第38話 ホーストルズ
その銃身には深々と弾丸が突き刺さっていて、シャープス・ライフルは完全にガラクタと化していた。
野郎に壊されたレミントンの代わりにはならない。バーナードを斃すためとは言え、少々やりすぎたか。
舌打ちと共に、期待はずれの一品を投げ捨てると、私は死体漁りを再開する。
俯せになっていた死体を蹴り転がし、そのコートの裏側やポケットの内側を探る。銃も弾も、今のこいつには無用の長物なのだ。なら私が有効活用したほうが余程良いのだ。
――言うまでもないかもしれないが、「死体」とはバーナードのことだ。
私のこんな振る舞いに、眉をひそめたい紳士淑女の方々はどうぞご自由にご存分に。だが戦場でも荒野でも、餓えたコヨーテか狼のように、私はこんな風にして生き残ってきたのだ。今更、改めるつもりもないし、生き方を改めるには歳を喰いすぎている。それに自慢じゃあないが、手段に拘るなんて贅沢が許されるような、そんな大層な身分であったことなど生まれてこの方一度たりともないのだ。
やつの肩から斜めに掛けられた弾帯には、まだ何発もの.50-90シャープス弾が残っていた。こいつを撃てる得物はもう、ここには無いが、こいつは装薬量の多い銃弾だ。火薬の補給には丁度いいだろう。そんなことを考えながら弾丸を帯から抜き取る。その途中に、ふと、バーナードの野郎が腰に吊るしていた得物に目が向いた。
そこで、目が止まる。手が止まる。
視界に入ったソレを睨みつける。眉をしかめ、目を細める。
鏡の中の自分を撃ち殺したような、そんな嫌な感触が掌の上に走る。
バーナードが吊るしていたのは、なんてことはない、ただのリボルバーだ。長物を得物とするガンマンは多くの場合、万が一の接近戦に備えて拳銃も持ち歩くものなのだ。だから、それ自体に問題はない。問題なのは、バーナードの野郎が吊るしていたのが、私と同じようにコルト・ネービーであったことだ。それも真鍮のフレームも鮮やかな、南部謹製の海賊版コルトなのだ。
――結局、コイツも私も、同じ穴のムジナに過ぎないのだろう。
ほんの少しばかりの人情が、残っているかどうかの違いはあっても。
戦場で殺しを覚え、それ以外の全てを失い、ただ当て所なく生きる。一握りのドルと引き換えに、標的を狙い、追い、撃ち、そして殺す。私は標的を選り好みするが、コイツはそれをしない。私は仕留めた標的の目を抉って喰ったりはしないが、こいつはそれをする。違いと言えばその程度のことだけで、結局、最後には私もバーナードも相手を殺すのはおんなじだ。
……戦争は終わった。
北の連中も、南のお偉方もそう言った。
私達にとってもそうだった。だが、あの戦争は全てを変えた。変わったものは二度と元に戻らない。だからこそ、こうして戦争が終わってからも戦争を続けている。互いの腰に吊るされた旧いコルトは、そんな事実を明確に物語っている。
そう――私達は人殺しだ。
「……」
私は、こちらを見つめたままになっているバーナードの左目の、その瞼を閉じてやる。
野郎の下げたコルトを抜き、空いたホルスターへと納める。
「……主の仰せらく、怒りと殺しの日は夏の雷が如く、獅子は巣より出で、盗人は遠方より来たらん。かくして汝ら死を知る。主の仰せらく、されど汝ら、死する者に涙するなかれ。殺人者にためにぞ泣け。いずれ永遠に死者となるがゆえに」
いつか巡回牧師が街頭で吼えていた説教の一部――何故かそれがひどく心に残ったのだ――を葬送曲代わりに唱えると、私はバーナードの亡骸から目を離した。お互い、いずれ死する身の上だったが、野郎のほうが早く命運は尽きた。いずれ私もまた、この男のように誰かに撃たれる日が来るのだろう。それは、仕方がないことだ。銃を手にし、銃を得物に生きていくと決めたあの日から、とうの昔に決まっていたことなのだ。
