001悪趣味なゲーム
王立グランドリア学園魔法科一年生シーラとは私の事!
他の誰にも負けない魔法の才能を持ってるんだけど全然評価されなくてしょんぼり。一応貴族なんだけどらしくないって言われるんだよねえ。みんな失礼だなあ。
今は夏季休暇で王都にある自宅に戻ってるんだけど、家が遠い友達とかは帰らずに寮で過ごしてるらしいのよね。帰れないのは辛いだろうなあ。
そんな事を考えているとノックの音が。誰だろ。
「シール様。お客様でございます」
こんな夜中に? 寝る前の読書中だったから別にいいといえばいいけど。学校の友達な訳ないしなあ。考えても分からん。分からなきゃ聞く! シンプルな解決法だ!
「こんな時間に誰ー?」
「シール様。お客様でございます」
いや、それは分かったから。もっとこう、具体的なのプリーズ。
「君のお父さんの友達でねえ。君の魔法の才能というやつを見せてもらいに来たんだよ」
知らない女の人の声だ。お父様の友達ならいっか。
「お通ししてー」
「失礼するよぅ」
入ってきたのは黒フードに包んで顔も見えないとっても怪しい人。
「こんな時間にすまないねえ。ただ、あんたが魔力制御にかけてはとんでもない才能があるって聞いてね。とっても興味が湧いたもんだから」
お、それは嬉しい。こりゃ一発芸見せちゃいますか!
「じゃあまず、氷の針を作ります」
攻撃用とはお世辞にも言えない、裁縫に使うやつをさらにスケールダウンしたものだ。
「針の穴見えますかねー、フード取った方がいいんじゃないです?」
「気にしなくていいよう。よーく見えるさ」
「ならいいんですけどねー。で、次は氷で出来た糸を作ります」
平民の友達はここで氷の糸ってなんだよって驚くポイント。超繊細な魔力コントロールができる私だから作れる大技なのだ。
「ほう、こりゃ大したもんだ」
「そうしたら、これらを手から離して魔力で浮かせます」
後は針の穴に糸を魔力で動かしてすっと通して終わり! 今日も私の才能は完璧だ!
……地味? うん、よく言われる。
「なるほどなるほど。ここまでの制御能力は百年、いや千年かそれ以上だ。そんな使い方をする人間が初めてといえばそうだけどね。それでもこれだけの制御はなかなかできるものじゃないよ」
「いやあ、それほどでも。ありますかねえ」
にやにやしちゃうね。褒められ慣れてないのだよ、私は。
もっと褒めてくれい。
「いいものを見せてもらったよう。お礼にいいものをあげようかねえ。手を出してくれるかい」
一発芸にはおひねりはつきものだよねえ。いやあ、この女の人は分かってるなあ! みんな地味すぎて見た後にそういう心配りをしてくれないからね! いい人だ!
「おっと、手の甲の方がいいねえ」
手のひらを出したらなんか駄目らしい。何を置く気なんだこの人。でも素直に手首を返した。
「ああ、それでいいよう。……シンジツノカガミよ! 宿りて、少女を神具と化せ!」
圧倒的な魔力が私の中に流れ込んでくる。そのとんでもない勢いで右手が嫌でも暴れだす。風が巻き起こり、私に何かした女のフードが外れた。
美人だったけど今はそんな事はどうでもいい。彼女は灰色の肌だった。噂には聞いた事がある。
「棺の……魔王……!?」
「ごめいとーう!」
魔王とは基本的には人間の女性の姿をした、それでいて人外の力を持った八体の存在。不定期に封印から解放されては好きに暴れ、人間は魔王が復活した時代を封印術で魔王を封印する事で乗り切る。
棺の魔王はその中でもアンデッドを操るという話だが、なぜ私にこんな事を。まさか私もアンデッドにされるんじゃ!?
右手がおかしいなんてものじゃない。体全体に熱と力が暴れて今にも爆発しそう!
