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第43話 マイ・ネーム・イズ・ノーバディ





 ――こんな夢を見た。


 想起されるのは、まだ戦争の真っ最中、まだ師匠も生きていた頃の話。

 北軍(ヤンキー)共との小競り合いで、脇腹に一発喰らった時の想い出。

 不幸中の幸い、弾は肉を抉ったのみで体内に鉛の欠片が残ることもなかったが、傷口が化膿した上に熱が出て、文字通り死ぬような思いをしたことがある。朦朧としながら馬の首にしがみつき、辛うじて部隊の最後尾に縋り付いていた。

 隊の連中の中からは、私を置いていくという選択肢も挙がったらしい。それも、かなり有力な選択肢としてだ。あの時は、師匠が全て俺が責任を持ってコイツを連れて行く、曳いてでも連れて行く、と断言してくれたが為に、私は命拾いをした訳だ。正直、師匠には感謝してもしきれない程の恩がある。随分前に、彼は先に逝ってしまったから、返す機会も永遠に無い訳なのだけれども。


 ――いや、待て。そもそも私は、何でこんな昔の夢を見ているんだ?


 夢の中でも傷の熱で朦朧としながら、それでも必死に頭を動かし、思い返す。

 何が起き、どうしてこうなっている? 

 今、夢を見ているのだとしたら、現実のほうの私の体は今、どうなっているんだ?


 ――の。


 私は、またも呼び出され、マラカンドの街で戦った。

 大勢の虫人間どもに、地を覆い尽くす屍体の軍団。

 糞ったれのスツルーム野郎に、蘇ったキッドの親父殿。

 ご同業かつ元南軍の二人、ヘンリーとバーナード。


 ――どの。


 尽く、私と『戦友たち』とが撃ち斃した。

 まれびとの早撃ちガンマン、キッド。

 凄腕の傭兵剣士、イーディス。

 私を除けば随一の狙撃手で、弩使いの色男。

 そして、アラマ。大カラスのアラマ。今度の仕事での、私の頼れる相棒。


 ――びとどの。


 問題は全て解決し、今回の一件も、おおよそ片付いたかと思った時だった。

 フラーヤ、マラカンドの街の盲目の魔女にして、アラマと同じミスラ神の信徒である女が、引き起こした突然の凶行に、事態は急展開し……。


 ――まれびとどの。


 ああ、畜生。誰だ、私を呼ぶのは。大声を出すんじゃない、糞ったれめ。こちとら頭も痛いし、熱だってあるんだ。折角まとまりかけてた考えも、糸みたいにほぐれちまったじゃないか。どうしてくれるんだ――って待て待て待て。聞き覚えのある声だぞ、こいつは。この声は、間違いない、彼女の声だ。


 ――まれびと殿。


 アラマが、私を呼ぶ声だ。

 

『まれびと殿!』

「うぉっ!?」

『うわぁっ!?』


 慌てて跳ね起きれば、私の顔を覗き込んでいたらしいアラマとぶつかりそうになる。互いに仰天して、間抜けな声を挙げてしまい、暫し見つめ合う。瞳の金色に、充血の赤が加わって、不思議な色合いになっているのを、まだ呆とした頭でキレイだなあと思う。


『……ふ、うぐ、ふぅ』


 見る間に、彼女の両目には涙が溢れ、表情がぐしゃぐしゃになる。

 吹き出す感情の波を処理しきれないのか、声にならない声だけが漏れる。

 折角の可愛い顔が台無しだな。そんなことを考える。


『ばべびぼぼぼ!』 

「ぐぇっ!?」


 不意に涙声と共に抱きつかれ、その衝撃に踏み潰された蛙のようになる。抗議しようにも、まだ頭が呆けたままなので、ただただアラマに揺さぶられ呻くしか無い。


『……それぐらいにしておけ。また倒れ直しかねんぞ』


 横からイーディスが制止してくれたおかげで、慌ててアラマは私の体を手放せば、寝かされていたボロ布に背中から倒れ込む。薄っぺらいボロ布だけに、高級宿のベッドのように受け止めてはくれず、受けた衝撃に激しく咳き込む。


