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007学園に行こう

 新しい杖イーリアスはさっそく私にちょっとした変革をもたらした。


「味が分かる」


 杖収納をした状態で食事を取ると、何を食べてるのかは分からないがとりあえず味だけは分かるようになったのだ。きっと彼が暴食の魔杖と呼ばれていた為か、食事に対する執念までもが私の中に宿るのだろう。

 ちなみに食べたのはサンマモドと呼ばれている魚の干物で、海の遠いこの王都では珍しい料理だったと父が嬉しそうに教えてくれた。

『姫さん通すと俺にも味覚があるってのはありがたいねえ。いや、人間の食事ってのもいいもんだ』

 そうご機嫌に語るイーリアスの為にも、今後は少し食事について考えるべきかもしれない。


「さて、諸々の処理も終わり、明日から学園に通えるようになった。シール、準備はいいかい?」

「万全」


 と、言ったものの準備とはなんだろうか。余りにもその日を待っていたため、適当に返事をしてしまった。


「ならばよろしい。学園まではレズリーを連れて行きなさい。新しい教科書を持たせてある。後は寮のエレナに引き継げば彼女がどうにでもしてくれるだろう」


 知らない名前が二人も出てきたので誰なのだろうと思っていたが、後ろからお任せくださいという声が。前髪の長いそのメイドは気持ちいいお風呂のメイドだった。そういえばお付きになったこのメイドがそんな名前だった。もう一人は誰だろうか。今度こそ多分知らない名前だ。


「今までは、まあ、なんだろう。正直不法に居座っていただけだが、これからは正式に編入となる。しっかりと勉学に励むように」

「はい」


 今までの私は何か良くなかったらしい。頭を良くするために今後は頑張っていきたい。

 明日に向けてもう休みなさいと父が言い、私は私の寝室に連れていかれた。


『姫さん、ここは寝る場所だ。つまり人間は寝る必要があるんだよ。分かるかねえ』

「理屈は分かる」

『そりゃよかった。……あとはきちんと寝てくれれば嬉しいんですけどぉ!』


 そう言われても困る。なんとなくベッドに入って時間が経つと朝になっているのでこれは寝ているのではないかと思ったが違うらしい。

 あと、前髪メイドが時折近づいては離れてを繰り返してくるのでその謎について考えたりしたのだが、これに関しては寝てるかどうか確認しにきてるのだろうというのが私の杖の推測だった。というのも、イーリアスと話しているとメイドが近寄ってこない。杖も眠らないらしいので、夜の間はぽつぽつと話を続けた。


『お、もう朝だぜ』


 窓から陽が差し始めた。ここからもう少し時間が経たないとメイドも起こしにこない。そう思っていたのだが思っていたよりも早く来て、私だけ食事を取る事になった。学園に移動する時間があるため急ぐらしい。

 私の様子を見る為に寝てないであろうメイドと一緒に馬車に乗り、揺られている間に少し教科書を読ませてもらった。しかし、教科書は案外薄く、攻撃魔法はほとんど載っていなかった。


『このくらいなら俺が自分で覚えられるな。姫さんが魔力だけ注いでくれれば発動まで自分でやってやる』


 などと自信満々に言うものなので眠そうな様子さえ見せないメイドに聞いてみた。学園はこれだけ覚えればといいのか、と。


「そこに書いてある全部を使えるのが五年時の試験なだけですね。最低限卒業したいだけならそれでいいです。他に覚えたい魔法があるなら自分で調べて覚えるものですよ」


 学園の図書室は広い。あそこから必要な魔法を探すのは一苦労かもしれない。だが、なぜ攻撃魔法はこんなに少ないのだろうか。


「ちょっと見せていただいてよろしいでしょうか。……たしかに。私達の頃より戦闘関連の魔法が少ないですね。たった数年でこんなに教科書変わるものなんですねえ。魔王も復活してる今、攻撃魔法なんていくら覚えても足りないくらいじゃ?」


