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畦道に揺られるバスの席で、流律子は生徒会の案件にとりかかり始めた。バス内では今にもお菓子パーティが開催されんとしていたが、お堅いイメージが定着している律子が強引に巻き込まれるような事態にはならなかった。こういう時、普段の行いというのは如実に結果を示してくれる。だから律子は努力や積み重ねといったことが好きなのだ。それでも少しだけ「断った級友に申し訳なかったな」などとよぎったのは、ここ最近できた友人の影響による、心境変化の顕れと言えるかもしれない。
(心境の変化か)
律子は窓の外を眺め、前を走る二年B組のバスと、それに乗る坂東蛍子のことを思った。今日の蛍子は明らかに様子がおかしかった。「外見」もそうだが、根本にある気風も異なっているように思えた。少なくとも数日前まで絶好調だったあの面影は綺麗さっぱりなくなっていた。
(いったいどうしたっていうのよ、蛍子)
彼女の変化は、きっとバベルの事件にその原因があるように思えた。あの場で何かがあったのだ。律子は窓に映った自分の顔を睨んだ。あの場に居なかった自分の顔をだ。友人に大変な何かがあったであろうあの日、私は新品のイヤホンが絡まっていたことにイライラし、メーカーに原稿用紙20枚分の意見陳述メールを送っていた。
「あ、ごめん流さん、私たち、うるさかったかな・・・」
窓に跳ね返る険しい顔を見て、隣席の級友が勘違いしてしまったらしい。
「大丈夫、眠気を堪えていただけ。自由に交遊して頂戴」
いけない。思いの外気取った言い方になってしまった。バスに教師が同乗していないから、ついその代わりとなるような背伸びをしてしまう。
本来ならばこのC組のバスには、科学教師・財部花梨が乗っているはずだった。しかし教師の姿はない。漏れ聞くところによると、どうやら無断で仕事を休んでいるらしかった。
財部は品行方正の美人教師として校内でも評判の人だ。そんな人物が無断欠勤などするものだろうか。律子はここに、今日蛍子が不自然であることと同じくらいの引っ掛かりを感じていた。
いや、何も引っ掛かりはそれだけに留まらない。そもそもの話、律子は財部花梨を構成するその「完璧さ」自体に、もう不自然さをつのらせていた。彼女は以前、友人となる前の坂東蛍子に完全性を見出し、焦がれ、挑戦し、接近し、結果として裏に隠れていた幼さを目の当たりにしたことで、完璧な人間などいないということを知った。そんなものは虚構だという真実を誰よりも痛感したのだ。その痛感の果てに観測した財部花梨という人物は、やはりどこか嘘くさかった。
おそらく財部にも裏の顔というものはあるに違いない。今日休んでいるのも、その顔が理由かもしれない。
「ごめん流さん、カラオケに盆踊りのチョイスはなかったよね」
正面の席で、浴衣のクラスメイトが謝罪を入れた。今度は前を向いたまま眉間にシワを寄せてしまっていたようだ。
「そんなことないわ。素敵な伝統芸能だったんじゃないかしら」
流律子は張り詰めた緊張を解し、改めて窓の外を見た。ガードレールが窓枠と重なっていることに気づいて、バスが山中に分け入っていることを知る。いつの間にか随分移動していたみたいだ。律子は道の先に続く尾根を見る。都市部に住んでいると、世界が実はこんなにデコボコしているってこと、つい忘れてしまう。
考えこむのはもうよそう、と律子は思った。
私らしくない。私はいつだって行動で目標を掴み取ってきた人間じゃないか。それなのに友人相手となると、途端に臆病風に吹かれる。「心境の変化」がつい顕れて、踏み込みが甘くなってしまうのだ。
彼女はスマホを取り出すと、もうひとりの友人であるましろへとメールを打った。蛍子のクラスメイトでもある彼女を通して、蛍子からバベルでの話を訊き出せないかと考えたのだ。
当日に撮られた写真があるだけでもだいぶ違う。蛍子は顔に出やすいから、彼女への違和感の正体も見つけられるかもしれない。
流律子は坂東蛍子のアドレスを知らない。明日にでも勇気を出して訊くつもりだ。
この投稿は元旦投稿分になります。あけましておめでとうございます。
このパートは書きかけのような状態になっていたので、また結構な加筆をしました。
こうして今見ると、1パートが非常に短いですね。当時の自分のリズム感は独特だったんだなと妙な再発見をさせられます。