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第36話 『ザ・ワイルド・ホード』from My name is Nobody




 先頭の脳天を吹き飛ばされたのを皮切り、連中は歌を止め丘陵を駆け下りてくる。

 砂塵が巻き上がり、その有様はまるで、馬から下りた連中ながら騎兵隊の突撃さながら。あるいは暴走スタンピードする猛牛の群れか。いずれにせよ、喩えられるべきは、獣を剥き出しにした正に野生の群れ(ワイルドバンチ)だろう。

 スコープの狭い視界を通せば、一層強く感じられる威圧感。私は一旦レンズから目を外し、生の瞳でヤツラを見た。腐臭が、風に乗って一足先にやってくる。余りの強さに、一瞬鼻ばかりか目すら覆う。屍の臭いというやつは、なんど嗅いでも慣れることのない悪臭だ。それでも我慢して双眸を見開き、連中との間合いを探る。――私自身が狙い撃つためではない。この期に及んで、一匹二匹屍野郎を地獄に送り返した程度で、何の意味もない。


 銃撃すれば連中がこんな風に突っ込んでくるのは、最初から解っていた。

 解っていて、その突撃を誘うために、私が連中へと真っ先に撃ちかけたのだから。


 間合いを計り、私は視線をおろす。窺い見るのは、眼下に控える、ナルセー王の親衛隊の勇姿だ。鎧兜に体を覆い、目だけを僅かに晒した完全武装の出で立ちは、銃火器に馴れた私からすれば旧式でも、充分過ぎるほどに頼もしく映る。頭頂部の尖った鉄の兜に、顔も胴も足をも隈なく守る鎖帷子チェインメイル。手にした得物は、両端の反り返った短い弓だ。彼らの足元には浅い溝が刻まれ、そこには黒く濁った液体が満たされている。この炎天下で蒸発する様子もない黒い液体の正体は――油だ。果たして、親衛隊が短弓に番えた矢の先端は、鏃ではなく何やら何重にも巻かれたボロ布なのだ。


「――」


 私は、再度迫りくる屍者の軍団との間合いを計り、頃合いと見た所で左手を真っ直ぐに挙げる。

 合図だ。私からの合図を見て、真っ先に動いたのは色男だった。


『点火!』

『かの者共を逐え、我らが社より! 我ら敗れることなし! 太陽が天にある限り!』


 彼の声に従って、マゴス達が呪文も高らかに、松明を溝の油へと近づける。炎が走り出し、小さな火の線となって親衛隊の足元で燻り出す。火は矢の先のボロ布へと移り、瞬く間に燃え広がる。

 ナルセー王の戦士たちは、燃える矢の先を空へと斜めに掲げる。弦は引き絞られ、故に弓を握る左の指は相当に熱いだろうに、彼らはうめき一つ漏らさない。


『……よもや、これを使う日が来ようとはな』


 小さな、しかし良く通る声で呟いたのは色男だった。

 戦列の中央で、ただ一人燃えざる矢を手に、皆より一歩前に立つ。得物にはいつも通りのクロスボウ――ではなく、普通の弓を携えていた。ナルセー王の親衛隊、今や下馬した重装騎士グリヴパンヴァルが持っている艷やかな黒も優美な短弓とは違う、素材の木目もそのままな朴訥たる白い長弓だ。長めの矢には紅い布が巻き付けられ、鏃は何故か鉄ではなく石――恐らくは燧石を使っていた。


『さて……長く故郷を離れた身の上だが。櫟の谷(ユーダリル)の光り輝く者の加護のあらんことを!』


 色男は矢を番えると、親衛隊の戦士たちと同じように鏃の先を空へと向けた。

 呪文のような、詩のような言葉が、その口より迸る。


『我放つ戦いの雁、鳥たちの家をば貫き、月の道を抜け、我らが合戦の森の、いくさの焔とならんことを!』


 唄いながら、強く強く引き絞り――そして色男は矢を放った。矢は綺麗な放物線を描きながら飛び、迫りくる屍者の軍勢の、その進路の途上に突き刺さった。矢に結ばれた紅い布は風にはためき、それは色男の言うように、燃え盛る焔のように白い砂と青い空に良く映えた。


