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003屋敷にて

 私を送り届けると言ってくれたクラスメイトがここだと言うのだからここが私の家なのだろう。先に進めと促され、後ろから送ってくれた騎士がついてくる。


「っ……! おかえりなさいませ、シール様! いかがなさいましたか!」


 何故か連れてこられただけなのでよく分からない。なんと答えたらいいのか。


「騎士団から事情聴取を受ける事になった。ルーアース公爵はいらっしゃるか。不都合があるようなら話を合わせる」


 困っていたら助け舟を出してくれた。よかった。ここは私の頭の使いどころではなかったらしい。


「かしこまりました! 今すぐに主様にお伝えします!」


 そう言ってメイドの一人が急いで駆けていった。


「ちなみに今のメイドの顔はまたやりやがったこいつって顔だぞ。普段なにやってるんだ」

「私は私の日常を守っているだけ」

「あのな。そんなに日常が大事ならせめて適当に過ごすなよ。ぼんやりした頭で授業受けてるから進級してない事に疑問も抱けないし、趣味だった読書だってお前ロクに何読んでるかとか分からねえんだろ」


 そうなのだろうか。そうなのだろう。きっとこの厳しい彼は私より頭がいい。だから正しい。


「お前がおかしくなっちまったのは知ってる。でもな、治ってきてるなら意識してくれよ。いつまでもその場で足踏みしてるだけじゃ誰も幸せになれない」


 とても難しい話だ。けれどこれが、魔王を倒すために必要な頭を使う事なんだろう。


「説教して悪かったな。でもきっと、お前ならできる事なんだ。少なくとも今のお前は昔よりもずっと俺の話を聞いて考えてくれてるように見える。表情は変わってないけど。たぶん」

「騎士様! 主様がお呼びです! こちらへどうぞ! シール様もご一緒にとの事です!」


 メイドに導かれて屋敷の奥へと進んでいき、一つの扉の前で止まった。


「主様。シール様と連れてきてくださった騎士様を連れてまいりました」

「入れてやってくれ」

「かしこまりました」


 扉を開けられ中に入るように促された。


「ご苦労だったね。座ってくれ。……ああ、お茶はいいよ。館の事をやってくれ」


 一礼して去っていくメイド。やっぱり人の顔を覚えるのは難しい。状況的にさっきと同じメイドのはずなのに、絶対に本人だという確証が持てない。


「私はサンド・ルーアース。シール、君の父だ」

「お父様……?」

「願わくば覚えていて貰える事を願うよ。これが何度目の自己紹介か分からない」


 なんとか覚えておきたい。必死で相手の顔を見た。


「これだけずっとこちらを見てくるのは初めてだ。何か変化があったのかな。……では若い騎士くん。何があったか話してくれるね」


 棺の魔王と交戦している時に私が杖で飛んできた。

 敵対しているようではあるが魔王と何らかの関係があるようだった。

 正体が公爵家の娘と身元がしっかりしているので実際は大した問題にもならないので公爵家の都合のいいように話をしてくれていい。事情聴取をしたという事実が大事。

 との事だった。

 お父様は特に焦る様子も見せなかった。けれど。


「うん。じゃあ私が討伐を命じたという話にしようか」


 なぜか首を突っ込んできた。


「シールもちゃんと話を合わせるように。自分の意思で乱入した事だけ隠してくれればいい。できるかな?」

「はい」

「いい子だ」


 なぜそんな事を誤魔化すのかは分からないけれど、それで都合がいいというならば私は構わない。私にしてみれば棺の魔王を倒せなかった失敗の一戦でしかない。


「では騎士くんは騎士団に戻ってこちらの準備はいつでもいいと伝えてくれるかい。シールは、そうだね。久しぶりに帰ってきたんだ。魔法の特訓でも見せてやってくれ」

「誰に」

「君の弟と……今日は兄もいるからそっちにも頼むよ。特訓をすると適当なメイドに伝えれば場は整えてくれる」


 という事で退室。屋敷の中を適当に歩いて見つけたメイドに言われたとおりに声をかけると広い裏庭に連れてこられてそこで青年と少年に挨拶をされた。


「フルブム・ルーアース。18歳。君の兄だよ、よろしくね」

「スオン・ルーアースです。姉上。来年学園に入る11歳です」

「よろしく。なんとか、顔を覚える」


 その一言で二人の声の調子が上がった。


「それは嬉しいよ。今までいかにも興味が無いといった様子だったからね」

「姉上! これからもよろしくお願いしますね!」


 魔法の特訓を見せろと言われても私は何をすればいいのだろうか。二人に私が今までどんなやり方をしていたかを聞いてみるとドレイル布という布で包まれたサンドバッグに魔法を打ち込むというものだった。

