第39話 ヴェンジェンス・トレイル
ヤツには少なくとも、私が四発、キッドが三発の計七発はお見舞いしてやっている筈である。それも、カス当たりなどではなく、胸板に脳天にと、どれも急所への一撃ばかりで、相手が人間ならば七回とも悉く斃っている勘定だ。だが、野郎には今や撃たれたという痕跡すら見当たらない。全くの無傷、五体満足な姿なのだ。
御伽噺によれば、猫は九つの命を持っているそうだが、ならばヤツもまたそうなのだろうか。残念ながら私の見立てだと、あと二発程度鉛弾をブち込まれた程度で、おっ死ぬようなタマではない。
――ヘンリーの野郎はどこだ?
相変わらず得物はサーベルと化け物弾を吐き出すレ・マットもどき。悠然と荷車より姿を現した化け物騎兵を視界のなかに収めつつ、私が探すのは地獄のコンビの生き残りのほうだった。不死身の化け物を盾にしながらの、ヘンリー連発銃の釣瓶撃ち……考え得る、最悪の可能性。いかに私とて、早撃ち勝負でヘンリーに勝つことは不可能だ。キッド達がここに駆けつけるまで、あと僅か。私がヤツならば、ここで私を先に、確実に始末しておきたい筈だ。つまり――。
「DUCK YOU SUCKER! / 伏せろ、糞ったれ!」
私は、化物北軍騎兵へと右手のコルトを機先を制してぶっ放しつつ、左のペッパーボックスを殆ど狙いもつけずに乱射した。僅かに差したヘンリーの影、それ目掛けての盲撃ちだが、効果はあった。驚いたヤツは、慌てて荷車の陰に身を伏せる。化物北軍騎兵へと撃った弾は、狙い通り左肩近くに当たり、その衝撃で照準がずれる。例の気色悪い銃弾は私から逸れて、砂地へと突き刺さる。
――さぁ初撃は凌いだ。だがすぐに次が来る。どうする?
私には今、切れるカードが二枚ある。退くか、進むか。退けばキッドやアラマ、イーディスに色男、そしてナルセー王とその親衛隊たちと合流できるし、そうなればこの上なく心強い。だが、そもそも私は彼らの露払いとして先行しているのだ。自分の務めは果たさなければならないし、何より退けば連中に態勢を立て直す時間を与える事になる。……育ちも悪いし学もない私だが、それでも学んだことがある。それは、戦場では時に理屈に合わない、一見無謀とも見える攻撃が勝負を決するということ。そう、昔知り合った中国人が言っていた言葉を借りるならば『孔子曰く、「WHO DARES WINS / 敢えて挑む者が勝つ」』。銃弾が飛び交い、砲弾が爆ぜ、銃剣が煌めき、咆哮と断末魔とが響き合う戦場で生き残る者は常に、本物の勇気を持つものだけだ。
ペッパーボックスを鞍嚢へと突っ込み、右手のリボルバーを空いた左手へと投げ渡す。長物用のサドルホルスターへ突っ込まれていたホイットワース・ライフルを引っ張り出して、右片手で構えた。本来は、騎兵銃のような使い方をする銃ではないが、今はこれ以外にやりようがない。
「FILL YOUR HANDS YOU SON OF A BITCH!/ かかってこい、この糞野郎!」
愛馬に拍車をかけると、私は長銃と短銃の二丁撃ちの構えで突撃した。
少し待てば援軍が駆けつけるこのタイミングでの、馬鹿げた格好の馬鹿げた一手。無謀、蛮勇、匹夫の勇とも言える私の行動は、完全にヘンリーの虚を突いていたようだ。野郎本来の素早さを思えば、私とサンダラーが駆け出した瞬間にはもう、.44ヘンリー弾が横殴りの嵐のように降り掛かって来ていなければおかしい。だが、野郎は動けなかった。孔子とかいう、海の彼方の誰かの言うことは正しい。
ヘンリーを牽制するために、左のコルトをぶっ放しつつ、右のライフルの銃口を化物騎兵へと向ける。ホイットワースはこの手の前装式ライフルとしては口径が小さく.451でしかないが――例えば、私のかつての愛銃エンフィールド1853年モデルなどは.577口径であった――、85グレインの火薬の生み出すエネルギーは凄まじく、標的へと確実なる致命傷を与えてくれる。
確かに、相手は化物だ。化物だが、少なくとも銃弾を受け蹌踉めき傷つきはしたのだ。
ならば殺せる。
ならば斃せる。
充分な量の銃弾さえ用意できるのならば。
そもそも化物騎兵の動きは、さほど素早くはないのだ。厄介なのはとにかく頑丈なことと、どんな手札を隠しているのかまるで解らないことなのだ。ならば奴がその得体のしれない手を使ってくる前に、最大火力で一気に仕留めるのみ!
