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第15話 ジャンゴ・ザ・バスタード





 蝗人どもがいったい何処から湧き出したのかしらないが、不意打ちとしては完璧と言う他なかった。

 私も含めてここに攻め入ったチャカルは虫男どもを一掃したつもりでいたし、実際に骸を改め生き残りにトドメも刺したのだ。

 だが実際はどういうことか、奴らはみたび現れた。

 精鋭のチャカルの戦士たちですら、この不意打ちには後手に回るしかない。

 ロクシャンとズグダ人達も逃げ出しながらなんとか応戦している有様だった。


 湧き出る虫男どもを前に、自然と敵味方が入り乱れる。


 辺りは既に混乱の極みを迎え、怒声罵声絶叫断末魔が入り乱れ、刃と刃が稲光のような刃鳴を散らしている。――そこに新たに加わるのは銃声に硝煙の香りだ。私は臭い息がにおう程の間合いから、迫りに迫り視界いっぱいに広がった蝗面へと36口径を叩き込む。

 硬い鱗と疾風のような鉛玉が擦れあい、火花を撒き散らしつつ風穴が開く。それでもまだ私を道連れにと蝗野郎は迫り、そいつは御免こうむるともう一発、その柔らかそうな腹肉目掛けて引き金を弾く。

 ようやく相手の動きが止まった所で、すかさず私はその胸元に蹴りを叩き込んだ。

 蝗人を蹴倒し、踏み潰し、私は駆ける。

 寸毫の間たりとも一箇所に留まることなく、柱に壁に身を隠し晒ししながら、出会い頭の蝗人相手に銃弾を叩き込みつつ、ひたすら駆ける。


 混戦の時に守るべき「十戒」がある。


 教訓その1は「立ち止まらないこと」だ。止まったが最後、その姿は周りの敵の目にとまり、四方八方から袋叩きにされること請け合いだ。だから目にも留まらぬ捷さで、ただひたすらに駆けるしかない。

 私の身体は無意識のうちに、「前の戦争」の記憶を呼び起こしていた。

 「前の戦争」の頃、私は遊撃騎兵隊パルティザン・レンジャーの一員として、師匠と共に戦場を駆けていた。灰色の幽霊とも呼ばれた、我ら遊撃騎兵隊の任務は北軍ヤンキーどもの後方撹乱。物陰に木々の背後に身を隠しながらエンフィールドで敵の士官を狙い撃ち、あるいは両手にコルト・ネービーを構えて青服の一隊の背後から襲いかかった。特に後者の時は乱戦になる時も多かったが、そんな時、私達が決まってやることがあった。ヤンキーどもを怖気立たせ、ケツ捲って退散させるのに、絶大な効力を発揮するアレだ。

 

「ウォロロロロロロロロロロゥォォォォォォー!」


  復讐の女神フューリーのような甲高い雄叫びが、自然と私の喉から迸る。

 先住民のそれを連想させる鬨の声は、 「反乱の雄叫び」と北軍の連中が呼んでいた南部の叫びだった。

 蝗男共の金切り声を上書きするように我が南部の声は響き渡り、銃声も相まって連中を後ずさらせる。


 混戦十戒の教訓その2は敵を恐れさせることだ。相手が算を乱し、背中を向けて逃げ始めれば、後は隊列を整えずとも簡単に料理できるのだ。


 私は恐怖と銃弾を撒き散らしながら、蝗共の間に見え隠れする味方の影を探る。戦意に身体は燃やしても心は氷のごとく――それが教訓のその3なのだ。散り散りになって孤軍で奮闘する味方と合流し、少しでも戦いを優位に運ばなくてはならない。


 私と同様によく音と煙を吐く得物を使っているだけはあり、真っ先に見つけ出したのはキッドの姿だった。どうやら雇い主のロクシャンとは引き離されたらしく、独りで虫ども相手にしている。

 やつが早撃ちの名手であるのは先刻承知だが、意外にも今度は一発一発、標的を狙い定めて撃ち射抜いている。 銃身7.5 インチのキャバルリィ・モデルを使っているだけあって、やつのコルトは百発百中で、おまけに45口径の弾丸は威力も充分だった。一匹ずつだが、確実に蝗男の数を減らしている。そして弾が切れればすかさず排莢からの再装填だ。奇術のような手際の良さは素人どころか玄人でもめまいがする程だが、それでもなお再装填の隙を逃すまいと、命知らずの虫頭がキッドへと肉薄する。やっこさんは、それを蹴りの一撃で薙ぎ倒していた。見事な蹴りだと感心するが、私には違和感のほうが勝った。


