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第25話 プリペア・ア・コフィン





『――戦乙女がな、迎えに来るのよ』


 鮮血めいた色の夕陽の下で、そんなことをリトヴァのロンジヌスは言っていた。


「戦乙女?」


 聞き慣れぬ単語に、同じ赤に体を染めながら、私は訊く。

 大男の剣士は、大段平を地面に杖のように突き立てると、黄昏の空を眺め、顎髭を弄びつつ答えた。


『おうさ戦乙女よ。片眼欠く万物の神に仕える、美しくもたけき女神どもよ』


 いつだったかの夕刻、独り段平を沈みつつある陽へと向けて振るうロンジヌスを見かけて、ふと問いかけたのだ。

 なにゆえにお前さんは、マラカンドのチャカルに、遠国の傭兵部隊に身を投じているのか、と。

 果たして、返ってきた答えは私には全くもって良く解らないものだったのだ。


『雲を飛び越え、空の彼方の彼方、青空の極みの尽きた果て、その先にあるという天を突くという世界の真ん中の樹の上に、片眼欠く魔の神の宮殿がおわすのさ。そこから天馬に跨って戦乙女はやって来る』


 むくつけき、泣く子も黙るような怖い面をした歴戦の傭兵が、まるで詩でも吟じるような調子で話すのは、この男の生まれたという、遥か北の地で語り継がれるという古い古い言い伝えだ。


『戦乙女は天馬で夜空を駆け抜け、探す。片眼欠く詩の神の命に拠りて、探す。ますらおを、つわものを、その魂を探す。来たるべきいくさに備えて。いずれ来たる大戦おおいくさに備えて』


 ロンジヌスの瞳は彼方を視ていた。

 ここではないどこかを見据えながら、なおも唄のように続けた。


『片眼欠く魔術と狡知の神が求むは、この世の終わりを飾るに相応しき、一騎当千、抜山蓋世の古兵者。世界焼き尽くす時に相対し、臆せず、血湧き肉躍らせて進む猛者よ。戦乙女はかかる戦士が死せる時、その魂を連れ帰る。片眼欠く死と霊感の神の城へ。尽きず溢るる蜂蜜酒香るあの世の楽園へ。真の勇者が最後に辿り着くべき場所へ。――俺は必ず、そこへ行く』


 もしもこの言葉が西部の酒場で吐かれたものであったら、その言葉の主は狂人か酔っぱらいでしかない。

 だが全ては「こちらがわ」の話だ。魔法使いが、御伽噺トールテイルの化物共が実在するのが「こちらがわ」だ。だとすればロンジヌスの信じる神と戦乙女が、どうして存在しないなどと断言することができよう。


『俺は勇敢に戦って、勇敢に死ぬ。そして戦乙女に連れられて、神の城へ行く。それが我らリトヴァの地に生まれし戦士の、最高の最期よ!』


 勇者は呵呵と快笑し、瞳をきらきらと輝かせ、夢を語った。

 血にまみれた、しかし誉れある夢を語った。

 戦いに身を置く者、戦いの道より逃れられぬ者にとっては、かくも魅力的で、かくも羨ましき最期があるだろうか。

 戦場で数多の無意味な死を見送ってきた私としては、ロンジヌスの語る夢はとても魅力的に聞こえて、正直羨ましい思いもあったものだった。






 ――果たして、かつて夢を語った口の端はだらしなく緩み、涎を地面へと垂れ流している。






 輝いていた瞳は白濁し、蝿たかる骸は死してなお、誰に連れられるまでもなく地上を彷徨っている。

 ロンジヌスの魂は戦乙女のメガネにかなわなかったのか、あるいは彼の語ったのは単なる幻に過ぎなかったのか。

 いずれにせよ彼の望みに反して、その屍は現世に留まっている。しかも、スツルームの魔法使いの傀儡と化した戦士は、愛剣振りかざして私達へと真っ向襲いかかってきている。


「……」


 私は、ハウダーピストルを真っ直ぐ迫るロンジヌスへと向ける。

 そして躊躇うこと無く引き金を弾いた。水平に2つ並んだ銃口から散弾が、その忌まわしい末路を閉じるべく吐き出される。無数の鉛の死神は今度こそ、ロンジヌスを死者の世界へと送り出す――筈だった。


「!?」


 私に見えたのは地面に突き立った散弾が立てた土埃だけ。

 故に次に私がとった行動は見てからの動きではない。

 自分の正面へと、まだ熱い銃身を右手に握りながらハウダーピストルをかざす。


 ――衝撃。


 自分の尻が鞍から浮き、サンダラーから離れて宙を舞うのが解る。

 私は赤子のように空中で身を丸め、着地の衝撃に備える。

 肩が地面に触れた瞬間に、ボールのように身を転がして衝撃を殺し、それでもなお痛みに震える体を何とか起こす。

 真っ先に見えたのは、地面に刺さった刃を引き抜くロンジヌスの姿。視線を素早くまわせば、次に見えたのは、やや離れた場所で転がるハウダー・ピストル。その銃身は裂け、曲がり、真っ二つになっていないのが不思議な程だった。