『あわわわ、まれび殿!? 申し訳ないのなのです! すみませんのです!』


 平謝りするのを手で制し、咳が治まるのを待ってから、改めて起き上がり辺りを見回す。どうやら、小さな洞穴の中であるらしく。薪のように真ん中には例の光る石――マラカンドにもあった代物だ――が置かれ、仄かに暖かな明かりに岩壁が照らされている。

 その岩壁に並んで背を預けているのは、キッド、イーディス、色男、それにナルセー王であった。揃いも揃って埃まみれの、草臥れきった姿をしていて、一様にその表情は疲れていた。あの無駄に明るいキッドですら、今はくたくたといった調子を隠さないのに、私は嫌な予感を覚えた。


「――っっっ!?」


 意識が覚醒してくるにつれ、頭痛が激しく私を責め立て始めた。頭を触れば、案の定、大きな瘤が出来ている。そのことに毒づき、舌打ちをしつつも、心のどこかで安心してもいた。学問も教養もない私だが、経験的に頭を打った時は瘤があるほうが無いよりはずっと良いことを知っていたのだから。


「状況は?」

「見てきなよ。自分の目でサ」


 誰とはなしにそう聞けば、キッドが洞窟の出口を親指で示すので、そろりそろりと姿勢を低くして行ってみる。

 気配を消し、仮に洞窟のすぐ外に誰かが待ち構えていたとしても気づくこともないようにと、狙撃手ならではの隠密行動で出口へとたどり着けば、僅かに眼だけをのぞかせて外を覗き見る。


「――」


 見えたものに絶句して、すごすごと舞い戻る。

 私が見るものを、既に知っていたらしいキッドが、虚無的な微笑みを浮かべて待っていた。


「どうだった?」

「最悪だ」


 私の答えに、キッドは弾けるように笑い出した。乾き切った、軽薄にして嘲弄的な笑い声が狭い洞窟のなかで激しく響き、色男などはその顔を露骨にしかめてみせる。


「まぁ、そう答えるしかないわナ」


 実際、他に何を言えというのだろうか。

 全てが破壊された、荒涼たる丘。

 動くものひとつとしてない、慄然たる死の静寂。

 私ですら眼を背けたくなる、累々たる屍の山。


 そして堂々と鎮座し、臭い息を吐く、三つ首の巨龍。

 新月の夜よりも深い闇が辺りを覆う中でも、ひときわ黒ずんだ巨体はハッキリと見つけることができる。鬼灯のような紅い瞳は、まるで明かりのように炯々と輝くが、その光は決して闇を破ったりはしなかった。


 最早、ため息すら出ない。


 ヤツの姿を見て思い出したが、私が気を失ったのも、あのデカブツが暴れまわって遺跡をぶっ壊し、飛んできた日干しレンガの塊がドタマにあたったせいなのだ。


「……」


 瘤を改めてさすりながら、サンダラーについて考える。彼は大丈夫なのだろうか? いや、サンダラーは非常に賢い馬だから、きっと上手く逃げて隠れているに違いない。少なくとも、今はそう信じるしか無い。私達六人以外はことごとく殺られたという事実は、この際無視してしまえ、だ。


「――んで、どうすンよ?」

「ん?」

「いや、ん、じゃなくてサ。実際問題、どーすんのよ、アレ?」


 私はキッドの問いに、暫時黙考する。


「どうしようもないんじゃないのか」


 それでも、出てきた答えはコレだけだった。コレ以外に言えることもなかった。


「アレがどこかに行ってしまうのを待ってから、それから動くしかないだだろう」

「……ま、そうなるわナ」


 キッドのように声に出さずとも、色男にイーディスも静かに頷き同意を示し、ナルセー王も苦虫を噛み潰したような顔を見せるも否定はしなかった。

 敵に背を向けるのも、尻尾巻いて逃げるのも、私の主義には反する。だが、あの巨大な化け物に挑むならば、少なくとも重砲で武装した砲兵一個連隊と、ありったけの砲弾と弾薬に、あとダイナマイトも必要だろう。ライフル銃や拳銃、ましてや弓や剣で挑む相手じゃあない。つまり、もう詰んでいる、ということだ。勇気と無謀は違う。そしてプロのガンマンは決して無謀なことはしない。


