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011魔の森

 騎士団が毎日入っている事もあってか、魔の森の入り口は開けた場所だった。何台もの馬車が停められて、騎士団の面々が兜と鎧、それぞれの武器を装備し始めた。


「さて、シールさん。僕達はこれから騎士団とは基本的に別行動を取ることになります。騎士団に守ってもらおうなんて考えていないと思いますし、そんな必要がある子をこんな危険な場所まで連れてきません。分かりますね?」

「分かる」

「それならいいです。緑の煙が空に浮かんだら帰宅の合図、赤の煙は緊急事態です。その時は騎士団に助力する事になりますし、逆に力を借りる事ができます。少し練習してみましょうか。スモーク」


 先生の短杖から白い煙が焚かれる。水を出すのと難易度はさほど変わらない。軽く黒い煙を出して見せると、先生は頷いた。


「いいですね。では行きましょう。戦い方は都度指示しますので出来る限りそれに従うように」


 最初の相手は長い角を生やした鳥の群れだった。


「ホーントバード。迂闊に手を出すと集団で相手に襲い掛かってきます。まず先生が数を減らしますから、残りは全て倒してください。手段は問いません。準備はいいですか?」


 そう言われても私に出来る戦い方はマジックミサイルとマジックストライクしか無い。収納から黒杖イーリアスを取り出すと、私は頷いた。

 先生はそれを確認したところでこちらに杖を向けてきた。


「マーク。……闇属性の視線誘導魔法です。これで知能の低い魔物は全部そちらに向かいますから頑張ってください」


 かけられた呪文に反応して、鳥達が一斉に視線を向けてきた。


「どかん」


 今にも飛び掛かろうかと動き出したホーントバードの群れの中心が、先生の一言と共に爆発した。

 マジックボム。爆発を起こす魔力の塊を作り出す魔法だ。いつの間にか、それも野生の動物にさえ気付かれないようにこっそりと投げ込んでいたらしい。

 しかし今考える事はそれではない。こちらを見ていた鳥達が爆発に刺激されたのか、こちらに向かって襲い掛かってきている。しっかりと視線誘導魔法が掛かっているようで、私にだけ。


「シン・マジックミサイル」


 頭に生えている角で突き刺そうと直進してくる鳥の群れをマジックミサイルが飲み込んでいく。一匹に対して一本で充分迎撃出来るので突撃に合わせるように魔法を放って対応していくだけだ。

 片付け終わると先生は私にかけた魔法を解除してくれた。


「お疲れ様です。どうですか、実際の戦闘は。相手が襲ってくるとやりづらいでしょう」

「そうでもない」

「おや。怖くはなかったです?」


 そういう感情はよく分からない。そう伝えると先生はじゃあ次の獲物を探しましょうと言って森の中を歩き始めた。


「違う。……違う」


 そう呟きながらあちらこちらに魔法の銃弾を飛ばす先生についていく。撃たれた鳥や倒れた四足歩行の魔物はすべて頭を撃ち抜かれていた。探知魔法に反応があった時点で処理しているらしく、時折目視では確認できない位置からの狙撃さえ片手間で成功させていく。


「ああ、いたいた。探してる時に限っていませんよね」


 そんな事を言っているが私には何も見えない。


「では、シールさん。今からゴブリンの討伐を行います。狙われにくくなる魔法と姿を見えなくする魔法をかけますので、マジックストライクで殺せるだけ殺してください。より万全を期すために防御魔法をかけるのは構いません」

「分かった」

「スルー、リフレクション・ライト。では、この先です。行きますよ」


 草の生えていない、踏み慣らされた土の広場にゴブリン達が群れを作っている。先生が前衛を担当するかのように前を歩いていく。


「マーク」


 さらに自分自身に対して狙われやすくなる魔法をかけた。後は私も防御魔法をかけておけば準備は万端だ。


「アルテミス」


 先生に群がろうとするゴブリンは即座に足を撃たれて身動きが取れない。その間に私は元気なゴブリンの頭を狙って杖を振り下ろした。


「マジックストライク」


 魔力で強化された一撃はあっさりと骨を砕く。血に塗れた私の杖が不満の声を漏らす。


『きったねえ……え、これまだまだやんの? うへぇ』


 逃げ惑う者は残らず先生に足を狙われ、逃げる事が叶わなくなっている。しかし、なぜ今回は頭を狙わないのか。先生はそっちの方が得意なはずだし、一々足首を狙う方が面倒だろう。

 死体と行動不能になったゴブリンだけになったところで先生は言う。


「なにをしてるんです? 殺せるだけ殺すんですよ。動けなくなって抵抗の出来ないゴブリンも、一匹残らず」

「なるほど」


 そのためにわざわざ自分では殺さなかった。きっと私が殺す事に意味があるんだろう。

 ただの作業だ。こんな事になんの意味があるのか。片付けを終え、血に濡れた私を魔法で清めながら先生は聞いた。


「どうですか、二足歩行の生物を殺すのは。さぞ良心が痛んだことでしょう」

「全然」

「魔王と戦うという事は、人型の相手と戦う忌避感との戦いだと教えたかったのですけれどね」


 そう言うと、先生は少し悩んだ。


「……もし僕が、魔王を倒すためにはこの人を殺す必要があると言って誰かを紹介したらどうするんです?」

「殺す」

「即答ですか。――シールさん、貴女は危険すぎる」


 目を瞑り、首を横に振る。


「魔王を倒すより先に、誰かに騙され利用される未来が見えるようですね。それも、取り返しのつかない大事を引き起こす」


 シンジツノカガミがあるので騙されるとかそういう事はないのだけれど。


「不安定な切り札を残しておくよりも、いっそここで排除した方が世の為ではないかと……赤い煙? 騎士団の方になにかあったようですね」


 そう言って先生は煙の方へと走り出した。この前第三王子に習った瞬動術を使いこなして地面を蹴り、木の腹を蹴って道無き道をアクロバティックに進んでいく。私は置いていかれたので杖に跨り空を飛んでいく。上空からなら煙の位置も問題なく分かる。