「そいつはねえ、封印されている間に神界からかっぱらってきたシンジツノカガミってシロモノさ。暴く事に特化した神の連中の作ったちょっとした道具だが、神のアイテムなんて人間が持ったらどんなしょうもないものでもとんでもない事になるわけだねえ」
それを持つどころがその身で飲み込んでしまったら……と続けてひひひと笑った。
「なん、で。こんなことを……」
「制御の天才と圧倒的な魔力の奔流。ぜひ見てみたくてねえ。誰にこのシンジツノカガミを宿してやるか迷ったが、あんたの噂を聞いてこりゃ見てみないとって思ったのさ。喜びなあ? 人間界でも神界からの供給があるからシンジツノカガミは無限の魔力を持つ。加えて人間の体じゃカガミは受け止めきれないから身体はカガミ同様に神の道具、つまり朽ちる事のないものに作り変えられていく。つまり不老不死さ」
そんなのいらない! たすけて!
「でもねえ、もちろん問題もある。そもそも魔力を制御できないんじゃ魔力の塊となったあんたは魔力の暴走、爆発を繰り返す。それも大規模なものをねえ。なんて迷惑な女なんだか。責任重大だよう」
それじゃこの王都が爆発しちゃう! 制御しないなんて選択肢は無いんだ……!
「しかし私は思う。一方的に与えておいて、後のことは全部おまかせなんてのはフェアじゃない。フェアじゃないというのはとてもいけない事だと私は思うんだよねえ」
何言ってるのかよく分からない……! 私には余裕が無いんだ! 身体の熱と暴風がどんどん酷くなって、流れてくる魔力に耐え切れない!
「だから私は専門家として教えてやろう。その力はねえ。魂で受け止めるんだ。魂を削られる覚悟で神具化を受け止めながら、魔力のコントロールをする。アドバイスはこのくらいかねえ」
抽象的すぎて分からない! これ教える気ないやつ!
「うーん、分かってないって顔だねえ。じゃあ試しに一回やってみようか。……おいで」
「シール様。お客様でございます」
うちの……メイド……?
「魂回収」
光の玉がふよふよと棺の魔王の手の中に吸い込まれていく。そしてそれを私の右手に押し付けた。ふっと体が楽になる。
そうすればどんどん供給されてくる魔力を動かす余裕も出てくるというものだ。
けれど、今のメイドはその場に倒れてしまった……。
「今、あんたの代わりに他の人間の魂が犠牲になってくれた。この間にどうやって制御するか、やってみるんだねえ」
これ、間違いなくあのメイドさんがやばいやつだ。手の甲で魂らしき光がみるみるうちに削られていっている。
どうすればいい。どうすればいい!?
今のうちになんとかしろと言われてもなにも思いつかないでいると。激痛が走った。
「ああ、一人分の魂を使い切ってしまったねえ。そして今はあんた自身の魂がきちんと神具化を受け止めているようだ」
無理無理無理無理! こんなの耐え切れない! こんな激痛の中、魔力を操り切れないととんでもない爆発事故が起こっちゃうの!? 無限の魔力による魔力爆弾となった私が引き起こすの!?