 つまりこういうことだ。

 私がハウダーピストルをぶっ放した瞬間、ロンジヌスは地を蹴り空を駆け、段平を思い切り振り下ろしたのだ。

 半ば反射的にハウダーピストルを盾にして逃れた私だが、一歩間違えば馬上で真っ二つになっていただろう。

 尋常ではない膂力。あり得ない跳躍力。もともとロンジヌスは人間離れした力の持ち主だったが、その身が死してタガが外れたらしい。 

 だがそのおかげでやっこさんは真っ直ぐ私を狙ってくれた。サンダラーを見れば全くの無傷で、そのことに一瞬安堵する。


 ――咆哮。


 安堵も束の間、ロンジヌスが段平を再度構えて吠える。

 私はコルトを引き抜いて応戦しようとするが、先に動いたのは色男のほうだった。


『うぉぉぉぉっ!』


 八本足の白馬でロンジヌス目掛けて突撃する。

 ハウダーピストルが避けられたのを見て、飛び道具は当たらないと諦めたのか、馬ごと突っ込んで踏み潰す算段らしい。だがそれは悪手だ。


「バカやろう! 退け! 退け!」


 私が叫んだ時はすでに遅く、今度はロンジヌス、的確に八本足馬の横っ面に刃をくれて、これを今度は横一直線に切り裂いた。

 馬は棹立ちになり、色男は振り落とされんと手綱を強く引いたが、それが逆効果だ。

 殆ど即死した八本足馬は地面に崩れ落ち、騎上での藻掻きが逆効果となって色男は斃れた馬の下敷きになった。


『ぐぇっ!?』


 顔に似合わぬ間抜けなうめき声から察するに、大した怪我は負っていないらしいが、その足の上には馬の死骸が覆いかぶさり、そう易易とは抜けそうにもない。

 死してなお、そんな相手を見逃すロンジヌスではない。トドメを刺すべく、大剣を突き立てんと逆手に振り上げる。


「ロンジヌス!」


 色男が馬で突っ込んだ時点で、すでにサンダラーへと向けて走り出していた私は、遂に愛馬へと辿り着き、その鞍よりレミントンを引っこ抜いた所であった。

 呼び声に濁った瞳を向けるロンジヌス目掛けて、私は50口径小銃の引き金を弾く。

 構える暇もなく、腰だめ撃ちの一発だったが、狙いはあやまたず、野郎の土手っ腹に見事に突き刺さる。

 バッファローを一発で仕留める一撃を前に、流石のロンジヌスもスタンピードした猛牛に突っ込まれたがごとくに吹き飛ぶ。その隙きに、色男は何とか死馬の下より身を引っ張り出した。クロスボウを忘れず拾うと、私の方へと慌てて駆け逃げてくる。


『やったか!?』

「いや」


 銃尾栓ブリーチを開いて空薬莢を取り出しながら、私は首を横にふる。

 イーディスは言っていた。屍人グアールを斃すには首を切り落とすか、心臓を貫く他はないと。

 私が撃ったのはロンジヌスの腹だ。常人なら即死だが、すでにヤツは死んでいる。


 ――呻き、そして咆哮。


 はらわたを零しながら、ロンジヌスは立ち上がり、血の泡と共に絶叫を吐く。

 その姿はおぞましくも哀れであった。私は再び信じてもいない神に祈り、十字を切る。

 一刻も早く、トドメをささねばなるまい。

 ヤツは切っ先を地面に引きずりながら、やや鈍くなった歩みと共に近づいてくる。

 私はレミントンを、色男はクロスボウをそれぞれ構えた。ロンジヌスの動きを慎重に見極め、標的の大きな心臓を狙う。


「!?」

『!?』


 だが私達の注意は、背後――いや頭上より降り注いだ突然の銃声に破られた。

 色男は慌てて振り返り見上げているが、私はロンジヌスから視線を動かさなかった。

 私には音だけで解る。バーナードのシャープス・ライフルの銃声に間違いはない。音の響き方などから察するに、私達を狙ったものではない。だとすれば、危ないのはキッドやイーディスたちのほうだ。


「……ここは引き受けた。塔のほうを頼む」


 戦力分散の愚を犯したくはないが、そうも言ってはいられない。

 周りが敵だらけの現状で、ただでさえ少ない味方が減るようなことだけは避けなきゃならないのだ。


『やれるか?』

「やれるさ。こっちにはまれびとの武器がある。そっちこそ気をつけろ」


 互いに手慣れたプロである。交わす言葉はこれだけで充分だ。

 色男が後ずさるのに合わせて、私は一歩前に出る。

 色男が走り出すのに合わせて、私は歩調を速めてロンジヌスへと向かう。

 飛び道具を持つほうが間合いを詰めるとは奇妙に見えるかもしれないが、遠くから狙って当たる相手でもない。

 素早いやつを仕留めるには、拳銃の間合いまで近づく必要がある。

 ロンジヌスは、引きずっていた切っ先を地面から離し、剣を下に向けたままながら構えを取りつつ進む。

 私は銃口をやや下げたまま、少しずつ間合いを詰める。

 直接心臓を狙っても、おそらく躱されてしまうだろう。だとすれば、私が撃つべきは何処だ?