 「いくさの焔」を見たナルセー王の親衛隊達は一斉に、その燃える矢の先を僅かに動かした。ちょうど、戦列を組んだ歩兵達が、手にした小銃の照準を調整するかのように。

 砂煙を伴ってヤツラは地を駆け、火もなく燃え盛るいくさの焔へと迫る。その間にある距離は、瞬く間に縮まり、遂にはゼロになった。いくさの焔、紅い布を巻き付けた色男の矢は踏み潰され、死せる群衆のなかへと消えた。その瞬間である。


『はなて!』


 ナルセー王の号令がどこかから聞こえた。

 親衛隊たちが、一斉に燃え盛る火矢を放つ。燃え盛る矢の雨は、ちょうど「いくさの焔」のあった辺りへと次々と降り注ぎ、屍生人どもへと突き刺さり――火薬が爆ぜるように燃え広がった。まるで冬の山火事か、立ち枯れた草原に火を放つようだった。あっという間に火は広がり、突き進む屍者の群れはそのまま火葬されたかのような有様になる。

 あの死体たちは、死んでから既に充分な時間が経過し、この炎天下のなかで動き続けていた。つまり、今や充分に腐り、その破れた皮膚の隙間から、辺りに臭い瓦斯を吹き出していることだろう。墓地で見えるウィルオーウィスプ――ジャック・オー・ランタンとも言うやつだ――の正体が、死体より吹き出す瓦斯に自然と火が点いたが故だということを、私は戦場で知った。埋葬もされぬ死体がごろごろ転がる荒野を、何度となく私は横切ったのだから。


『屍には火です。例え、それが死してなお呪術によって傀儡とされたとしても、死者は死者に、骸は骸に変わりはないのですから』


 そして、アラマが『ヘラスの火』を作り終えた時に呟いた言葉。


『……骸は、良く燃えます。一両日も放っておけば、腐臭をまとった燃える瘴気を放ち、燐光すら浮かべます。私は、それをよく知っているのです』


 だからこそ思いついた作戦だった。

 ハナから、これが狙いだったのだ。


『はなて!』


 ダメ押しとばかりに、火矢の第二斉射が宙を駆け抜ける。今度はより角度をつけての、より遠くを狙った一撃。先行する死者たちが燃えだした事に、それを操るスツルーム野郎が気づいたのか、後続は足が止まっていたが無意味だ。降り注ぐ火の雨を防ぐ術もなく、火の海はただただ広がり続ける。


「――っ!」


 死体を燃やす時特有の、嫌な臭いが風と共にやって来る。その凄まじさに、私は強盗追い剥ぎよろしく顔の下半分をハンカチーフで覆う。帽子の庇を少し下げて、目の前の影を深くする。数え切れない死体の松明は今日び流行りの写真というやつの上げるマグネシウム・フラッシュ以上に強烈で、そのまま見ていれば両目が潰れそうな程だった。


 さて、これで出鼻は挫いた訳だが、あの忌々しい魔法使い共はどう出てくる?


『――おい!?』


 燃え盛る屍者の舞踏を私達が暫し眺めていると、親衛隊の一人が丘の向こうを指差し叫ぶのが見えた。

 その男の指差すを方へと私がスコープを向けると、実に嫌なものが見えた。見るからに厄介で、絶対に相手にしたくないものが見えた。それも、複数。


『ギルタブルル!?』


 アラマがそう呼ぶ名を持った怪物は、他ならぬ彼女がかつて呼び出した怪物の名前だ。

 足は鉤爪の映えた鳥のもの。下半身は黒光りする蠍で、二つの鋏がそこから生えている。上半身は人間のものだが、グリズリーめいた巨体な上に肌は青黒くて、まるで動く屍人だった。髭まみれの顔は仰々しく、頭には円筒形の帽子がのっかっていて、二本の角が生えていた。手にしているのは、人には引くことも能わないだろう大弓だ。まさに怪物。それ以外の形容しようがない、怪物。そんな怪物が三匹、いや四匹。燃え盛る屍者を蹴散らし踏み潰しながら、こちらへと迫りくる。