「でも安心しなあ」
そう言うと、地面から棺桶がせり上がってきた。
「魂の代わりはまだまだあるからねえ」
そう言うと棺は開き、中から無数の光の球がふわふわと浮かんできて、棺の魔王の周囲をまわる。
「さあ頑張りな。この浮かんでる魂の数まではあんたを支援してやるさあ」
激しい痛みの中でこれは遊びなんだな。とふと気が付いてしまった。魔王というのは人間の敵で、とんでもない悪なんだと教わったけれど。これは確かにそうだ。
私の中の冷静な部分が、流れてくる魔力に対する対抗策を思いつく。だがこう痛みが酷くてはどうしようもない。
「さあ二人目の魂だ。頑張るんだよお」
そう言って押し付けられた魂が、私の痛みを抑えてくれる。ならばどうにかなるはずだ。この魔力の送られてくる先を辿って、同じだけの魔力を返せばいいんだ。
神界から供給されてると聞いたけれどそれがどこかは分からない。だから一度、流れを遡って神界を探す。
そうしているうちに手の甲に押し付けられた魂が一つ二つと消滅していく。焦りは当然あるし、痛みが引いていると魂がなくなったという事は魂の持ち主は死んだんだろうなと考えてしまう。棺の魔王はアンデッドを操ると聞いていたけれど、魂の冒涜者でもあるんだ。
そんな事を考えながら無限に送られてくる魔力をそのまま使って探知の範囲を広げていく。明らかな壁のようなものが途中にあったが、それも使えば使うほど流れてくる魔力の力業でどうにかする。
「見つけた。神界へのライン」
あとはここまで魔力を送ればいいだけだ。
しかし、そうこうしてる内に魂の数も半分ほどに減っているようだ。
「循環させる手法を取るのか、大したもんだねえ。さて、言っておかないのはフェアじゃないから教えてやろうかね。この中にね、あんたの父親と母親の魂もあるんだよう」
え?
「使い切られた魂は死後の世界、つまり天界へ行くことも出来ない完全消滅だ。転生したりあの世で過ごしたりなんかも出来なくなるねえ」
急がないとねえと笑う棺の魔王は本当に楽しそうだった。いやだ。お父様とお母様の魂なんて使いたくない。
「ただこちらも専門家だからね。どれがあんたの親の魂かは分かるよ。だから使うのは最後にしてやるさ」
そういう事なら話は早い。伊達に魔力のコントロールが優れているなんて言ってる訳じゃない。天界まで魔力を通してみせる。
「……成功した」
魔力が溢れ出ようとしてこない。魔力の循環は完璧だ。これでお父様とお母様は助かる。
「いやよかったねえ。これで魔力爆発はしなくなった、……じゃ、後は魂使って神具化を止めるだけだねえ」
「嘘。これで終わりじゃないの?」
「魔力の暴走と神具化は別問題だねえ」
「あの痛いのに耐えないと駄目なの?」
「耐える必要なんかないさ」
残った魂を使えばね。と魔王は言った。
「嫌……使わない。お母様とお父様の魂なんて絶対に使わない!」
「そうだねえ。あんたの魂だけで耐え切れそうなら残りの魂は使わないでやるよう」
そう言って、削れた魂が私の手の甲から離れると身体中に激痛が走る。
「こ、れ……耐え切れないとどうなるの……?」
「あんたがシンジツノカガミの一部になるだけさあ」
「じゃ、じゃあ……私が耐え切れないだけ、なら……魂使わないで……」
「それは嫌だねえ」
なぜ、と一言問うのも辛い。
「勇者がね、来ないんだよう」
激しい痛みのなかで、魔王は意味の分からない事を言い出した。
「勇者が倒しにこないなら、勇者並の、強いやつを作り出してそいつと遊びたくてねえ。それと永遠に戦えるなら最高だ。そんなやつを生み出したくてやってみたのさあ」
白羽の矢が立ったのが私だったのか。そんなのあまりにも不幸すぎる。
「魂の消耗が激しくなってきたねえ。減りすぎると精神面に影響をきたすし、残りの魂も使ってしまおうかねえ」
「い、や……!」
私が痛む身体に鞭を入れて、部屋を出ていこうとすると、倒れていたメイドが起き上がり、抱き着いてきた。
「ちょっ、と……! 離し、て……!」
「無駄だねえ。魂の抜けた肉体なんだ。棺の魔王に操れない道理がないね。……さあて、魂は残り六つだ。それまでに神具化を安定させられるかねえ」
メイドに抱き着かれた私に、魔王が魂を持って近寄ってくる。
私の叫びが屋敷に木霊した。