「ッ――」
舌を噛み切らぬよう、反動を受け止められるよう、唇を固く噤む。
怪人騎兵は、その白目黒目関係なく真っ黒な双眸を私の方に向け、肩を撃たれたとも思えぬ動きで照準をつけてくる。ヤツには瞳がなく、その見るところは解りようがない。その筈なのに、ハッキリとやつの殺気とでも言うか、とにかく私を狙っている気配を、ガンマン特有の感覚が捉える。その気配が極限まで昂まった瞬間、私はヤツよりも一瞬早く引き金を弾いた。
――反動。
「ッッッ!?」
わかってはいたものの、やはり先込め式ライフルを片手なぞで撃つものではない。
肩が外れるかと思うほどの衝撃を、しかし私は受け止めて怪物騎兵の眉間を狙い撃つ。
瞬く間もなく六角形の銃弾は標的の眼と眼の間へと突き刺さり、ヤツは衝撃で顔を激しく仰け反らせる。
手応えあり! しかし野郎は斃れる素振りも見せない。頭を向こう側に仰け反らせたまま、怪銃の照準はピタリと私に合わせたままだ。
「糞ッ!」
私は靴底で鐙を深く強く踏みつけ、半ば投げ出すような格好で体を左に倒した。
右の脹脛を鞍へと引っ掛け、辛うじて落馬を防げば、私の上体があった場所を気持ち悪い銃弾が貫いて行く。
左のコルトに残った最後の一発をお返しにとぶっ放すが、無理な体勢で撃った弾は狙いから逸れる。
「畜生っ!」
ヘンリーが、ここぞとばかりに身を乗り出し、仕掛けてこようとするのが見えた。
私は思い切ってサンダラーより飛び降り、地面の上を転がる。左手のコルトを手放し、ホイットワースを抱きながらさらに転がり、手近な窪みへと身を躍らせる。窪みの縁には次々とヘンリー弾が突き刺さり、飛び散る砂の雨が降り注ぐ。ああ本当に畜生だ。帽子が吹っ飛んだから、口にも砂利が入り放題で、それをぺっぺっと吐き出し、まだ弾の残ったコルトを今度は両手で引き抜く。
――しくじった。
それが正直な心境だった。あの化物北軍騎兵の頑丈さを小さく見積もりすぎていたのだ。エゼルの時に、結局はエンフィールドで例の三人――レイニーン、リトゥルン、ヴィンドゥール――とも始末したという事実が、判断を誤らせたのかもしれない。糞ったれ、糞ったれ。今度のスツルーム野郎は殺し屋どもや木偶人形に戦わせて、当人は引っ込んでいやがるのだから、なるほど、悪知恵だけは回ると見える。
暫し窪みで堪えていると、銃声が鳴り止んだ。私は敢えて動かず、様子を窺う。
さて、連中は次にどんな手で来るのだろう。その実、おおよその見当は、既についているのではあるが。
重いものが落ちる音と、砂と土の撥ね跳ぶ音とが聞こえる。私は舌打ちする。予想通り、ヘンリーの野郎は化物騎兵を前に出して、その陰から攻撃する腹積もりらしい。あの怪人は素早く歩くことが出来ないのか、一歩一歩踏みしめるような軍靴の響きが、耳朶を打つ。
連中の進行が遅々としているのは不幸中の幸いだった。素早く紙薬包を取り出すと、その端を素早く噛み千切り、中身をホイットワースへと注ぎ込む。特徴的な六角形の銃弾を、やはり独特の施条の走る銃身の、その銃口へと充てがい、槊杖で強く強く押し込む。弾薬と銃弾を込め終われば、槊杖を引っこ抜いて元へと戻す。鉄製の槊杖と銃身とが触れ合い奏でる金属音に、怪人騎兵の足音が重なる。その大きさから、ヤツはすぐ間近であり、もう残り時間がないことが解る。先込め式のマスケット・ライフルを寝転んだままの体勢で再装填したにしては、我ながら手早くやったほうだとは思ったのだが。
