね。ううん、理屈」
やはり難しい。しかし瞬間移動はどうしても覚えたいものである。
『なあ、姫さん。棺の魔王ってやつはどうやって瞬間移動してたんだ?』
「棺の中に入って、地面に吸い込まれていった」
『じゃあ、それが答えじゃねえか! 今いる場所から、移動したい場所まで大地に送ってもらうんだよ!』
「……瞬間移動は地属性魔法?」
誰と話しているのか、と心配されてしまったがなんにしろ理屈としてはなんとなく分かった。
「テレポート」
試しなので、割と近くに。一瞬で地面に呑まれ、そして自身を一定の魔力のラインに乗せてその先の地上に現れる。これが瞬間移動のタネなのだろう。魔王は、これを探知の範囲外まで一瞬で行えるということ。
「おお!? 一瞬で私の後ろを取った!?」
「本当に瞬間移動を成功させてしまうんですね……しかし」
何か問題があっただろうか。
「汚いな。土で汚れている」
「クリーンを付与しながら発動しないと駄目ですね」
なるほど、私の服は土の中に入ったせいで汚れてしまった。先生が魔法で綺麗にしてくれたので今はもう問題ない。
そして、一度成功させたからか今度はイメージという曖昧なもので充分に発動できる。実際に土に潜る必要は無い。
「テレポート」
「っ!?」
『アルテミス!』
今度は先生の後ろを取ったのだが、一瞬で振り返った先生の放った魔法の弾丸を額に受けてしまった。私の杖が自分の判断で防御魔法をかけてくれていなかったら死んでいた。
「ああ、ごめんなさい!」
「教師ナエル。面白い見世物だったな。お前の後ろを取られた時に見せた一瞬の表情、見逃さなかったぞ」
「あまりいじめないでくれます?」
なんにしろ成功したので理屈を説明しようと思ったのだが。
「民に施しなど受けられるか」
と、第三王子に突っぱねられてしまった。
「王族は確かに民から搾取する事もある。だがそれは、より多くのものを民に与える為だ。一方的に何かを受け取るなど、出来るものか。貴重な瞬間移動の魔法だからな。なにを返せばよいものか」
それならば、欲しいものがある。
「魔王を倒すための魔法を教えてほしい」
「ほう、それを対価に欲するか。面白い。私の知る術と交換といこうか」
そんな一手間もありながら、テレポートのやり方を教えた。そうすると。
「なるほど、地属性か。これならば残りの魔力に関わらず使える裏技もある。よし、人形。お前には地属性を使った高速移動術を教えてやろう」
そう言うと第三王子は自身の靴に手を当てた。
「足で地面の魔力を吸え。その魔力で足を強化しながら、残りの魔力を爆発させる!」
王子は一瞬にして私と先生の間を通り抜けて行き、歩いて戻ってきた。
「これが瞬動術。足で使う魔法の一つだ。これで一気に敵に近づきながら杖では強烈な近接魔法を放つというコンセプトだな。我々王族はいざという時の逃げ足として教わったが、これからはテレポートが主流になるだろうから廃れてしまう。代わりにお前が引き継ぐといい」
「王子、僕も教わってよかったんです?」
「構わん。メロゥ公爵家の長男といえばまだ高等科を卒業したばかりの二十歳と聞く、それであんな目が出来る男を他に知らん。実に有効活用してくれそうなのでな」
その事はあんまり触れてほしくない、などと言いながら先生は笑顔を見せていた。
なんにしろ、これは役に立つ。神属性の魔力を帯びたマジックストライクの威力はマジックミサイル・グングニルを遥かに超えるだろう。それを実戦で使うのに、瞬動術は便利だ。テレポートと違って座標指定までのタイムラグが無い。
テレポートを遠くまで発動できるようになれば近距離の瞬動術、遠距離のテレポートで無駄が無い。先生の言っていた死に札にはならないだろう。
「ありがとう」
「こちらの台詞だ、人形。また何か用があれば呼ぶと良い。私はお前に少し興味が湧いた」
そう言うと第三王子は先生に連れられて遠くで待機していた護衛と合流していった。
テレポート、瞬動術と覚えられて実りのある授業だったと思う。
さて、次の授業はなんだろうか。