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002壊れた少女の日常と転換

 授業を受ける。


「あいつクラス表に名前載ってないよな?」


 図書室で読書。


「あの子いつもこの時間にいるわ。勉強熱心なのね」


 寮に戻る。


「今から服を脱がさせていただきますが入浴の為です。分かりましたか? 決してこちらに攻撃する意図はございません」


 授業を受ける。


「先生でさえもクラスに入ってくるのを止められないんだってさ」


 図書室で読書。


「錬金術上級編なんて読むのね。錬金科なのかしら」


 寮に戻る。


「今から鋏を持ちますが、危害を加える為の武器ではございません。髪をお切りにならなければ」


 私の習慣。だからそれが正しい日常。

 授業を受ける。


「なんか授業無い日も教室に来てるらしいよ」


 図書室で読書。


「なんであの子、絵本を読んでるの?」


 寮に戻る。


「魔王が王都付近に出没したとの事です! 充分な警戒をと……お嬢様?」

「倒しに行く」


 理由は分からない。ただ、なんとなくそうしたいと思った。

 自分の身長よりも長い杖を持って出発。

 探知の魔法をかけると明らかに反応の強い場所がある。魔王というくらいなので魔力は高いだろうという判断は正しかった。

 反応の近くまで杖に跨って飛行する。空から目視出来る位置に何かないか探してみると、森の中の沼地付近にフードを被った人物と巨大な骨の塊が鎧の人間達と剣を持った骨達に相対している。


「なめやがって! 何がすまないフェアじゃなかった。軍勢を貸してやろうだ! 戦ってる最中に自分の戦力を相手に貸し与える奴がどこにいる!」

「ははは、ここにいるじゃあないか。いや、すまないと思っているよ。君たちではボーンドラゴンだけでも充分すぎるほどだったというのにスケルトンの軍団まで用意してきてしまった。ただの人間如きじゃ戦力になるはずもないというのに。私は蹂躙劇がやりたいわけじゃあないんだ。そこを勘違いされてしまったかと思うと悲しいね」

「てめえの美学なんかどうでもいいんだよ! ……くそっ! 骨野郎共突撃しろ! 魔法部隊は骨ごとデカブツと棺の魔王をぶっ飛ばせ!」


 自分達ごと倒されるというのに指示に従って突撃する骨の剣士達の後ろからファイヤアローの大合唱。

 砂煙で見えないが、探知魔法の反応は消えていない。骨連中はともかく、魔王はまだ生きている。


「ああ……なんて脆弱なんだろう。物足りなくて仕方ないよう」


 生きているならば私は彼女に用がある。杖の高度を落として戦場へと着地した。


「棺の魔王」

「おや? おやおやおや? 君に会えるとは嬉しいねえ、シール! でも残念だ。君の魂は九割方削れてしまっている。それでも当時よりは回復しているけれど……そんなんじゃまともな判断力は残っていない。力の持ち腐れというやつだよう」

「どうでもいい。貴女を倒す」

「オーケー、試してみようかねえ。魂作成」


 棺の魔王の灰色の手から明るい光が灯ったかと思うと、倒したはずのボーンドラゴンが再び形を成した。


「君ならこれをどうやって攻略する?」

「マジックミサイル。一斉掃射」


 マジックミサイルとは伸びていく光弾で単発の威力は低い魔法科一年生でも覚えられる攻撃魔法でしかないのだが、その連射性能は高い。そしてなにより。


「へぇ……ボーンドラゴンの骨の一本一本を丁寧に折ってある。これじゃ復活はできないねえ」


 誘導性能が高い。私の制御能力ならどんなアクロバティックな軌道でも動かす事もできる。非常に有用な魔法だ。というより私は魔法科一年生の為、まともな攻撃魔法はまだこれとマジックストライクしか覚えていない。


「君と出会ったのは五年前だったか。それでよくそこまで回復したものだね。いや、戦闘に関してだけ回復させてきたという事か。私を倒すために」

「よく分からない。私は貴女を倒したいだけ」

「素晴らしいね! 君にあるのは復讐心ですらない! 漠然とした私を倒したいという意識だけが君を魔王との戦いへと誘った! 記憶も怒りも悲しみも全て置き去りにして戦い方だけを先に目覚めさせたんだ! これなら今後君の心が治らないとしても、戦いの相手として悪くない!」


 一人で喜ぶ棺の魔王と私の間に、鎧の男達が割って入ってきた。


「お嬢ちゃんが何者かは知らないが、こういうのは大人に任せて下がっていなさい。勇者無き今の時代。世を守るのは我ら第三騎士団の役目だ」

「ふう……白けてしまうねえ。君たちでは無理なんだ。この棺の魔王と戦おうと思うなら、雑兵が何人いてもフェアにはならないという事をどうにか理解してほしい」

「我々の剣が届かぬ場所は無いという事こそ、その身で理解してもらう事になる」


 抜き身の剣で棺の魔王に襲いかかる鎧の男達。でも、棺の魔王の前に横並びの棺桶が無数に現れ、立ち上がる。


「棺の軍勢」


 棺は開かれると剣と盾、鎧を身に着けた骨の軍団を完成させ、騎士団と斬り合いを始めた。私がやるべきことは。


「マジックミサイル」

「おおっとお!」


 棺の魔王を倒すこと。

 小競り合っている上部を山なりな軌道で抜けていき、魔王へと襲い掛かる。


「でも残念。それじゃあ棺の魔王は倒せないんだよう。これからの成長に期待させてもらうねえ」

「こいつら首の骨切断してもまだ動きやがるのか! タチの悪い連中だぜ!」

「そろそろ帰るから君達はもういいよ。死体、爆発」


 そう宣言すると骨の戦士達は全身を爆弾へと変えた。接近戦を繰り広げていた騎士達はその爆破に巻き込まれ、運が悪いものは吹き飛んだ武装が鎧の無い部位に当たったり骨片が目に刺さる者さえいた。