 この布は魔法耐性が高く、なかなか魔法ではなかなか破けないので攻撃魔法の練習にはちょうどいいらしい。けれどあくまでも布なので火と刃物には弱いとか。

 それならば今日は。


「マジックミサイルの打ち込みをする」


 そう聞いて喜んだのは兄の方だった。

「ああ、君のマジックミサイルは芸術的だからね。それがいいよ」

「姉上のマジックストライク見たかったなあ。サンドバッグを破裂させるのは見てて気持ちがいいんです」


 まさか私の魔法にどっちが見たいというリクエストがあったとは知らなかった。とはいえ今日は棺の魔王に通用しなかったマジックミサイルを訓練したい。


「威力は抑えるんだよ。そうでないとドレイル布とはいえ君の魔力じゃ簡単に穴が開いてしまう」


 そういうものなのか。むしろ私としては威力を上げたかったのだがそう言われてしまっては仕方がない。

 右手で長身の杖を構えて魔力を集中しようとすると手の甲が光る。


「マジックミサイル」


 発射された伸びる光弾が十数発連続で杖から発射されていく。消費しても補充されていく魔力の感覚を覚えながら、魔力の塊のルートを変えて下からすくい上げる軌道を描き、サンドバッグを宙に浮かせた。

 容赦無く続く追撃。地面から離れたサンドバッグに正面からだけでなく後ろに回り込んだ光弾さえも襲い掛かる。三百六十度あらゆる方向から降り注ぐ魔力の嵐。それらはサンドバッグを徐々に浮かび上がらせて屋敷よりも高くに打ち上げた。

 ここまでだ。

 光線を打ち止めれば自由落下でサンドバッグは落ちてくる。

 落下地点へと悠々と歩き、杖の先端を中心に魔力を展開、コーティングする。


「マジックストライク」


 両手で持った杖を振り上げて落ちてくるサンドバッグを迎撃。杖を覆う魔力のオーラが魔力耐性のあるという布をあっさりと破り去った。

 結果、中に詰まった砂を思い切り被る事になる。


「シール!」

「姉上!」


 目は痛いし口の中はじゃりじゃりする。とてもではないがいい気分とは言えない。


「素晴らしい曲芸のような制御、その辺の魔法使いを集めても敵わないような魔力量。すごかったよ。ただ、サービスしすぎだね」

「ごめんなさい姉上。僕がマジックストライクを見たいなんて言ったから……」

「気にしなくていい」


 これが頭を使わないと勝てない相手というものなのかもしれない。倒したと油断したところを狙う反撃。実際に魔王にやられていたら大きな隙を晒していた。いい練習になったので気にしなくていい。


「とはいえ平気とは言い難いね。おい、誰か。シールを風呂に連れて行ってくれ」

「え、エレナはいないんですか……?」

「彼女は学園付きだろう。ここにはいるはずもない。……やはり、シールが世話をしていた従者にマジックミサイルを一発打ち込んだ事件を誰も忘れていないか。屋敷にはやりたがる者がいないな」


 目を開く事が出来ない私に弟の、兄上ならば洗浄の魔法が使えるのでは? という問いかけが耳に入った。


「……私もシールを恐れているのかもしれないな。分かった。やってみよう。

 シール、よく聞いてくれ。今から君の前で魔力を練るがそれは攻撃の為ではないからね。先んじて反撃を行っちゃいけない。いいね」


 私の頷きに兄の大きな吐息が一つ漏れた。


「清めよ、クリーン」


 かけられた魔法によって、私の頭の上にこんもりと乗った砂の山は取り除かれた。目の調子はあんまりよくない。


「駄目だな、制御が甘い。髪に砂がついたままだ。やはり風呂に入れてやる必要があるんだが」

「お待たせしましたフルブムお坊ちゃま。僭越ながらこの私、レズリーがシールお嬢様の入浴をお手伝いするという大役を仰せつかりましょう」

「お前はシールを恐れないのか。助かる。後は任せた」


 かしこまりました。と礼をした彼女は私の手を引いてどこかへ連れていくようだ。


「ゆっくりでいいですよ」


 そう言って彼女は私をエスコートしてくれた。


「服を脱がさせていただきますが、それは攻撃的な行為ではありません。入浴の為です。理解していただけたなら、杖を私にお預けください」


 お風呂場に武器は持ち込まない。当たり前の事なので言うとおりに杖は預けた。するとどんどんと服を脱がされていき、気付けば座って洗髪されているところだった。


「綺麗な御髪です。この髪に砂が絡んでいるという事が綺麗なものが好きな私としては許せませんね」


 そう言って丁寧な仕事でするすると洗ってくれる。でも丁寧なのはそれだけじゃなかった。


「このまま身体も洗いますがその肌を傷つける事の無いように素手で洗いますが下心はございませんよ。ただ洗わせていただくだけなので勘違いなきように」


 そう言って私の体に手を這わせ続けた。一通り洗い終わると、また再び私の胸や尻、股をしっかりと洗い始めた。

 これは洗っているだけです、と何度も繰り返して。よく分からない出来事だったが、洗われるのが気持ちいいのだけは間違いなかった。


「背丈の割に胸が大きくて揉みごたえが、ではなく洗いごたえがありましたわ」


 その後はこの前髪で眼を隠したメイドが館にいる間のお付きのメイドとして任命され、私を私の寝室だというところまで連れていき、そこで一晩を過ごした。


「学園にいかなければ」


 それが私の日常であるのだから。しかし学園は現在臨時休校中なのだとメイドは言う。昨日棺の魔王が王都付近に出たからだ、という。やはり私の日常を崩す魔王を倒さねばならない。

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