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第06話 マイ・ネーム・イズ・シャンハイ・ジョー






 チャカルとやらの一員となった私は、アラマともどもその兵営とやらに連れて行かれることとなった。

 兵営は王宮のすぐ傍らにあり、案内人はやはりイーディスだ。

 彼女自身が名乗っていたことだが、イーディスはチャカルとやらの部隊長の一人であるらしい。


『チャカルの兵営は、王宮の丘の麓にある。丘を囲む城壁には一箇所、瘤みたいに突き出た部分があってな、その裏側だ』


 王の親衛隊が控える場所だけあって、大して時間もかけずに目的地へとたどり着いた。

 丸太を並べて拵えた安普請の城門が私達を出迎える。

 最初に出くわした番兵も、王宮にいたいかにも正規兵な連中とはまるで違っていた。

 ちょうど地面に立てれば男の胸元ぐらいの丈を持った、太い木の棒を肩に負い、何やら噛みタバコらしきものをクチャクチャとやっている。ただ私とアラマを胡乱な眼で見るだけで、返事もしない。失礼な野郎だが、諸肌脱ぎにした上半身は入れ墨だらけで、どう見ても無法者上がりだ。礼儀作法など望むべくもない。

 黙って通るイーディスに続いて、私達は意に介さず城壁の内側へと入り込んだ。


「へぇ……」


 手近な木の柵にサンダラーを繋ぎながら、辺りを見渡す私の口からは感嘆の声が漏れていた。

 アラマの説明を聞く限り、イーディスの属する「チャカル」なる連中は傭兵部隊だった。

 傭兵部隊などと言えば聞こえは良いが、早い話が流れ者に無法者を金で掻き集めた連中だ。そんな連中のための宿舎など、馬小屋か掘っ立て小屋であるのが普通だ。

 所がどっこい、目の前に広がっている宿舎の数々は、どれも煉瓦仕立ての頑丈そうな作りで、屋根も瓦で葺いてあるではないか。下手すれば、一日50セントの手間賃でこき使われるヤンキーどもの正規軍よりも、余程いい場所を与えられている。門の安普請は、あるいは訪れる不埒者を油断させる仕掛けなのかもしれない。


『折角だから、見ていくと良い。ちょうど、面白い見世物をやっている』


 イーディスが手招きするのについていけば、細長い宿舎が並ぶ中を通り抜けて広場へと出た。

 柵で囲われ、土がむき出しの広場は、軽く馬でも乗り回せそうな程度の大きさで、今はそこに男共がひしめいている。

 背丈、体格、肌の色は様々で、さらには蜥蜴のような頭や、犬のような面相まで見えた。まるで『人種』の博覧会だが、全ての面に共通しているのは、不敵で、無骨で、無法者めいているということだった。

 コイツラは新たにやって来た私やアラマ、そしてイーディスに眼を向けることもなく、広場の中央へと熱い視線を送っていた。その異様な熱さは博打打ち特有のものだが、にも関わらず野次ひとつなく静かに座っているのは、却って不気味であった。

 

 広場の真ん中では、ふたりの男が対峙していた。


 一方は筋骨隆々で、背の丈は7フィート(2メートル強)はあろうかという大男である。

 金髪碧眼。髭も髪も伸び放題で、特に髪はまるで山嵐のようになっている。

 上半身は裸で、下には分厚い生地のズボンが一枚で裸足だった。

 体は切り傷だらけで、消えかけの古いものからまだ目新しいものまでと様々だ。

 面相もグリズリーめいていて人というより獣に近い。

 手には恐ろしく大きな段平風の木剣を両手で構えている。

 まるで御伽噺の中の騎士のような得物だった。

 