『おのれなのです! おのれなのです! 一度ならず二度までも! 広き牧場の主、不敗の太陽たるミスラの眷属を指嗾するとは! 許せないのです!』


 銀髪を振り乱し、金の瞳を怒らせ彼女は叫ぶが、しかしアラマの批難も糾弾も届くはずはなく、化物共は着々と近づいてくる。あの手を打てばこの手を返してくる。実に、嫌な連中だ。本当にいやらしい連中だ。


『怯むな! マゴスども、呪を唱え、魔を使え! 迎え撃つのだ!』


 ナルセー王の激に、マゴス達が動く。

 親衛隊の戦列の真後ろに連なり、一斉に呪文を唱え始める。重装騎士たちが普通の矢を番え、弾幕を張る。呪文が完成するまでの時間を稼ぐつもりなのだ。私も、レミントンを構えた。傍らでは、アラマも杖を手に呪文を唱え始める。


『聖なる詩を以って、魔物ダエーワを逐いに逐え! ここなる者は聖なる火を掲げ、巡る陽を奉る者――』

『王よ、王よ、鳥の王よ! あるいは「三十羽の鳥」よ! 翼ある飛箭、かの者に命中させしめよ――』


 マゴス達とアラマの呪文が混じり合って、訳のわからない言葉の洪水となり私の耳に襲いかかる。そのやかましさに眉をひそめながらも、いざスコープを覗けば何も気にならなくなった。前の戦争のとき、戦場は常に雑音に溢れている場所だった。戦列射撃の銃声、銃剣突撃の鬨の声、そしてそれらを吹き飛ばす散弾榴弾の砲撃音……それに比べれば、所詮は人の喉からでる、それも咆哮にも満たない意味の聞き取れる叫び声に過ぎない。ひとたび狙撃者としての私となれば、意に介さないなど容易い。


「――」


 蠍男の怪物、ギルタブルルの一体に照準を合わせる。

 正直、レミントン用の口径50装薬量70グレインのライフル弾を以ってしても、あの化物には通用するイメージが湧かない。本来は人間はおろか、バッファローのような大型動物をも一撃で仕留める銃弾であるにも関わらずだ。だからと言って、手をこまねいている訳にもいかない。自分に今、できることがあるとすればそれは――。


「……そこだ」


 トリッガーを引き絞れば、強烈な反動と臭い立つ硝煙とを伴って銃弾が標的へと吐き出される。銃弾は殆ど間を置かず、先頭を走る大蠍男の、その右目に突き刺さる。灰色熊グリズリーだろうと、その巌のような肉の壁で守りきれぬ急所。例え小口径の拳銃でも、ここを狙えば倒しうるという急所。それが眼球だ。柔い眼球を貫き砕き潰せば、あとは脳みそまで一直線、これを防ぐ生き物は、少なくとも『私達の世界』には存在しなかった。


「チィィッ!」


 だが『こちら側』では違う。ギルタブルルと言う名の超常の化物は、瞳に50口径を受けたにも関わらず、まるで一切意に介することなく、何事もなかったかのように爆走を続けている。スコープから目を外し周りを見れば、ナルセー王の親衛隊達の放つ矢の数々も、まるでヤツラには突き刺さることはない。それでも私は素早くブリーチロックを開き、白煙吹き出す空薬莢を弾き飛ばして、次弾を装填する。目が駄目なら足首だ。足が駄目なら膝頭だ。とにかく思いつく限り、時間が許す限り撃ち続ける。今、私にできることはそれしかない。だとすれば、ただそれを為すのみだ。


「オラァッ!」


 どこかで、45口径の銃声が鳴り響く。キッドがぶっ放しているらしいが、拳銃弾で止められる相手でもない。私は次弾を再装填し終わり、レミントンを構えなおそうとして、手を止めた。


