005事情聴取と再び特訓
屋敷が騒がしい。
騎士団が来て色々聞かれたので答えたが、魔王討伐は父に言われて行った事であると答えるべき質問は無かった。
お父様に聞いてみたところ、その件ではなくあれは城下の治安を守る第二騎士団であり、グングニルを放った件についての問い合わせだったらしい。
そうしたら様子見ついでに事情聴取に来た第三騎士団と鉢合わせして騎士団同士の面倒ごとが始まったとのこと。
なんだかごたごたしてしまったが今から事情聴取は開始され、私と父、第三騎士団。そして第二騎士団の人も一緒に話を聞くことになった。
「私はグランドリア第三騎士団副団長のルークと申します。公爵様におかれましてはますますご活躍のことと存じ上げております。さて、ではまず順序立てて聞きましょう。公爵家のご息女、シール様は何故あのような場所に?」
「お父様に言われて、魔王を倒しに」
「それはまた……随分と無茶をなされる」
鎧を着ていないと騎士としては線の細そうな副団長は眉をひそめた。随分と細長い剣を腰に差している。
「勝算は、あったのでしょう。さきほど空に放たれた一撃ならば、確かに魔王といえど倒せるのではないかと、そう思わせるだけのものでした」
「それをやったのが学園の人形だというのがぞっとするがね。五年前の教師に対する暴行事件。忘れたとは言わせんよ。あれは我々第二騎士団にも被害が出た」
そう言われても覚えていない。たぶん向こうから攻撃を仕掛けてきたんだと思う。
「第二騎士団の失態など、この場ではどうでもいいのです。ルーアース公爵。なぜご息女を危険な、よりにもよって魔王との戦いの場に出したのです。それは我々の領分だ」
「ああ、それはとても単純な答えだよ。一貴族としては、やはりより名声を得たいものだろう?」
「……そのために、ご息女にあんな危険な場所に送り込んだのですか。それも戦略級の魔法を覚えさせて」
「なんにしろ、よく知らしめてくれ。ルーアース家は魔王を倒すために名乗りを上げた、と。民は喜んでくれるだろう」
父は嘘をついている。本当は、ただ私に復讐をさせてあげたいと思っている。一度シンジツノカガミを起動させた影響か、私には真実を見通す力がついたようだ。
ところで復讐とはなんだろう。私は確かに棺の魔王を倒したい。けれど、そこに復讐の意思なんてないのに。
「我々では、実力が足りないということですか」
「魔王を倒せるという勇者には足りないだろうね」
「くっ……! 後はシール様にお話を伺わせていただきます」
そう言って第三騎士団の騎士だと名乗った男は私に視線を合わせて聞いてきた。
「貴女は魔王を倒したいのですか」
「倒したい」
「それは御父上のために?」
「私のしたいこと」
そうですか……と唸って騎士はソファーに深く座りなおした。
「では、貴族街で放った魔法に関する事ですが」
「おっと、それは第三騎士団の管轄外だと言ったはずだよ。私が聞く」
もう一人の、どちらかというと老け気味の騎士が口を挟んだ。正しくは彼が老けているというよりはさきほどの騎士が若いのかもしれない。
「先ほどの魔法はなんだ」
「シンジツノカガミを起動した時の魔力で出した神属性のマジックミサイル」
「これだよ。昔話のシンジツノカガミ? 勇者の持つ聖剣が属しているという神属性? あの威力のマジックミサイル? なにもかもがでたらめだ! こんな時のためにいる記憶を覗く魔法使いが自分の父親で、我々に都合のいい情報をよこさないのをいいことに訳の分からない事を言う! ふざけるな!」
父は記憶を覗く魔法が使えるとは初めて知った。しかし分かってもらえないなら仕方がない。
「もう一発打つ」
そうすればきっと理解してもらえるだろう。それでも理解してもらえないのであれば。
「何発でも打つ」
「そ、そんなに撃てるのか」
「シール、君の杖は壊れたが媒体は必要ないのかい?」
魔法を使うには指輪や杖などの媒体があると出力が大きくなるので魔法使いなら持っておきたい一品である。特に長い杖は万一敵に近くまで寄られたときにマジックストライクで攻撃することができるので近距離魔法のバリエーションが少ないのであれば持っておきたい。
しかし私の杖はグングニルの威力に負けて杖の中心にあった魔石が砕けてしまった。
「私の中の鏡を媒体にすればいい」
「いや、結構。なんにしろ、城下でそんなとんでもない魔法を放つのをやめてもらえれば、我々も駆り出されなくて済むのでね。そうしてもらいたいものだ」
「魔王がいない時はそれで構わない」
「ふん。城下に魔王が出たらそれこそ大騒ぎだ。その時は我々第二騎士団が追い返して見せよう。このような虚言癖のある少女に助けられた魔物狩り専門の第三騎士団とは違う、実力派の我らがな」
この話題に口を出したのはやり玉にあげられた副団長ではなく、父だった。
「ほう、例えば貴族街に魔王が現れたら第二騎士団は気付ける自信があるという事かな」
「はっはっは。勿論ですなルーアース卿。魔王と呼ばれるほどの相手ですぞ。魔力を感知してすぐに駆け付けますとも」
「……そうか。
魔王は人の形をしているからね、対人はお手の物と言ったところか」
「ですな。とはいえ第三騎士団の連中がきちんと役目を果たしてしていればそのような事態に陥る事はないでしょう。そういう意味ではしっかり警戒をしておかねばなりませんなあ」
結局、この後は私に話題が振られることはなかった。父が対応して父が解決した。騎士団の二人が帰ったあとに私は気になっていることを聞いた。
「お父様はなぜ嘘をついたの」