 相対しているのは、大男と対称をなすような小男であった。

 身長は私よりも頭一つ分ほど小さい。

 黄色い肌をした、黒髪黒眼の姿は、サンフランシスコで見た清國人によく似ている。

 しかし彼らとは違ってあの妙な頭頂部以外を剃り上げた三つ編み髪とは違って、蓬髪の一部を赤い縄紐で結ってはいるものの、束ねきれずにザンバラ髪が左右に垂れている。

 一方で口ひげはそれなりに整えられ、立った鼻筋と切れ長の目もあって中々の色男だ。

 身にまとうのは紺色のゆったりとした衣に、やはり緩やかな白のズボン、足首できゅっと絞って、簡素な黒靴を履いている。

 手にしているのはキレイに磨き上げられた白木の棒で、男の身の丈ほどの長さがあった。


『……』

『……』


 大男は大木剣を真っ直ぐに構え、小男は棒を小脇に抱えるような形で右手にだらりと下げている。

 大男はやや腰を落とし重心を低く取って、小男は背筋を伸ばしまっすぐの体勢だ。

 ガタイの大きさに得物にとだけでなく、その構えそのものが月と太陽ぐらいに正反対なのである。

 成る程、確かにこいつは面白そうな取り組みだ。


『大剣使いのほうがリトヴァのロンジヌス、棒使いのほうがセリカンのグラダッソだ』


 イーディスが私たち二人に告げた。

 私がアラマの方に視線を送れば、彼女はやはり喜々として解説をぶつ。


『リトヴァは西北の果て、冬になれば氷に閉ざされる海の国で、その住人は金髪碧眼、天をつくような高い背を持つと言います。ちょうど、あの方のように』


 アラマの物言いに、私は北欧出身の連中を思い出した。

 大西洋を越えて渡ってくる数は少ないが、連中は大男と相場が決まっている。


『セリカンは逆に東の極、絹の産する国だと言われていますです。甚だ遠い国なので、レギスタンの地に至るセリカン人の数は多くありません。恥ずかしながら、私も本物を見るのは初めてなんです!』


 絹の国といえば、清國も絹と茶の国だった。

 まぁそのどちらも私には縁が薄く、清國人は鉄道工事で働く苦力か、洗濯屋をやっている連中しか知らない。

 だが今眼にしている小男は、私の知っている連中よりも品が幾分良いように見えた。


「……で、今から始まるのは果し合いか何かか?」

『生憎だが違う。単なる稽古だ。だが稽古以上の稽古だが』

「じゃあ、やはり博打か」

『こういう趣向は我らの大好物でね』


 イーディスが左の緑の瞳で私を見た。言外に、どっちに賭けると問うている。

 私は思案した。

 普通に考えれば体格の遥かに大きなロンジヌスとやらに賭ける所だが、そんな当たり前が通用するなら博打にはならない。あの体の大きさを覆し得る何かが、清國人風の小男にはあるということだ。


「俺はグラダッソとかいう野郎に1ドル張る」


 イーディスは面白い、といった調子にニヤニヤと笑う。


『私もなんだ。これじゃあ賭けにはならないな』


 やはりあのグラダッソなる小男には何かがあるらしい。

 興味惹かれた私は少々真面目に試合を見守ることにした。

 そうこう言っている間に、誰かが鐘のようなものを叩いて合図を告げる。


『……』

『……』


 しかし大男と小男は睨み合ったままでどちらも動く気配はない。

 ……いや、違う。どちらも僅かではあるが足を滑らせてじわじわと躙り寄っていて、互いの間合いは着実に狭まっている。

 静かに、逆向きに円を描くように両者の距離は縮まっていって、ある地点でふたり同時に静止した。

 得物の長さで言えば小男の棒きれのほうが上だろう。しかし大男の腕は長く、その段平の切っ先の間合いは見た目以上に長い。互いにそれがわかっているのだ。これ以上、指一本分前に進んでも相手の間合いの内側に入ってしまうと。


『――うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!』


 先に仕掛けたのは大男の方だった。

 跳ぶように右足で一歩踏み出せば、それに合わせての突きの一閃。

 唸りあげて走る木製の切っ先を、小男は半歩後退するだけで避けてみせる。

 しかし大男は今度は左足で踏み込んでもう一突き。僅かに上下にスナップをきかせた唸るような突きにも、グラダッソは動じずにさらに半歩後退。突きを跳ね除けるべく右手を僅かに動かすも、今度はロンジヌスのほうがパッと跳び退いた。両者の間合いは再び、互いの得物の外になる。

 だが、今度の睨み合いは僅かな間に過ぎなかった。

 ロンジヌスは一転、構えを細かく変え始めた。肩に担ぐように木剣を持ったかたと思えば切っ先をだらりと下げたり、くるくると回してみせたりする。誘導と陽動だが、グラダッソは石像のように動かない。

 私はジャクソン将軍を思い出す。石壁ストーンウォールのように、グラダッソは動かない。

 ロンジヌスは再度、木剣を担ぐような仕草をして見せた。瞬間、清國人風の小男は初めて自ら動く。

 繰り出したのは踏み込みに合わせての片手突きで、さして珍しい手ではない。しかしグラダッソは得物が棒であることを最大限に活かし、手の内でそれを滑らせて見せたのだ。たちまち棒は大剣へと変じた。並の相手ならばこの一撃だけで倒せただろう。

 ロンジヌスは違った。開けたと喉首の隙は見せかけだ。力の込めにくい片手突きを、こちらも右手首を回すだけの横薙ぎで払ってみせる。同じ片手技ならば力の大きなロンジヌスが勝る。グラダッソは突きを払われて体勢が崩れる。


『しゃぁぁっ!』


 野獣のような笑みを浮かべると、ロンジヌスは段平をすかさず両手に構えて左下へと斜めに斬り下げる。

 グラダッソは崩れた体勢を、崩れた勢いを逆に利用し転ぶように立て直せば、その間にも右手のうちを棒は滑ってその半ば辺りへと拳の位置が変わっている。左手で棒の端を握れば、襲いかかる段平の一撃を上から受け止める。パカァンと木同士のぶつかり合う小気味よい音が鳴り響く。