『――彼方へ彼方へ、彼方へ向かい、呪文を以て彼方の地に其を逐い払え!』


 アラマが杖を振り抜きつつ叫び唱えた呪文と共に、狙うべき標的が煙のように消失したからだ。本当に、全くに、あの頑丈さが嘘のように消え失せたのだ。私は戦場にありながらも思わず目をしばたいた。


『見たですか、呪盗人よ! これが召還の法なのです! 真のミスラの徒ならば、その眷属を送り還すのも容易いのです!』


 意気揚々と二匹の蛇が巻き付く意匠の杖を掲げ、どうだ見たかと得意を顔満面に浮かべたアラマ。確かに彼女の仕事は素晴らしいが、だがこう横から突っ込まざるを得ない。


「ああ、でもまだ残りが何匹もいるぞ」


 一匹消した所で、焼け石に水なのだ。私は慌てて呪文を繰り返そうとするアラマの傍ら、レミントンを構えようとした。構えようとして、またも手を止めた。


『王よ、王よ、鳥の王よ! あるいは「三十羽の鳥」よ! 山嶺カフを超えて此処に至れ! 』


 マゴス達が、呪文を高らかに唱え終えた時だった。

 呪文に応じるように、空高く音高い鳴き声が、吹き下ろす風のように響き渡ったのだ。

 声に誘われて、見上げる。 見上げて、魂消る。


 鳥だ。

 大きな鳥だ。

 怪鳥だ。化物だ。怪物だ。

 空よりも深く蒼い羽毛。金色の嘴。孔雀のような極彩色の長い長い尾。そして燃えるような紅い瞳。

 見惚れるような美しさだ。もしもこの鳥がサーカスにでもいれば、千客万来の見世物になるだろう。


 ただ、ソイツがこっちを丸呑みに出来そうな大きさでないのなら、の話だが。


『スィームルグ!?』


 アラマがその名を呼ぶ。スィームルグ――不思議な響きの巨大怪鳥は、隼めいた直角で蠍男の一匹に襲いかかり、鋭い鉤爪でその首を刎ね飛ばす。他のギルタブルルどもが、鋏で、毒針で、弓で怪鳥を墜とさんとするが、燕のような軽やかさでスィームルグは全ての攻撃を避けてみせる。


『……成程なのです! スィームルグ、「三十の鳥」を意味する名を持つこの鳥の王たる神鳥こそは、エーラーン人の守り神! エーラーン人が王のナルセー王がマゴスならば、スィームルグを喚ぶことも可能!』


 アラマの講釈が響く中、件の神鳥はさらに一匹の蠍男の首を斬り、別の一匹の頭を丸呑みにして空高く持ち上げ落とす。ギルタブルルの巨体は地面に叩きつけられ、榴弾でも喰らったかのように木っ端微塵になる。あの無敵とも見えた化物どもが、一羽の、しかし機関車のような巨体の怪鳥にきりきり舞いさせられている。当然、連中の注意はスィームルグに全て奪われている。


 ――好機だ。反撃の好機だ。

 そして私が気づくことを、歴戦のナルセー王が気づかない筈もない。


『かかれ!』


 王者に相応しい大音声で号令は下され、それに従って重装騎士グリヴパンヴァル達が突撃を開始する。

 ギルタブルルどもをスィームルグが引きつけ、屍人どもは燃え盛り斃れる今、その進撃を遮るものもない。


「行くぞ!」

『えぇっ!?』


 私は言うやいなや口笛を吹いてサンダラーを呼び寄せる。跳び乗り、手でアラマに続けと促せば、彼女もまた跳んで私の背後に乗る。私達が駆け出すのと同時に、キッドが、イーディスが、そして色男が、それぞれ馬を駆って突き進む。

 完全武装の王の軍勢、そしてそれに続くまれびととその仲間たちの騎群は、あたかも野生の群れ(ワイルドバンチ)の如き激しさで、忌まわしき魔術師ども目掛け突き進む!





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