006杖の店
杖を買いに行くために馬車に乗せられた私は、父に自身の杖を自慢されていた。
「小さい」
「ははは、私にはこれくらいでいいのさ。大きいことがすべてではないよ」
大人の手の中指から手首までの長さくらいの杖を収納から取り出して見せてくる。
「と、言うのも今から長杖を買いに行くのにいうのもなんだね。理由は色々さ。仕事柄、強力な魔法よりも繊細な作業を必要とする為。大人にもなるとマジックストライクを使わなくても接近戦用の魔法は覚えているから必要がないこと。そして……いや、いいか。そういえばクア、君の母から聞いたが随分と広い杖収納を覚えたようだね。大したものだよ」
理屈で分かってしまえば案外簡単にいくものだった。ただ、感覚で掴むタイプの魔法は私には不得手なのかもしれない。
「しかし本当に覚えてしまうとはね。あれは五学年のテストの一つだし、いくらシールとはいえもっと苦戦するかと思っていた。こちらとしてもやる事がないならばと無理に出した課題だったのだけれどね」
これで私は次は進級できるだろうか。あまりにも頭が悪くて学校をやり直しさせられたというのだから。しかし兄は言っていた。 成績が悪くても高等科へと進級できたはずではないだろうか。
「なぜ私は高等科に入っていない」
「それくらいだめだめだったんだ」
「だめだめ」
「そうだ」
ならば仕方がない。今度はなんとかしよう。
しかしこれも嘘だ。でも暴かない方がいい嘘もあるというのでそういう事にしておく。
そう考えていると揺れが止まった。
「着いたようだね。まずは噂に一押しを加える事からだ。シール、降りようか」
父にエスコートされて降りると、まばらだった人がどんどんと私達の周りに集まってきた。
「ルーアース様、そちらでもついに魔王と戦う意思を見せたというのは本当でしょうか?」
「先日の強烈な魔力は魔王に対する宣戦布告だとか」
「気狂い学園人形……失敬、ご息女が魔王の配下を倒して見せたと聞きますな」
好き勝手に話す民衆を、父は右手を軽く上げる事で制した。
「ええ、当家は全面的に魔王と戦う事を宣言します。その為の切り札が、私の娘、シールなのです!」
視線が私に集まる。見られるだけなら別にどうでもいい事である。特に返す反応などはない。
「魔王を恐れ、眠れぬ日々を過ごす皆さんは安心してほしい。我が家が必ずや魔王を封印してみせましょう!」
わっ、と湧く歓声に。父は笑顔で対応している。あちらこちらに顔を向け、手を振って見せた。
これにどんな意味があるのか。演説も一段落して店内に入ってから聞いてみた。
「人々を安心させるためさ。この一連の話は広まって、人々は自分が安心するための物語を作る。貴族街だけでなく平民街にも伝わって、民の心に安心が満ちる。それは貴族として大事なことだよ。幸い、信用のある身だからね。大体の事は好意的に広まるよ」
私の個人的な戦いたいという欲求を公爵家が預かるだけで救われる人がいる。それはなんとも不思議な話だった。
「それよりも杖を見よう。とは言っても参考程度だ。樹と魔石の性質と相性を知って、後はオーダーメイドする事になるだろうね。すぐ必要なら一本くらい繋ぎとして買っておいてもいい。幸いシールには広い杖収納があるのだからね」
棚の上に置かれたいくつもの長杖を見てみると色合いの違う杖が様々な色の魔石をつけて宝石のように並んでいる。しかし別に鏡があるから媒体は必要無いんだった。
と、ここで一人の男が父に近づいてきた。
「ご機嫌麗しゅう、ルーアース卿。短杖派に鞍替えした貴方が今更なんのご用事で?」
「そう言ってくれるな。今日は魔王を倒せる杖を探しに来たんだ」
「魔王を! ……ふむ、噂は本当だったようですな。先ほども店の前でちょっとした騒ぎを起こしてくださいましたし」
「うん。分かった、悪かった。ちょっと場所が悪かった事は認めるよ。だからその他人行儀な口調をやめてくれコンコルド」
そう言うと父は杖収納から杖を取り出すと男に向けた。魔法を放つのだろうかと思ったが、男の方も長杖を取り出して杖同士を軽くぶつけた。
「このくらいの嫌味は許してくれよな。こっちはお前に憧れて長杖店の店長になったんだからさ」
「それに関しては済まなく思ってる。……ああ、シール。杖同士を合わせるのは挨拶だ。説明は難しいが、クラスメイトとするといい。なんたって学園が休みから開けたら、君はきっと人気者だろうからね」
人気になるとは何故だろうか。特にそういうものを求めるつもりはないけれど。
「ほう、そっちが噂の娘さんねえ。でも大丈夫か? 理屈とか関係なしに邪魔するものはぶちのめすやべえ奴だって聞いてるが。そんな奴にうちの杖は売れねえぞ」
「ここ数日でだいぶ安定したんだ。それに、魔王を倒す意思は本物さ」
「まだたったの数日かよ……親バカめ。ま、色々あったが俺はお前を信じるだけさ。ついてきな。売るかどうかは別として、ちっと杖自慢させろ」
そう言ってこの店の店長は奥へ歩いていく。父に手をひかれ、その後ろをついていった。
「どうだ。こいつが暴食の魔杖だ」
そういってガラスケースに入った。魔力の流れからして魔法で強化したガラスを使っているその箱には青い魔石のついた長身の黒い杖が入っている。
「魔石はマジックイーターのものでな、魔力を吸収して保存してくれる。これを上手く利用すれば複合魔法や同時発動が容易にできるって寸法よ。木材の方は訳アリ品でな、なんの木だったのか分からなかった。鑑定魔法をかけてもらったところロゾメの黒樹だとよ」