 意外なことに、グラダッソの受けにロンジヌスの木剣の刃は跳ね返された。ロンジヌスはすかさず刃を翻して逆方向から襲いかかる。狙いはグラダッソの右手だが、これは両拳を自分のほうへ引き寄せたグラダッソの棒へと当たる。グラダッソは刃を押し返すと同時に棒の先で円を描けば、ロンジヌスの木剣の先を絡め取る。


『くおっ!』


 鬱陶しいとばかりにロンジヌスは木剣を跳ね上げ、絡みつく棒を払いのける。

 払いのけられると同時に、グラダッソは棒から右手を離した。左片手、大剣のように握られた棒の先は弧を描くとロンジヌスの脇腹へと叩きつけられる――寸前で止まった。

 勝負ありだ。だが、ロンジヌスは納得できぬと見えて、怒声と共に真っ向大木剣を振り下ろす。

 グラダッソは避けるが、ロンジヌスの段平捌きも凄まじい。下ろされた切っ先は瞬時に跳ね上がり、股下から小男の体を斬り上げん勢いだった。

 グラダッソの体が、一瞬私達の視界より消える。


「は」

『え』


 私は目の前の光景に、呆れたような声を出し、アラマは呆気にとられて間抜けな声を漏らした。

 グラダッソはロンジヌスの跳ね上がる木剣身に足をのせると、跳ね上がる勢いで宙を舞ったかと思えば、一回転して再び木剣の刃の上に飛び乗ったのだ。

 まるで重みなどないのだとばかりに、羽毛のような身軽さで小男は大男の木剣の上に乗っていた。

 グラダッソは軽く棒を右片手で振るうと、ポンと軽くロンジヌスの頭頂に載っけた。


『……参った!』


 ロンジヌスは一転、豪放磊落に破顔一笑した。

 グラダッソは木の刃から降りると、ロンジヌスと空いた手同士で握手する。

 観衆達はある者は喜びに声を上げ、ある者は憤りに地面を蹴っていた。

 私も、アラマも、観衆たちとは違ってひたすら上の空の様子で、イーディスは私達の反応に対しニヤニヤと笑った。流石のアラマは、思い至ったものがあったらしく、驚きの去らぬ声で言った。


『セリカンは武芸の盛んな地で、他には見られぬ奇妙な技が伝わると聞きます。その中には、身を羽毛のように軽くするものもあるとか』


 アラマ自身与太話だと思っていたのだろうが、与太話と現実に出くわした為に、その声は上ずっていた。


虞蘭道宗グラダッソはセリカンの皇帝の近衛兵達に、その武芸を教える仕事をしていたそうだ』


 イーディスはさらりと言った。皇帝親衛隊の教官と言えば、並の人間ではない。

 だがしかし、そんな男がなぜこんな砂原のど真ん中の街へとやってきて、傭兵などやっているのか。

 倍ほどありそうな大男に勝ってもなお、すましたままの横顔からは、その答えは解らない。

 とにかく、ここは変わり者達の巣窟であるらしい。

 私も、ここならばすぐに馴染めるに違いない。

 そう思った。













『そうですか、まれびとはエーラーン人の側につきましたか』


 フラーヤは目の前の石板に指を這わせたまま、傍らの闇へと向けて独り言のように呟いた。

 彼女が話しかけた闇の中から、溶け出すように現れたのは、ポンチョのような外套を纏った黒人だった。庇の大きな黒帽子の下からのぞく剣呑な双眸は、白目が嫌に白く、逆に黒目は闇のように濃くて、その対照が実に不気味に見えた。


『いかがする』

『監視を続けなさい。それと、スピタメンにも一報を』


 フラーヤの指示を受けて、黒人は再び闇の中へと溶けるように消えた。

 彼女が今いる『文字の館』の隠し部屋は、壁にかけられた小さなオイルランプを除いて光源はなく、それも今にも消えてしまいそうで、小さな炎がゆらぐたびに夜のような闇がフッと降りてきていた。

 しかし、フラーヤは関することなく、石板を読み続けた。

 彼女の口から、刻まれた文字が、詩のように紡ぎ出される。


『其は時を越えるもの。其は生を超えるもの。其は死を超えるもの。其は理を超えるもの』


 いよいよランプの灯りが激しく瞬いた、油が尽きようとしている。


『陽は沈み、燈火は途絶え、夜が昇り、闇よいずる』


 不意に、辺りは真っ暗になった。

 完全な、全くの闇に全ては包まれた。

 フラーヤは意に介することなく、詩を紡ぎ続けた。


『汝呼び覚ませ、かのアリマニウスを。汝呼び覚ませ四界の王を。汝呼び覚ませ翼を持つものを。汝呼び覚ませ、黄金の獅子を。汝呼び覚ませ絡みつく蛇を。汝呼び覚ませ―― 』


 詩は続いた。

 闇の中で続いた。

 いつまでもいつまでも。



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