(7)
「ちょっと待った!」
両雄をつなぐ直線上に、新たに二人の人物が立ちはだかった。少女を守るように庇い、財部を見上げている。一人はヘルメットを被って男子の制服を着ており、もう一人は馬の頭を被って女子の制服を着ていた。どうやら蛍子に助太刀するつもりらしい。
「何者だ!?」
闖入者にフラワーリンリンはというと、内心で結構ノリノリであった。
ヘルメットの男がそれに応じ、腕をL字に曲げて格好良いポーズをとる。
「正義の味方!トリプルレッド!推参!」
何なのその格好良い名前、とリンリンが目を輝かせる。近所の激辛ラーメンのオプションじゃねえか、とジャスティスミンティが隣で呆れた。辛さダブルレッドで二日間舌が麻痺し、トリプルとなると五感を喪失するともっぱらの噂である。
「そしてこいつは愛馬のカズホースだ!」
ヒヒーン、と馬頭が気持ちだけの声量で力なくいななく。
「フラワーリンリン!県境を守る使徒として、貴様の暴虐許すわけにはいかん!」
「橋の爆破が暴虐!?あれは山の心よ!お花さんたちを助けるためにああするしかなかったの!」
「黙れ!法律を学べ!」
どうしたものか、とリンリンは考えた。蛍子だけを相手にするつもりだったのに、謎の助っ人が二人も現れてしまうとは想定外だ。しかも制服からして教え子たちだ。できるだけ人を巻き込まずにことを済ませたかったというのに。
「おせっかいどうも」
蛍子が嘘臭い笑顔を顔に張り付かせ、味方二人を掻き分けて、再び前へ歩み出た。レッドとホースは少女の蛮勇に戸惑ったが、ジャスティスミンティこと桐ヶ谷茉莉花は「蛍子は目立てず腹を立てているのだ」ということを一人理解していた。
坂東蛍子は立ち止まらずに歩き、車中から顔を出した子供がかけていた、その赤青レンズの3Dメガネを奪い、躊躇なく装着すると車の上に飛び乗った。ボンネットで腕を組み、高らかに声を張る。
「トリプルレッドと馬!貴方たちの出番はないわ!」
少女が中国拳法のような演舞を舞う。周囲の観客がその奇行を息をのんで見守った。
「何故なら私は正義の三次元ヒロイン!3DレDだからね!私に逆らう奴は死ぬ!だから悪も当然死ぬのだ!はは!」
スリーディレディが魔法少女たちを指差し、高笑いした。
「いやいや」とミンティが零す。「なんでこっちのフィールドに乗ってくるんだよこいつら。恥ずかしがってる私がおかしいのか?」
「む、その声、やはり桐ヶ谷か」
ヘルメット男のレッドがバイザー女のミントを指差して言った。
「は、はぁ!?誰だよそりゃあ、お前、私はどう見てもジャスティスなんたらだろうが」
「ああ!ジャスティスミンティというのはジャスミンからとったのか!なるほど!」
「声がでけぇ!お前ちょっと黙れ!つうかそのすっとぼけ方、松任谷か!」
「そうだ!桐ヶ谷!お前いったい何やってるんだ!」
「ば、てめぇわざとだろコラ!つうか桐ヶ谷って誰だっつってんだろうがよオラ!」
「落ち着け!桐ヶ谷茉莉花!」
「おま、ほん、ぶっ殺す!」
ジャスティスミンティがトラックから飛び降り、そのままレッドに向かって一直線に駆けた。二秒で距離を詰めると鋭い拳を続けざまに放つ。レッドがそれを全て躱し、バック転で距離を取る。
見守っていた子供の一人が、バック転に歓喜して飛び跳ねた。子供の親はハッとした。
ミンティの鮮やかな回し蹴り、投げ飛ばされても危なげなく受け身をとって立ち上がるレッド。立ち上る砂煙と、バイザーを反射する太陽光。車と車の合間を縫い、ボンネットを飛び越え、転がっていたバイクを起こして乗り回す二人の戦いは、ヒーローショーを見に来た群衆たちの感情を徐々に一つの方向、共通の当初の要請へと導いていく。
群衆が観衆へと変わり始めている。
「魔法瓶を渡しなさい」
変化は主役たちにも影響を与えた。周囲が熱を帯び始めるのを感じ、財部花梨は益々魔法少女になっていき、興が乗っていった。非現実的な自分の行動が肯定され始めた不思議な状況に高揚を抑えきれない。
「フン、やっぱりそれが敗北条件なのね、この夢」
坂東蛍子が車上の大人魔法少女に返答する。財部は蛍子が自分と同じような高揚を抱えていることに勘付いていた。自分が対峙する相手もまた自分たちの行いを肯定している。クリスマスの朝のようにはしゃぎ、プレゼントの包み紙を今にも暴力的に剥ぎ取ろうとしている。
今この場では誰も魔法の話をしても笑わない。
なんて素敵なんだろう。
3DレDは3Dメガネをくいっと右手で弄ると、左手で魔法瓶を背中側に回し、華麗に一回転してとっておきの決め台詞を言った。
「勝つのはいつだって私一人!たった独りよ!」
子供達の歓声が上がる。
「良いでしょう。どっちが勝者か、決着をつけましょう」