「おや、分かるのかい。シンジツノカガミの力かな。そうだね、嘘を吐いた方が多くの人が幸せになるからだよ。暴かれないうちに先に言っておこう。シール。君にも嘘をついている。けれど、それはその方が君の幸せになると思っての事だ。本当の事を知れば不幸になることだってある。だから、知らない方がいい」
知らなくていい事なら知らないでおこう。ただでさえ今の私は頭を良くするために考える事でいっぱいなのだから。
「それよりも問題はお前の杖だね。壊れてしまったから。思い入れもあったんじゃないか?」
「全然」
「……なら、いいんだが」
そもそも杖が無くても鏡があるので別に必要ない。
「私も魔物と戦っていた頃は杖を振り回して活躍したものだよ。いい杖はステータスであり、相棒だ。杖が無いだとか安物を使うなんていうのは公爵家の沽券にかかわる。お前が使うような長杖はこちらから赴かないと数を見ることができないし、そうだな三日後に。いや二日後でいい。本来事情聴取のあったであろう日に休みを取る分にはいいだろう。シールの杖を見に行こうか」
「構わない」
「決まりだな。そうだ少しやりたい事も出来たんだった、ちょうどいい。
学園が無くて暇な時間はクアに、お前の母に魔法を教えてもらえばいい。そうだな、杖を保護する魔法と、他に覚える余裕があるなら杖収納のやり方を教えてもらいなさい」
との事だったのでメイドに母の部屋を教えてもらって勉強を開始した。
話を聞いた母は、杖を壊してしまったことを楽しそうに思い返していた。
「あの威力はすごかったものね。その二つの魔法はやる事が大体一緒だから、シールちゃんなら簡単に覚えられちゃいそう」
杖を保護するのはマジックストライクで攻撃魔法を纏わせる代わりに防御魔法を纏わせて、それを内部までしっかりと浸透させる。これで杖が物理、魔法どちらに対しても丈夫になるとの事だった。
しかし私は考えた。これを杖でなく人体にかけたら強力な防御手段になるのではないか。そう問うてみると返ってきた答えは。
「物にかけると効果は長持ちなのだけれど、生物だとすぐに効果が切れちゃうから使いどころが難しいのよね。常時かけながら戦うのは魔力的に厳しいのもあるけど攻撃魔法と二重で唱えないといけないタイミングは来るし。でも、厄介な相手に土属性を混ぜてかけ続けてやると簡易石化魔法になるのは覚えておいて損はないかもしれないわ」
防御魔法について聞いたら補助魔法になった。魔法は奥が深い。
母お付きのメイドが物置から短杖を持ってきて、それにかける練習をした。覚えている防御魔法が単純に魔力の壁を作るシールドだけだったので、付与魔法を覚えるところからだった。杖に防御属性をつけた魔力を、浸透する前に暴発しないよう気を付けながら流して染まったところで魔法として展開する。理論立っている説明があれば難しい事は何もなかった。
「杖収納はねえ。自分の魔力で染め上げた杖を自分の一部だと認識して体内に取り込むイメージなんだけれど、実際に体内に入ってるわけではないのよ。それでね、必要な時にびゅっと取り出すのよ。分かるかしら。びゅって感じ」
「ふざけるな」
「怒らないでシールちゃん! これでも真面目なの! 感覚で覚えないといけないタイプの魔法なのよ!」
こちらがどうにも難しく、当日中に両方の魔法を覚えるという事は出来なかった。
二日目は何を食べてるのかも分からない朝食の後、父が仕事場に向かった。本来は城勤めの人間らしい。
兄も杖収納が出来るという話を聞いて、何か理論的な話が聞けないかと期待したが関係の無い話をされた。
「あれはね、大変だった。なんたって特定の高等科に入るにしろ卒業するにしろ、五年時はやらなければいけない試験がたくさん出てくる。杖収納もその一つで、みんなでびゅっびゅっ言いながら取り組んでたよ。学園は基本科五年で高等科三年の八年制で、試験に受からなければ強制的に高等科に行くことになる。卒業する自由さえ与えられないんだね。目的があって高等科に入る人と落ちこぼれが入り混じる高等科は、なかなか難しい場所だよ……」
途中からただの愚痴である。そんな事、私に言われても困る。
分かったのは。誰もが通る道であり、びゅっびゅっ言いながら練習するものだということだ。
それが分かってからはとにかく母の部屋で特訓をした。そもそも体内に取り込むこと自体が難しい。それも実際に体内に取り込むわけじゃないというノイズが想像力を阻害してくる。
「でもこれを言っておかないとたまに本当に体内に生成しちゃう子がいるって話だから、言わないわけにはいかないのよね」
とは母の弁だ。
現在六本ほどの杖が塵と消え、自分の魔力で染め上げたものなら粉々にする魔法を習得することになった。
これだけ失敗する事で私は思った事がある。きっとシンジツノカガミも実際に体内にあるわけではないが、私の中に確かに存在するものであり、それは杖収納とどう違うのだろうかと。
これは応用できる。私はそう判断した。
「ストレイジ」
右手に持っている魔力で染めた杖がシンジツノカガミの中に吸い込まれていく。後はシンジツノカガミを起動する要領で。
「アピアランス」
一発成功。私の右手は先ほど収納した杖を握っている。
「すごいわあ。取り出すところが一番難しいのに。シールちゃんは天才ねえ」
しかしこれも、少し考えてしまう。
「この魔法、杖以外にもしまって持ち運びできるんじゃ」
「やっぱり考えるわよね。私もおやつくらいなら出来るわ。けれど、シールちゃんは長杖を収納するわけだからスペースが足りないんじゃないかしら。このテーブルでもしまってみる?」
試していいようなので母の前でテーブルの収納と出現をしてみせた。
やっぱり持ち運びできそうなので私は賢い。