私は銃尾のほうを素早く手繰り寄せると、雷管を火門に被せ、半ばまで上がっていた撃鉄を完全に起こした。
準備は整った。後は身を起こし、攻撃するタイミングを捉えるだけだ。
「……」
私は地面に耳を当てた。砂と土とを通じて、馬蹄が聞こえた。
同時に、見えぬ窪みの外で気配が変わるのが解った。
私は、撥ねるように身を起こし、翻す。
『マズダの神の御名に拠りて――鏖殺せよ、エーラーンの児らよ!』
ナルセー王の号令、それに唱和する鬨の声。
その足音から既に近づいていることが解っていた援軍が、いよいよ駆けつけたのである。
完全武装の重騎兵が、槍の穂先を揃えて突撃している。ナルセー王の纏った真紅のマントが、まるで炎のように風に舞い、はためく。
「騎兵隊万歳!」
開拓農民のような快哉を挙げながら、私はホイットワースを構える。
化物騎兵は完全に新手の援軍のほうを向いていて、レマットの銃口もそっちに向けている。
ヤツは、ゼンマイ仕掛けの玩具のような歪な動きで古い南部のリボルバーを連射した。だが、銃弾は全て地面へと突き刺さる。一発たりとも、ナルセー王の親衛隊には当たってはいない。外したのか? そんな私の自然な疑問は、次の瞬間には氷解する。
『――!? なんだ!?』
『うわおっ!?』
『槍が!? 槍が地面から!?』
私が思い出したのは、私自身があの骨の弾で撃たれたときのこと。骨の弾丸から滲み出るようにして、何か黒い蔦のようなものが伸び出てきている様に仰天し、慌てて弾の刺さったコルトを投げ捨てたこと。
あの時は、終いにはどうなるかというのは見ずに終わっていたが、今ようやくそれが解った訳だが、まるで喜ばしいことではない。なにせ、地面に刺さった骨の弾より生えた無数の黒い蔦は、絡み合って寄り合わさって細くとも鋭い、数多の槍と化したのだから。
黒い槍は重騎兵たちの、その跨った軍馬の無防備な土手っ腹へと次々に突き刺さる。ちょうど方陣を組んだ戦列歩兵に突っ込んだ時のように、ナルセー王の親衛隊たちは槍と斃れた馬たちに突撃を妨げられ、立ち往生してしまう。
棒立ちの標的――それをヘンリーが見逃すはずもない。
「ヘンリー!」
いかに奴が早撃ちでも、既に構えている今ならば私のほうが速い。
それを向こうも理解しているから、パッとその場から跳んで射線から外れる。ヘンリーの動きが止まったお陰で、ナルセー王たちも態勢を立て直す為の時間を得られる。
「騎兵隊参上!」
『まれびと殿! お待たせしました!』
その時間を活かして、黒い槍の林を抜けて、突っ込んできたのはキッドとアラマだった。
「アラマ! 火だ!」
私がこう叫べば、彼女は即座に応じてくれた。
彼女が、『ヘラスの火』と呼んでいた焼き討ち用の手投げ弾を取り出し、瓶の首に巻いた紐を使って頭上でぶんぶんと回して勢いを乗せ始める。