「魔界にあると言われていた伝説の樹か!? いや、そもそも魔界自体確認されていない!」
「鑑定でそう言われたんだからそうなんだろうよ。鑑定書見るか?」
父が非常に元気である。クラスメイトと一緒だとこうなるのだろうか。私は馬に乗せてくれたクラスメイトと話してもこうはならなかった。
「魔界はともかく性能は本物だよ。発動する魔法の威力も安定性も抜群でな。カタログスペックなら俺が知ってる中でも最強さ。カタログスペックならな」
「随分と気になる言い方をするな」
「こいつは主から定期的に魔力を吸うんだ。収納してても容赦無くな。実験してみたところ、核に八割の魔力が溜まるまで続くし、なにしろほら、マジックイーターの核だからその容量は尋常じゃねえ。しかもその八割の魔力が杖に溜まってない間は発動すらしてくれねえ。だから暴食の魔杖なんだよ」
それは私にしてみればなんのデメリットもないという事ではないだろうか。
「マジックイーターの八割は……キツいな。よく実験したよ。何人がかりだ?」
「店の者総動員だ。あと客にも手伝わせた。これを一人で扱えたらそんなの危険人物としか言いようがねえ」
「王城の枷に使われるくらいの品を杖にしてしまうお前に脱帽だよ。これで自慢は終わりか?」
「ああ、満足だ。まともなの案内するよ」
話は終わりのようだ。杖に関しては今のところ空を飛ぶのにあると便利くらいだろうか。鏡よりは安定性がありそうなので、空を飛ぶのに適した杖を選んでもらおう。
「いや、自慢は聞いた。試し打ちを頼むよ」
「……馬鹿な! こんなもん使うのは人間じゃねえ!」
「うちの娘は人間だよ。シール、やれると思うかい?」
出来るか出来ないかで言えば答えは一つしかない。
「魔力ならいくらでもある」
「決まりだ」
「お前ら、狂ってやがる」
ケースの鍵を開け、いつでも取り出せるようになったところで、店長は杖を手に取るのを躊躇った。
「娘さん。お前が持て。こいつ放っておいたら完全に魔力が抜けてやがるからな。何もしなけりゃ魔力は少しずつ抜けちまうかもしれねえが、こいつはあまりにも早すぎる」
そんな愚痴を聞き流して、私は暴食の魔杖を手に取った。
瞬間、急速に魔力を吸い取られているのが分かる。減れば減るほど、どこかから私の中に魔力が供給されていくのを感じ、魔力切れは起きないであろうと確信できた。
しかし、溜まる速度は遅い。こちらから送ってやる必要がありそうだ。
「シンジツノカガミの紋章よ。起動せよ」
手の甲の紋章が強く輝き、私の中のまだ属性がついていない魔力が神属性に染まっていく。それと同時に送られてくる魔力の量が膨れ上がるのも感じた。
「エンチャント・シールド・アルテミス」
まずは杖を保護してやる必要がある。そうしないと壊してしまいそうだった。まだ杖を媒体に出来ないのでシンジツノカガミを使って発動させた神属性の杖保護の魔法。後は一気に、流し込む。
杖にはめ込まれた青の核がより深い色になっていく。
「シールの瞳のようだ……」
そう評されると、この杖がまるで自分の一部になったように感じる。これはもう私だ。だから暴食なんて名前は似合わない。私は食べる事に興味が無いのだから、違う。この杖の名前は。
「イーリアス」
ふと思いついた名前をつける。たぶんシンジツノカガミがやった。割とそういうところがある。
『それが俺の名前か! これからよろしく頼むぜ、姫さん!』
周囲を見渡す。聞いた事の無い声。
『俺だよ俺! イーリアスさ!』
「杖が喋った」
「おや、魔力は込め終わったみたいだけどどうかしたのかい?」
「杖が、喋った」
その一言で店長は胡乱げに私を見た。
「お前の娘、魔力量は確かにやべえが、頭の方もやっぱやべえな」
「コンコルド、黙れ。――いいかい、シール? 杖は喋らない」
まるで変人扱いである。二人とも信じてくれない。
『俺の言葉は姫さんにしか聞こえねえが……ま、手段はある』
そう言うと私の杖は光りだし、その眩しさに皆が目を閉じた。
目を開くとそこには一人の人間が立っていた。握っていたはずの杖が無い。
私と同じ蒼の瞳をした、黒い髪で黒一式の服を着た背の高い人間だ。
「どーもぉ。暴食の魔杖、改めイーリアスここに参上。姫さんを気狂い扱いされたんじゃ黙っていられねえ。姫さんにしか俺の声が聞こえねえだけだ。オーケー?」
そう言って、店長に向けて指を差した。
「な、なんだあ!?」
「ふむ、杖が人間になる、か。またとんでもない事になったものだ」
「さっすがお爺様は理解がはええ。こっちとしては助かるぜ」
その言葉に父はぴしりと顎髭を触る動きを止めた。
「お爺様とは私の事かな?」
「おう。俺は姫さんの魔力から生まれてるから姫さんの子供みたいなもんだ。そしたらアンタはお爺様。理解したか? 茶髪茶眼の糞地味お爺様」
「初孫はもっと、素直で可愛い子が良かったよ」
そんな嘆きをよそに、イーリアスは黒杖へと姿を戻した。これでいいよな、姫さん? とウインクを残して。
場を制した沈黙を破ったのは店長だった。
「買うか?」
「……ああ」
「分割支払いは十二回までで頼むな」
そうして私には相棒が出来た。私と同じでまだまだ知らない事が多い杖だけれど、私と違ってお喋りな彼はきっと私を助けてくれるだろう。