『……いえ、それはできないのです』


 だが忘れてはならないのは、私やキッドのような『まれびと』が何のために『こちらがわ』へと呼び出されるのかということ。アラマの言葉は、私達にその事実を、否応なく思い出させる。


『確かに邪龍(アジ)ダハーカは恐るべき怪物……されど、そんな怪物ですら、これより来るモノの尖兵に過ぎないのです』


 何かと戦うこと――それが、まれびとに課された仕事ならば、戦うべき相手はもう、ひとつしかない。


『邪龍がアルズーラの首を開き、それを確たる門とする。そうなった時には、邪悪なるアリマニウス、そしてその眷属どもたる不義と害意の徒、幾千幾万の悪魔(ダエーワ)、数多群れなす邪神(ドゥルジ)どもが、この世を闇で覆わんと、忌まわしい暗黒界たる地の底より這い出て来ることでしょう。そうなればこの世は終わりなのです。しかしそれは今ではないのです。まだ間に合うのです』


 アラマが皆まで言う前に、既にその答えに気がついて、掌に嫌な類の汗が浮かぶのを感じる。


『あの邪龍(アジ)ダハーカを斃し、アルズーラの首を閉ざすことさえできるならば!』


 ――ああ、結局、そうなるわけだ。



「……DUCK YOU SUCKER / ……なんてこった、糞ったれ」



 私は天を仰いだ。

 そうした所で、見えるのは岩の天井だけなのだけれど。


















 





 息を潜め、洞窟から這い出し、そのまま這うようにして遠ざかる。

 あの蜥蜴の化け物に見つかったら、それこそ一巻の終わりだからだ。

 敢えて安全な洞窟を出たのは、その化け物をやっつけるため、その準備をするためだ。あそこでは、何をするにしても狭すぎるし、必要な道具もない。


 ――『……エーラーン人の間で、語り継がれた伝説によるならば』


 発端は、アラマの言葉に続いて、ナルセー王がおもむろに語りだしたこと。


 ――『かつて、ペイヴァルアスプと呼ばれる蛇の王がエーラーンの地を征し、悪逆非道の限りを尽くしたが、その蛇の王には頭が三つあったと聞く』


 三つ首のドラゴンが、そう何匹も居るとは思われない。ナルセー王もそう考えたから、語り始めた昔噺。


 ――『だが最後にはスラエータオナという勇者が現れ、牡牛の頭を象った、黄金の鎚鉾を手にこれを討ち、エーラーンの地を救ったという』


 牡牛、という単語には、真っ先にアラマが反応を示した。


 ――『牡牛を屠ることにて、不敗の太陽たるミスラは世界を救ったのです!』


 ならばこそ、あの化け物を斃すための鍵は、牡牛なのだろう。

 果たして私達は、三つ首ドラゴンから見えないように丘の陰に身を潜め、牡牛の血を鍋で煮詰めている。


『こいねがう。われはこいねがう。広き牧場を照らし、闇をば切り裂く、光の君、真実の神、不敗の太陽たるミスラよ。アブラナタブラ、アブラナタブラ、セセンゲンバルファランゲース、マスケッリ、マスケッロー、メリウーコス、ミスラ』


 アラマの声量を抑えた呪文が、まるで牧師の唱える聖句のように響く。

 翠玉の碑板エメラルド・タブレットに記された秘奥義と、ナルセー王の伝える昔噺をもとに、あの邪龍をぶっ殺すための武器を拵えているのだ。実際に効果があるかは未知数だが、それでも何もしないよりは余程良い。