「シール、君はシンジツノカガミを使いこなす事だねえ。そうすればこの棺の魔王に、いや全ての魔王とさえ渡り合えるだけの存在になるだろう」


 混乱する戦況の中で私は骨の軍勢を召喚した棺の一つに入り、そのまま土の中に消えていく棺の魔王を見続けていた。

 探知魔法にもそれらしい反応が無くなった事から完全にこの場から離脱したようだ。あれは瞬間移動の魔法なのだろうか。そんなものは聞いた事がない。


「救護班! 重症のやつから順番にヒールかけてけ! 自分で動ける奴の治療は後回しだ! いっぺんどいてろ!」


 周囲が騒がしい。魔王がいないなら帰りたい。でも帰り道が分からない。

 探知魔法で魔力の数が多いところに向かえば帰れるだろうか。王都なら魔力を持った人間の数も多いからこれでいけるはず。


「シール! 久しぶりだな、副団長にお願いして君を送って行っていい事になったぞ! 一緒に帰ろう!」


 誰だろう。顔を見ても思い出せない。というより人の顔を見ても次の瞬間には忘れてしまっている。


「うーん、警戒されてるか。僕だよクラスメイトだったシモン! 覚えて……ないか」


 目の前の青年騎士ががっくりと項垂れる。何か残念なことがあったのだろう。


「こっちは相棒のワトソン。いい馬だろ? 旧文明の言葉でワトソンは名助手って意味なんだぜ」

「そう」


 誇らしげなまだ少年らしさを残したままの青年に相槌を打った。彼は私に笑顔を見せると、私を抱え上げて馬に乗せて自分も乗ってきた。


「お前は変わっちまったなあ。髪は銀髪で眼の色は深い蒼。あんなに豊かだった表情は今や見る影もなし、だ」


 馬が歩き出してしばらくすると、私を馬に乗せた男はぽつりぽつりと語りだした。


「変わらねえのは背丈ぐれえでさ。まるで時代に取り残されちまったみたいで……お前、今も一年のクラスに通ってるのか?」

「学園に通うのは当たり前のことだから」

「僕達はもう卒業してるんだよ。シールと同じ歳だったやつらはね」


 卒業なんて気の早い話だ。まだ四年半もある。


「学園の人形なんて呼ばれてるのも知ってるよ。僕達が二年に進級した時もお前は一年のクラスに座っててさ、先生が必死に呼びかけても聞かないどころか魔法でぶちのめしちまった」


 私を追い出そうとするのが悪い。私の日常を壊そうとするから。


「なあ、五年前の、俺達が十二歳だったあの日何があったんだ? おかしくなっちまったお前を置いて、バーナム家は屋敷に誰一人としていなくなった。噂じゃ棺の魔王にやられたって話だが――」

「棺の魔王は倒す」

「お、おう。でも勇者じゃねえと魔王は倒せねえって言うからなあ。はあ、いつになったら勇者様が現れてくれるのかねえ」

「棺の魔王は私が倒す」


 そうするべきなのだ。

 こればかりは誰にも譲れない。


「おい、あんまり魔力漏らすなよ。ワトソンが怯えるだろ。

 ったく。学園じゃなくてルーアース家に送り届けるからな。後で騎士団が事情聴取に来るから。お前が今は公爵家の養子だから話聞くのは後で、なんて無茶が通るんだ。今の家に感謝しとけよ」


 公爵家の養子。誰が。私が? なぜ。


「うわ、考えこんじまった。……なあ、魔王なんだけどさ」

「私が倒す」

「それは分かったからさ。それより、もっと頭使った方がいいと思うんだ」


 頭を使うと、魔王が倒せる?


「相手は実力だけじゃなくて嫌がらせとかこっちを不快にさせるみたいなの得意だろ? どんだけ強くなっても、頭悪いとかわされちまうんじゃねえかなって」

「私の操作するマジックミサイルは必中」

「そういうところが頭良くねえんだよなあ。それじゃあ無理だろ」


 頭が良くないと、無理?


「じゃあ頭を使う。頑張ってみる」

「そうだな。そうしてくれ。さしあたって目下の目標は騎士団の戦闘に入り込んできた事を言い訳する事だから頑張れよ」


 それの何が悪い事だったのか分からない。でも分からないでは駄目なんだと思う。頭を使おう。


「ま、今のお前の父親、公爵様とでも話し合え。僕達クラスメイトはな。馬鹿だけど馬鹿なりに頭使って頑張るお前が好きだったんだからな」


 なんとなく何かがかちりと嵌まったような感覚を覚えた。

 きっとこれが、新しい私の始まりなんだったと思う。

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