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この回から財部花梨という人物が唐突に登場します。元々、この話がボツになった当時の原案では、三巻一話中にも財部の出番がそれなりにあって、伏線が張られてから本二話に入っていたのですが、その辺も最終的にすべてカットしましたし、この『魔法少女編』から読み始めたらなおのこと訳のわからない存在だと思います。
ただこの人物が実は今回の中心となる人物なので、どういう人物なのか、事前に知っていただく必要があります。お読みになる前に、ぜひ過去に投稿した以下の拙作二作に目を通していただけるとありがたいです。
(この二作も、本投稿のために急遽書き上げたものでした。本当ならあと二作くらい書いて補強するべきところなのですがご容赦を)
坂東蛍子、魔法の杖を振る→https://ncode.syosetu.com/n5950dd/
坂東蛍子、卵を割る→https://ncode.syosetu.com/n2271dh/
財部花梨は科学教師であり、同時に魔法少女である。五歳の春にテレビの中で空飛ぶ少女を見た時から、彼女はいつだって魔法少女だった。公園に行ったら賢者の石を探して砂場を掘ったし、学校でテストを受けているときはサイコロ鉛筆の出目に魔法を垣間見た。同い年の女の子がお菓子の家や輝くドレスに憧れるように、少女は魔法の覚醒を待ち焦がれた。少女は世界が魔法で出来ていると信じていた。
しかし魔法の力は目覚めなかった。
そこで彼女は、自分で魔法を作ることにした。学生時代は科学に熱中して、魔法の手がかりを一生懸命探した。大きな図書館に行って錬金術の文献も漁り、幾つかは実際に試した。街角で面白そうなアンティークを見つけると、片っ端から手に入れて調べた。いつか踏み込む魔法世界にすんなり馴染めるよう生活を分割し、あくまで表では“角の立たない好人物”を演じ続けながら、密かに世界に革命を起こす魔道の始祖になろうと努力した。
それでも魔法は作れなかった。
こうして心だけいつまでも魔法少女のまま、彼女は大人になってしまった。彼女が習得出来たのは「世を忍ぶ仮の姿」だけであった。
高いところに登ると、今なら空を自由に飛べるかもしれないと下を見下ろすことがあった。しかし財部は今日まで一度もそこから飛び出さなかった。その度に、もしかしたらあの時飛んでいれば魔法に目覚めたかもしれないのに、と後悔した。次こそは絶対飛ぼう、と決意をする日もあった。しかしどうしてもそれが出来なかった。自分が空を飛ぶことが出来ない普通の人間だということを、本当は誰よりも自覚していたからかもしれない。
ここのところ、財部花梨は校長室にあったとあるアンティークオルゴールに魔力の痕跡がないか執心し、研究を重ねていたが、先日それを不注意で紛失してしまった。その喪失感が起爆剤になったのだろうか。財部は唐突に自分の人生の手触りを確かめ、その歪さに絶望した。過去を振り返り、ふと、「大切な物を見つけられなかったんだな」と気づいてしまったのである。私は私の人生で一番大切な物を、ついぞ見つけ出す事が出来なかった。私の人生はもう過ぎ去ってしまったのだ。そう理解し、真っ暗な部屋で立ち尽くした。
何度でもやり直せる、と人は言う。それは見つかる余地のあった人間の言い分だ。初めから見つかる余地のない捜し物をし続けた人間は、その人生で何かを見つける方法を学ばず生きることになるのだ。見つけ方を知らないのに、何かを見つけられるわけはないのである。だから自分はこれからも、この魔法のような人生を無為に過ごしていくしかない。財部はそう思った。私はもう最後まで魔法のように幻であることしか出来ない。
バベルの家電量販店を通りかかった時、店の前にいた蛍子の口から魔法の言葉を聞いたのは、ちょうどそんな折だった。正確には「魔法」という単語を聞いたのだが、どちらにせよ確かなのは、財部がその言葉を蔑ろにすることなど出来ないということだった。何故なら魔法は財部花梨の人生そのものだからだ。
財部はその日、夢中で蛍子を追いかけ回した。必死でその言葉の真相を確かめようとした。その全身全霊の追走をもってして、自分の人生に踏ん切りをつけようとしていた。
魔法という言葉ごと、誰かに自分を全否定される結末というのを期待したのだ。あの稀代の寵児・坂東蛍子が提示する魔法ですら偽物なら、私の理想の正体は今度こそ偽物と証明されて、そしたらきっと今度こそ、この身を覆う「魔法少女」という呪いと決別できる。そう思った。
そして辿り着いた最上階で、彼女はとんでもない光景を目にする。
フロアを覆い尽くすほどの爆炎。それを残らず吸い込む小さな瓶。
『魔法だ・・・』
魔法だった。そこには確かに魔法があった。
投稿が予定日から大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
それにしても今回の展開の切り返しは唐突で、何とかするべきだろうと過去の自分に言いたいです。少なくともプロローグは財部視点にするべきでした。魔法がテーマなのに、その言葉が中盤終えてようやく初出ですし。まあそういう反省ができるようになるくらいには、作家として成長できたのだな、とプラスに考えることにします。
ここから物語は一気に終わりに向かって加速していきます。