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(9)

 川内和馬は宙を舞う坂東蛍子を呆然と眺めていた。

 戦う蛍子はまったくもって楽しそうである。バスの中での陰鬱とした表情が嘘のようだ。財部先生の繰り出す(フラワーリンリンと名乗っているあの女はどう見ても財部先生だ)箍の外れた兵器に初めは心配していたけど、全部杞憂だったな、と肩の力を抜いた。

「ねぇねぇ、カズホース」

 顔を下げると、彼はいつの間にか子供達に取り囲まれていた。暴れ回る四人の少年少女は停滞した大渋滞の国道を縦横無尽に駆け回り、和馬が佇んでいた舞台の中心地はいつの間にか戦闘から距離のある安全地帯へと変わっていた。

「カズホースは何してるの?」

 刈上げの少年が純真な目で馬頭に問いかける。他の子供も興味津々のようであった。夢を壊さないように、スカート姿の和馬が裏声で急遽設定をでっち上げた。

「おれ、私はね、大地から溢れる生命エネルギーを操り二人にパワーを送ってるんだよ」

「地味じゃね?」と少年が神秘主義を顔で表現する。「弱そう」と少女が食生活の偏りを顔で表現した。皆に変な顔をされてカズホースはちょっと腹を立てた。

「何を言う、例えばアスファルトから顔を出してるあの花だがな、あの花はさっきまでなかったろう。なかったんだよ、さっきまでな。それがなんであそこにあると思う?」

 和馬が言葉を切り、子供達は静寂する。

「私が咲かせたからだ」

「す、すげぇ・・・」

「カズホース、すげぇな・・・」

「カズホース、LINE交換しようぜ」

 川内和馬は子供達をあやすのが得意な男子高校生である。まだ小さな弟と妹を毎日家でかまってやっているからだ。そんな家族思いの平凡な学生が、いったい何故馬の頭を被り、女子の制服を来て、国道の真ん中で仁王立ちしているのか。ことの起こりは、先日友人である松任谷理一に連れられて同級生の桐ヶ谷茉莉花の家を訪問したことにある。


 全く訳の分からない呼び出しに応じた和馬は、何の事情説明もないままに理一に導かれ、そのまま茉莉花の部屋へと通された。和馬は女子の部屋に入ったことがなかったため緊張していたが、理一の話を聞いてそれどころではなくなってしまった。

 悪友が語ったのは、坂東蛍子が爆破事故に巻き込まれたという話だった。幸い蛍子は無傷であったとのことだが、そう聞かされても安心出来ないのが恋というものである。既に放心しかけている和馬のために理一は話題の要点だけを絞って話し直した。理一の立場と、警察の追う望月嗚呼夜という人間について、簡潔に語った上で本題に入る。

 公式には事故とされている爆発だが、渦中に居た理一曰く、あれは入夏今朝という警察機関に雇われているハッカーの仕業で間違いないとのことだった。嗚呼夜を狙ったのか蛍子を狙ったのかは定かではないが、あれは確実に意図して起こした殺人未遂だった。その犯罪者が警察での地位を保ったまま、今度は林間学校に乗り込もうとしているらしい。そう理一は苦々しい顔で語る。どうやら入夏は学校側から欠席が許されている茉莉花と接触し、彼女の代わりにバスに同乗するつもりのようだ。直に入夏は茉莉花の下を訪れるだろう。その前に先手を打って、入夏今朝の計画を出し抜いてやりたい。

「そのために二人の力を貸して欲しい」

「・・・話は分かったけど、でもさ」

 川内和馬が手を挙げる。

「俺は何で呼ばれたの?桐ヶ谷さんに話を通すってのは分かるけど、俺関係ないだろ」

 つうかお前誰だよ、と茉莉花が寝起きの頭を掻いた。

「いや、大いに関係ある。それどころか、この作戦の要と言っても過言ではない」

 理一の真剣な表情に、和馬はとりあえず黙った。

「しかし和馬の質問に答える前に、先に今回の出し抜き計画の概要を説明しようと思う」

 要約すると、入夏が乗り込むことになる茉莉花の席に先客を配置し、乗り込めなくしてしまおうという至って単純な計画だった。入夏という人物は顔を隠す習性があるらしく、当日も被り物をしてくることは間違いないから、入れ替わりは容易いというのだ。

「いや怪しまれんだろ普通」

「格好については学校やバス関係者には事前に警察側から連絡が行くんだ。嗚呼夜は生徒と目されているわけだし、何ら問題はないさ。桐ヶ谷が変な目で見られるというだけの話だ」

「私は大いに問題にしてえけどな」

 色々文句を言いながらも茉莉花は断るつもりはないようだった。この頃には和馬は自分の与えられる役割を薄々理解していた。

「というわけで桐ヶ谷、制服を貸してくれ」

「あァん?・・・別に良いけど、お前が着るとか言うなよ。なんかヤだ」

「安心しろ、俺じゃない。この男だ」

 女に間違われ痴漢にあったという俺のトラウマを知っていてこの男はこういうことを言うんだ。

 その日から川内和馬は女装については諦めていた。馬の被り物をして他クラスのバスに一番に乗り込み、茉莉花の席を堅守し、気まずい道中をやり過ごすことも承諾した。しかしカズホースまでは聞いていないぞ、と車上を飛び回る理一を睨んだ。

(とりあえず、女装だけはもう二度としないからな。スースーするんだよ、下が)

 カズホースは馬の鼻から息を吹き出した。この女装が一度目に過ぎないということを、まだ普通の男子高校生である彼は知る由もない。



これはシリーズ通してですが、茉莉花と理一の絡みはけっこう気を使って書いてます。作中の四ヶ月を通して、微妙に関係が変化し続けているように読めるかと思います。

次回更新は16日です。


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