「……」


 私は唐突に立ち止まり、ライフルを地面へと置いた。

 ロンジヌスは一瞬立ち止まったが、結局構うことなく近づいてくる。

 コートの両裾を払い除け、左右のコルトを露出させる。右のコルトにおもむろに手を伸ばし、ホルスターから引き抜く。左手はだらりとぶら下げたままだ。

 ロンジヌスは下げていた切っ先を跳ね上げ、真正面に両手で剣を構えた。

 私も合わせて右手のコルトを持ち上げ、銃口を野郎の心臓へと擬す。

 そのまま互いに歩き、間合いが五メートルほどの所で、互いに止まった。

 私が撃鉄を起こす。


 それが合図だ。


 ロンジヌスは例の恐ろしい跳躍力で一挙に間合いを乗り越え、一刀のもとに私を斬り伏せんとし――大きくつんのめって地面へと崩れた。

 私の右手のコルトの撃鉄はあがったまま。代わりに硝煙を吐いているのは、腰元の左のコルトだった。

 最初から右のコルトは囮だ。相手に動かれてからでは、私ではヤツの動きを捉えることはできない。しかし跳躍する前ならば別。右の撃鉄は相手の動きを誘う餌で、その瞬間、私の左手はコルトの銃把に伸びていたのだ。そして今にも跳び出さんとするロンジヌスの膝頭を撃ち抜いたのだ。

 あるいはヤツが生者ならばこんな小賢しい手は通じなかったろう。だがロンジヌスは今や死者だ。

 私は何とか立ち上がろうとするロンジヌスへと歩み寄り、今度こそ右のコルトをヤツの頭へと向けて、引き金を三度弾いた。







 レミントンを手に取り、私は色男のあとを追った。

 宿屋の扉をくぐり、一階の広間を抜け、塔への階段か梯子を探す。

 目当てのものはすぐに見つかり、しかも運の良いことに螺旋状の階段であった。

 梯子であれば登ってくる音で容易く相手に接近を気取られてしまう。私は念のために拍車を外してから、階段を慎重に登った。

 途中で色男と合流できるとの見立てだったのだが、しかし幾ら進めどもやっこさんの姿が見えない。

 終いにはてっぺんまでたどり着いてしまった。そこでようやく、色男と合流できた。


『……逃げられた』


 色男が苦虫噛み潰したような顔で振り返り、言った。その手には一本の縄切れがある。

 見れば、塔から手近な屋根の上へと縄が下ろされている。

 流石は一流の狙撃手だけはある。退路を用意しておいて、色男の気配を察するや即座に退いたらしい。

 私は屋根伝いに視線を動かし、彼方の窓のなかからこちらを窺う視線に気がついた。


 バーナードだ。


 私はレミントンのスコープを覗こうとして、止めた。

 スナイパー同士が撃ち合うには、これでは間合いが開きすぎている。それは向こうも承知なのだろう。

 彫りの深い、落ち窪んだ眼窩のなかから、私を射るように見るのは、私と同じ灰色の瞳だ。

 距離は相当に離れているはずなのに、なぜかそれだけははっきりと見ることができる。


「……」

『……』


 暫時、といってもほんの2、3秒間程度見つめ合えば、ヤツは自分の首元に親指を当て、それを横に引く仕草をした。そしてそのまま、窓の奥へと身を隠し、見えなくなってしまった。

 私は舌打ちすると踵を返し、色男と連れ立って塔を後にした。

 居所を掴まれた狙撃兵は必ず退く。ヤツも今日の所は引き下がるだろう。今はヤツのシャープス銃を黙らせただけでも良しとせねばなるまい。ひとまず、キッドたちへの狙撃を止めるという目的は達成したのだから。

 塔より出た私はサンダラーを呼び寄せると、色男を後ろに乗せて走り出す。後はここから逃げるだけだ。


「……」


 私は今度こそ本当に地に伏したロンジヌスの亡骸を最後に一瞥した。

 弔う暇とてあるわけもなく、斃された時のまま転がって、早くも砂と埃にまみれている。

 必ず戻ると胸中で誓い、私はサンダラーを駆けさせる。


 地獄を逃れ、しかし再び地獄へと舞い戻る、そのために。



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