『全く、何でこんな目に。いつもそうだ、いつもいつもそうだ』


 その傍らでは、色男がぶつくさぼやきながら、銀貨を金槌で打って形を直している。弩の角矢(ボルト)の鏃にするためであり、どうやら銀というやつは、こっちだろうと私達の世界であろうと、魔を祓う効力があるらしい。

 一方、イーディスは愛用の曲剣と、戦利品である短剣(ドス)の刃を研ぎ、キッドはコルトに弾丸を詰め直す。

 私はと言えば、念入りにホイットワースの手入れをしていた。索条の先にボロ布を被せ、銃身内部の火薬滓を残らず拭い取る。これよりこの素晴らしい銃に対し、通常ではありえない銃弾を装填するのだ。手入れは、し過ぎるという程にしておく必要がある。


『……スラエータオナの再来となるを望むならば、致し方のない代償か』


 口惜しそうな声で呟きながら、ナルセー王は金の王冠を、煮えたぎる血の鍋へと放り込んだ。

 血と金とが、本来ならば混ざり合うことの有り得ないもの同士が溶け合い、ひとつとなっていく。

 私は、鉄の柄杓(ディッパー)を手に取ると、鍋の中身を掬い、鋳型に流し込む。ホイットワース専用の六角形銃弾を作るためのものだが、普段注ぐのは鉛だ。こうも妙なモノを注いでしまった以上、この鋳型は使い物にならないかもしれないが、ここを生き延びなければ、そんなことを気にしても意味はなくなるのだ。


「……よし」


 血と金との合金は、すぐに固まって、とりあえず一発出来上がった。

 すぐに二発目を拵えると、一発目を装填し、二発目は紙薬包ペーパー・カートリッジへと仕立てる。これで素早い再装填ができるわけだが、実際の所、コイツにはお守り以上の働きを期待していない。相手が相手だ。一発目を仕損じた場合、二発目を撃つ暇を与えてくれるとは到底思えない。


 ――いずれにせよ、これで戦いの準備は済んだわけだ。


「……」


 私は、改めて共に死線を潜りに行く面々を見渡した。

 キッドを、イーディスを、色男を、ナルセー王を、そして、アラマを。


 彼女は信じていたフラーヤに裏切られた。のみならず、裏切り者は、彼女の信じる神の敵を蘇らせてしまった。

 あらゆる意味で、絶望的な状況。だが、アラマの金色の瞳には、一点の迷いもないのだ。


『日はまた昇るのです、何度でも』


 彼女は、揺るぎない声でそう言った。

 私には余りに眩しいその姿は、まるで、彼女自身が、彼女の拝す太陽そのものであるかのようだ。

 

 信じるものなど、何一つ無い、流浪のガンマン。

 そんな私でも、アラマを前にしていると、不思議と信じてみたくなるのだ。

 闇を切り裂き、希望をもたらす不滅の太陽を。


 いや――信じよう。少なくとも、今だけでも。


 共に戦う、アラマのためにも。そして、途方も無い怪物に挑む、私自身のためにも。


『竜殺しは英雄の証……戦士たるものには、至上の誉れ』

「ま、聖ジョージやジークフリートみたいに、伝説になるのも悪かないしネ」


 イーディスとキッドが、傍らで嘯く。

 なるほど、何者でもない私が、何者かになる……たまには、そういうのも悪くはない。


 いよいよもって勇気が湧いてきた私は、キッドたちへと呼びかけるのだった。


「 LET'S GO / いくか」

「 WHY NOT / 応よ」


 ――では、向かうとしよう。

 名無しの放浪者(NOBODY)が、歴史を創る者(SOMEBODY)になる、そんな場所へ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 激戦続きでしたが、いよいよ最終決戦と言う感じですね。 更新楽しみにしております。
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