だが、それは今ではない。
――『まれびと殿!』。
アラマの声と目を想う。揺るぎない信頼を想う。
私は、なすべきことをなすために、「こちら側」へと呼び出された。そしてまだそれを終えてはいない。
感傷を振り払い、ナイフのように心を研ぎ澄ます。もう掌の上には、殺意以外ありはしない。
俺は銃弾だ。
俺はライフル銃だ。
俺は狼だ。どこまでも餌食を追う、灰色の狼だ。
そして――俺は「まれびと」だ。まれびとのガンマンだ。
そう、胸のなかで繰り返す。
「……カイザルのはカイザルに」
聖句の上の句を、もう一度声に出して繰り返す。
まれびとはまれびとの務めを果たすまでのことだ。それは、私が私であるために必要なことでもあるのだから。
サンダラーを指笛で呼び寄せ、今度は騎乗したまま目当ての列車へと近づく。
既に私の耳は、大きさを増していくナルセー王率いる部隊の馬蹄の響きを捉えている。だとすれば自分の仕事は一つ、先行してヘンリーや例の化物北軍騎兵を撹乱してやることだ。恐らくは連中も、バーナードが殺られたことには気づいていることだろう。だとすれば狙撃を狙っても望みは薄い。ヘンリーはプロだ。相手の間合いで勝負するようなヘマは犯さない。……だが、それでも撹乱程度は通じる筈だし、そうすればキッドたちも仕事がやりやすくなる。
最早用済みのレミントンを投げ捨て、空いた長物用のサドルホルスターへとホイットワース・ライフルを突っ込み、両手にはコルト・ネービーを構えて少しずつ近づいていく。前装式な上にその特異な銃弾の形状のせいで、ホイットワースに速射は全く不可能だ。ヘンリーは野郎の間合いにこちらが近づくまでは、獲物を付け狙う時のコヨーテよろしく姿を決して見せないだろう。
つまり――やつとの戦いは必ず早撃ち勝負になる。だとすれば得物はコルト・ネービー以外ありえない。
右のコルトの撃鉄は既に起こされている。抜き撃ち勝負ならともかく、既に抜き放たれた銃で相手を狙うのならば、私でもヘンリーとも五分の勝負ができるはずだ。
「……ヘンリーッ!」
ダメ押しとばかりに、大声で呼びかける。
「バーナードの野郎は俺が殺った! 」
もう既に向こうは気づいているだろうが、それでも敢えて声に出して叫ぶ。
「次はテメェだ! 出てこい臆病者! 俺を殺してみろ!」
安い挑発をまくしたてるが、ヘンリーがこんなものに乗ってこないこともわかっている。それでもなお声を張り上げるのは、ヤツに私の居場所を教えてやるためなのだ。私は声を張り上げ、敢えて我が身を晒しながら近づいていく、相手からの攻撃を誘い出すために。
「相棒を殺られておきながら、だんまりを決め込む気か! 面見せろ! かかってきやがれ!」
私は左手を背後に回すと、そこに隠された一丁を握る。
出し抜けに一発、荷車目掛けて引き金を弾く。
「かかってこいよ、オラァッ!」
立て続けの片手三連射。シングルアクションのリボルバーでは不可能なそれは、旧式ながらもダブルアクション機構を持つが故にできること。ペッパーボックス・リボルバー。このガラクタが、不思議とイザという時に役に立つ。
私がかき鳴らす銃声に覆いかぶさるように、馬蹄の調べが響き渡る。ナルセー王たちが完全に追いつきつつあるのだ。
恐らくは、それが決め手になったのだろう。ぬっと、唐突に、出し抜けに、そいつは姿を表した。
「――チィッッ!」
思わず、舌打ちしてしまう。
出てきた相手は期待外れも良いところ、むしろ最悪だと言っていい。
一撃必殺が信条の私には、相性的に最も悪い相手、例の化け物北軍騎兵が、悠然と姿をあらわしたのだ。