 煙の根本では、馬に乗せてくれた男が木に寄りかかっていた。それも気を失っているようだ。倒れているのは一人ではない。周囲の鎧の男達が呻き声を上げて身体を横たえている。


「毒、ですね」


 そう語るのは私より先にこの現場に辿り着いた先生だ。


「鎧を貫通する歯を持ったポイズンスネークを僕は知りませんが歯形を見る限りそのように見えます。意識障害を起こすほどの強烈な毒は一般的なそれよりよほど強い。ならば物理的な攻撃力も高いものだとしてもおかしくありませんね」


 煙を見てこの位置を目指していたのは私達だけではない。騎士団もまたいくつかのグループに分担していたらしく、他の騎士達も集まってきた。


「こりゃ手酷くやられたなあ。救護班。頼むわ」


 目つきの悪い男がぼりぼりと頭を掻きながら隊員に指示を出す。


「この新入りのお手柄だなこりゃ。よく救援を呼べた。ったく、ルークのやつが付いててこれか。副団長の名が泣くぜ。……ん? こいつの刀、刃こぼれしてやがる。よっぽどかてえもん斬ろうとしたみたいだな」

「それがこの事件の犯人なら随分と頑丈そうですね。周囲は警戒しておきますから治療した方から話を聞いて情報を集めてください」

「おう、任せたぞナエル。教師になって腕が鈍ったなんて冗談はやめてくれな」


 団長と先生がそんな話をしていると、治療に当たっている騎士が叫んだ。


「大変です! 毒が治りません!」

「なんだと!?」


 なんでも治療する速度より毒の進行が早く、時間稼ぎにしかならないという。


「そりゃシャレにならねえな……ナエルも無理か?」

「毒はちょっと、人並みの腕前ですね」

「だよなあ」


 私も馬の男の様子を見てみる。普通に見てても何も分からないのでシンジツノカガミを通して見る。毒が這いまわる身体の状態と、毒が無い状態の元気な時の体内の状態が見てとれる。授業中の脱線で聞いた無くした腕の回復の仕方と合わせて考えれば、私が見た状態に治してやればいいだけだ。


「リフレッシュ」


 馬の男の身体が光に包まれると、青年はゆっくりと目を開いた。


「……シール? ああ、僕、結局噛まれて……救援は!? 送ってある。あ、団長もいる!」

「おお!? 治ってるじゃねえか新入り! なんだ心配させんじゃねえよ! 治るじゃねえか!」

「シールさんはこの毒を治せるんです? それなら魔法陣を描きますから、それに向けて彼を回復させた魔法を放ってください。周囲全体に効果が出ますから効率がいいです――っ!」


 私の腕ほどもない小さな蛇が、突如として茂みの中から先生に襲い掛かった。しかしその奇襲は一発の弾丸によって弾かれ、蛇はそのまま吹き飛ばされていった。

 それは本当に短い時間での攻防。後からだから解説できるものの、自分が当事者であれば間違いなく噛まれている。


「硬い。倒せてないですね」


 一言呟くと先生は魔法陣を描くのに集中する。しかし、そうすると再び茂みから現れ先生を襲う。魔法の弾丸でそれを弾く。それを三度繰り返した。


「随分と賢いやつみてえじゃねえか」

「ですね。随分と邪魔されます。魔法陣が使えないからといってシールさんは勝手に治療しないように。そこを狙われるでしょう。一人目を治せたのは相手は貴女が治療できると思ってなかったからです」


 なるほど。そうなると私は最終的に狙われることになる。倒してしまうしか無事に帰る方法が無い。

 しかし問題はあまりにも早くて攻撃が当てられない事だ。この問題をどうするか。


『小さくて、早くて、硬い。しかもここは相手のステージだ。まるで未来が見えないぜ。お先真っ暗だ』


 なるほど、見えないなら見えるようにすればいいのだ。


「シンジツノカガミ、起動」


 右手が光る。今はこの圧倒的な魔力の量が必要となるだろう。


「エンチャント・ウォッチ・スクルド」


 私の左目に付与魔法をかける。蒼眼に時計の紋様が宿った。


「先生。魔法陣を描いて」

「……いいでしょう」


 左目を閉じる。実際の視野は邪魔なだけ。

 そして浮かび上がるのは先生を攻撃しようとしている蛇に攻撃を当てる私の姿。

 ここだ。


「ブリューナク」


 神属性と光属性と複合魔法。貫く事に特化した光の槍。

 そしてスクルドの視点は数秒後の未来。私は未来を見て、当たると分かっていたから当てられる。

 蛇の小さな身体がいかに硬かろうと貫いてしまえば一緒だ。その小さい体に光が走り、そして消滅した。


「魔法陣、完成しました!」

「リフレッシュ」


 魔法陣にみるみるうちに魔力が宿り、そして周囲に光の雨を降らせた。


「お、おお……」

「足いてえ……」

「なんだあ……?」


 倒れていた男達が意識を取り戻していく。これでもうひとまずの脅威は無くなったと思っていいだろう。

 鏡の魔力を落ち着けると、先生が近づいてきた。


「貴女は本当に僕では計り知れない子です。 ――ああ、教師も楽じゃない。

これから放課後は道徳の課外授業です。いいですね?」


 そういう事になった。先生とはただでさえ五年間の長い付き合いになる。少しくらい顔を合わせる時間が増えても構わないだろう。

 ……少しで済むのだろうか。先生の笑顔を見ていると、なんとなくそんな不安がよぎった。

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