 メイドにも分からないらしい。そのあたりも学園に行けば何か分かるのだろうか。

 などと話している間に学園の門をくぐったと御者が話しかけてきた。ついに学園生活の再開である。

 まず私に求められた事は、学園で従者をしてくれるメイドを紹介される事だった。名前はエレナ。


「よろしくお願いしますシールちゃ、様。ずいぶん元気になられたそうで、私は大変嬉しく思います」


 私は彼女の事を知っている。魔法防御の特殊体質を持った、私の。

 ……なんだったか、なんだったろう。ただ、彼女の顔ははっきりと覚えられる。それだけは間違いなかった。同い年なので仲良くやれるといい。

 同い年? 誰と誰が? 私と比べて彼女の方が年上に見える。


「エレナ、歳は」

「17歳ですよ。私に興味を持ってくれるなんて、だいぶ変わりましたね」


 年齢は私の勘違いだったらしい。なぜそう思ったのか、私には分からない。


「それじゃレズリーさん。後は私にお任せください。教科書等、勉強に必要な一式は確かにお預かりしました」

「よろしくお願いします。……シール様。名残惜しいですが私はこれで。またルーアース家でお世話できる日を楽しみにしておりますわ」


 そんな一時の別れの挨拶を受け、私は学園付きのメイドであるエレナと共に魔法科一年生の教室へと向かった。

 もう何人もの生徒が教室にたむろっていて、私へと視線を向けた。そこに害があるわけでもないので、私は自分の席に座った。


「シール様。私の話が分かりますか? そこは貴女の席ではないのです」


 ここは私の席だったはずだけれど。はて。


「昔はそこでした。でも教室一番前の中央。一番いい席は王族がいる時は譲るものです」


 私のクラスに王族はいないはず。メイドのエレナの言う事に首を傾げる。


「……席替えがありました」


 私の知らないうちに席替えがあったとは。それならば仕方ない。


「じゃあ私の席は」

「まさかこれで通じるなんて。残念ながら一番後ろの左端ですね」


 これだから席替えの日に休むのは嫌なのである。これもきっと棺の魔王のせいに違いない。


「ふん、やっと退いたか。まったく邪魔な人形だった」


 兵士二人を連れた随分と明るい金髪をした少年が、居丈高に言い放った。


「私の席だ、という場所を取られているというのは気分のいいものではなかったな。とはいえ終わった事をいつまでも繰り返すのは余りにも狭量。そなたの行いを許そう」


 なんだか分からないが許された。そういえば父に言われたことがある。


「アピアランス」


 私は彼に杖を向ける。それと同時に兵士達が壁になった。


「王子に向かって杖を構えるとは何事だ!」

「挨拶」

「ほう? 私と杖を交わしたいと申すか。ふ、人形のくせに生意気な。よかろう。……お前達、下がれ」

「しかし王子!」


 よいと言っている。そう言えば兵士達はその言葉に従うしかないようだった。王子と呼ばれた少年は一歩前に足を踏み出すと、腰に差した手の先から肘くらいまでの長さの一般的な長さの杖を引き抜き、私の杖に触れさせた。


「アレン・ガイ・グランドリア。第三王子たる私の名前だ。その足りない頭でよく覚えろよ、人形」


 その一言を皮切りに、第三王子へと少年少女達が杖を持って集まり、我先にと挨拶を求め始めた。


「なんだ、貴様らも本当は私と杖を交わしたかったと。愛い奴らめ、よかろう。きちんと並べ。私は逃げないからな」


 そうして王子と杖を交わすという事をした少年少女は今度は私と杖を合わせてくる。


「魔王を倒すんだって? 応援してるよ」

「空へ向けて撃った魔法、寮からでも見えました。すごいですわね」

「ただの変人だと思ってけど見直した」


 彼、彼女らはそう一言を付け加えると、それぞれが席へと戻っていった。

 結局誰なんだろうか、彼らは。メイドのエレナに聞いてみる。


「今のクラスメイトですよ」


 私の知らない人間ばかりなのに。


「……クラス替えがありました」

「クラス替えってなに」


 さすがに通じないかー、と彼女は頭を抱えた。魔法科は魔法科であり、他のクラスと替える人員がいるはずがない。


「あの頃のクラスメイトはみんな他の学校に転校した上に彼らは他の学校からの転入生です」

「まじか」


 それで見た事の無い顔ばかりだったらしい。私の知らないうちにそんな事が起こるとは。これもきっと棺の魔王のせいに違いない。

 新しいクラスメイトの顔を覚えきれる気がしないが、とりあえず一通り挨拶を終えたところで教室の入り口で拍手を鳴らす少年がいた。


「見てたぜアレン。俺様以外に友達が出来てなによりだ。人形ちゃんの勇気に乾杯ってところかね」


 そう言うとゆっくりとこちらに近づいてきて、私と杖を合わせた。


「あ、左手出して」


 言われるままに手をだすと、かがんで、指先に口をつけられた。


「メロゥ家のメロー。君と同じ公爵家だ。仲良くしような」

「てめぇ姫さんに何しやがる!」


 気付けば私の魔杖が人間となり、私の指を濡らした赤髪の男の胸元を掴んでいた。


「うお、護衛が潜んでたのか! まー、口にしなかっただけありがたいと思ってくれよな」

「んな事してたら今頃お前の命はねえぞ!」

「にしても人形ちゃんは表情変わらねえなあ。もうちょっと恥じらってくれると俺様嬉しいのに」

「姫さんの表情はなあ、安くねえんだよ!」


 そんなやり取りを見ていたら一人の男が教室に入ってきた。おはようございますとそれぞれが声をあげるのできっと教師なのだろう。


「騒がしいですね。なにかあったんです?」


 それは、とても柔らかな声をした、クリーム色の癖毛の男だった。


「このクソガキがなあ、姫さんの手にキスしやがった! マジでゆるせねえ!」

「メロー。女の子には優しくしないと駄目ですよ? ……いや、それもそうですがあなたは誰です?」

「おいおい兄貴。やさしーくしてるから、ちゃんとそういう扱いしてるんだろ?」

「俺は姫さんの杖、イーリアスってもんだ。あんたの弟かよこいつ! 常識ってやつをきちんと教えておけよな!」


 面倒になったのでイーリアスを杖に戻して収納した。


「先生。授業を」

「そうですね、そうしましょう。では、シールさんの紹介から。皆さん座ってください。……ああ、シールさんは前に」


 一人だけ教壇の前に立たされて、皆からの注目を浴びる。


「皆さんはもう知っていると思いますが、こちら、シール・ルーアースさんです。心を病み、奇行に走られていたようですがそれも落ち着きを見せてきたという事で、改めてルーアース公爵が皆さんのクラスメイトとして編入という形で学び舎に入ります。仲良くしてあげてくださいね?」


 まるで入学したてかのように紹介され、新しいクラスメイトとの挨拶も済ませている。これできっと私は、学園に通うという日常に戻る事が出来たのだと思う。

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