――『向こうは屍生人の群れを率いているのです。屍には火です。例え、それが死してなお呪術によって傀儡とされたとしても、死者は死者に、骸は骸に変わりはないのですから』
アラマの台詞が、頭のなかで想起される。
ライフル弾をも受け止める化物も、紅蓮の炎ならば! なにせあの野郎は、大勢の屍体から出来上がっているのだから。
『わ、わっ!?』
化物騎兵がアラマへと向けてレマットをぶっ放そうとするのを、私は左手でコルトを抜き撃ちにして遮る。
照準が確かにズレたが、しかし弾丸はアラマの顔の真横を通り抜け、それに驚いた彼女の手から紐がスっぽ抜ける。
「キッド!」
弾道が、余りに高い。
そのことを瞬く間に見抜いた私は、半ば反射的に叫んでいた。
キッドは応じ愛用のコルトSAA――ではなく、左のレマット・リボルバーを抜き放った。
恐らくは、もうマトモに狙いをつける暇など無いと、直感的に悟ったのだろう。レマットに備わった、世に数多ある拳銃のなかにあって唯一無二の仕掛けを動かし、キッドは引き金を弾く。
フランス人が南部のために拵えたこの珍銃は、9連発であるというのも既に変わっているが、一番の特色は銃身下部に設けられたもう一本の銃身から散弾を撃てること。撃針を動かすことで拳銃弾・散弾を使い分けることができること。
吐き出された散弾は空へと広がり、その範囲内に『ヘラスの火』を確かに捉えた。
割れる瓶。
燃える水。
炎の雨は真っ直ぐに、怪物騎兵へと降り注ぐ。
――絶叫。
仮にも人の形をとっておきながら、北軍騎兵を模った怪物は人間の喉では発声不可能な甲高い悲鳴を挙げた。やはり屍体で出来た体だからなのだろう、瞬く間にその体は燃え上がり、殆ど巨大な篝火のようである。
「――」
既に、勝負はついている。
しかしキッドはダメ押しとばかりに、レマットを腰だめに構えて、その照準を燃える北軍騎兵に合わせていた。
「アバヨ――親父」
私に耳には、ファニングショットの銃声に混じって、キッドがそんな風に言ったように聞こえた。
聞こえてはいたが、私には殆どその意味するところを考えている余裕がなかった。
ヘンリーの野郎が、キッドを狙うのが見えたからだ。
私はホイットワースの照準をヤツへと合わせ――た時には、ヘンリー銃の銃口は既にこちらに向き直されている。
畜生め。ヤツの狙いは、私の方だったか。ヤツは早撃ちだ。このまま撃ち合えば、間に合わない。
だから私は、右側に、ヤツから見て左側の宙へと身を躍らせる。
早撃ちガンマンを相手に、一度きり使える攻略法。
抜き撃ち勝負では凡百のガンマンに劣る私が、密かに編み出した切り札。
キッドの前で使うのは避けたかったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
.44ヘンリー弾が、さっきまで私のいた空間を貫き、同時に私は空中に身を躍らせつつ、ヘンリーの心臓目掛けて引き金を弾いた。
化物騎兵が、ヘンリーが崩れ落ちるのと殆ど同時に、逃げ出そうとしたスツルーム野郎の足を色男の角矢が貫き、追いすがったイーディスの居合一閃が、その仮面に包まれた首を刎ね飛ばしていた。
――復讐するは、我らにあり。
ともかく、流された血は、奴らの血を以て贖わせた訳だった。