「!……っと、どうも」

「なぜ、左に吊るした銃を使わない?」


 背後からキッドを襲わんとする一匹目掛けぶっ放し、私はヤツの傍らに駆け寄った。

 私はキッドと背中合わせの格好になって四方の敵に対しながら、横目にそれを見て問いかける。

 ニッケルメッキを施され、よく手入れされた銃身は陽光を浴びて輝きつつも、ちらちらと覗く銀色の鈍さからは隠しきれない古さが見え隠れする。若造がぶら下げるには似つかわしくない、キャップ&ボールのリボルバーらしかった。そのグリップの形状には見覚えがあったが、名前を思い出すまでは至らなかった。


「切り札はギリギリまでとっておくから切り札なのよ」

「出し惜しみしてられる状況とも、思えんがね!」


 再装填を済ませたキッドは、新手の一匹を見もせずに撃ち斃した。

 私はそんな曲芸めいたことはせず、標的を狙い定めて引き金を弾く。

 キッドの説明には違和感が増すばかりだが、しかしそれを問うている時間でもない。


「走るぞ! 囲まれたらかなわん!」

「そうらしい!」


 私とキッドは隣り合って走り出した。次に目指すべきはイーディスにアラマ、ついでに色男の野郎の所だ。


『ぎゃぁぁぁっ!』

『クソが! くたばれ!』

『喰うな!? 俺の肩を喰うんじゃねぇ!』

『がぼぼぼぼぼぼ』


 チャカルの戦士たちは各々の得物を手に、不意打ちにも関わらず蝗人の大群に善戦しているが、中には喰らいつかれ、肉を抉られ切り裂かれ、喉に鋭い爪を突き立てられた者もいる。悪いと思うが、こっちにも助けてやる余裕も無ければそれ程の義理もない。

 兎に角、私とキッドは目の前の敵だけに集中し、ひたすらに撃ち、走る。

 幸い、キッドは隣を任せるのには最適だった。実に場馴れした無法者で、こういう時に成すべき互いの本分を理解している。元が一握のドルと引き換えに人を殺める者同士だ。状況が状況、手を組むのもやぶさかでない。例えついさっきまで、撃ち合いをしようとしていた間柄であっても。











「アラマ!」

『まれびと殿!』

『来たか!』

『遅いぞ! 早くその石火矢で援護しろ!』


 暫く二人して駆ければ、廃王宮を背に三人固まって退きつつ戦うアラマ達の元へと辿りついていた。

 立て続けの戦いのせいか皆揃いも揃って酷い格好になっていたが、全員五体欠けずに生き残っているのだから大したものだ。

 イーディスは既に外套や上着も化け物どもの血や肉でまみれていたが、不思議とその両手の剣と刀だけは研ぎ澄まされた輝きを保っている。おそらくは何かのまじないなのだろう。刃毀れどころか曇りひとつ見えない。元々剃刀めいていたイーディスの殺気もさらに研ぎ澄まされ、緑の隻眼はなお血に飢えていた。

 色男は何故かクロスボウを背に負って、代わりに小槍を構えている。矢筒にはまだ角矢ボルトが充分に残っているところを見るに、再装填が間に合わなかったのだろう。慣れぬ肉弾戦を演じたためか、草臥れすでに肩で息をしている。

 対照的なのはアラマで、その衣に染み付いたものを見れば彼女も切った張ったしてきたらしいが、全くもって元気でケロリとしている。右手には例の翼の生えた二匹の蛇が絡みついた杖を、左手には鎌状に湾曲した短剣を逆手に握っており、短剣で仕留めたらしい蝗人が、喉元をパックリと開いて横たわっていた。


『……何でソイツが隣にいるんだ』


 色男が当然の問を発すれば、キッドはニヤニヤと笑ってそれに答える。


「成り行きってやつ。まぁ察してくれよ」

『……まぁ良いだろう、まれびとはまれびとだ。せいぜい役に立ってもらおう』


 またも見もせずに蝗人を撃ち抜くキッドの姿に、色男はため息をつきながら小槍を手放した。

 色男も傭兵である以上、こういう手合や状況には慣れっこなのだろう。

 クロスボウを取り直して、キッドを盾にしながらボルトを再装填する。


『しかしこのままではジリ貧だ。御前はどう考える?』


 イーディスは例の獣染みた笑みと共にキッドへと訊くが、当人は肩を竦めて私を見る。

 私は正面に2つの銃口を向けたまま、若干の思案を挟んでから言った。


「アラマ、また何かの魔法で何とかしてくれ」


 弾薬の残りを思えば、ここで撃ちまくってどうにかするというのも無理がある。

 彼女の呼び出した化け物の猛威を拝見した自分としては、アレの力をもう一度借りるのが最適と見えた。

 まぁ要するに良い策が思いつかずにアラマに丸投げしているだけという情けない話なのだが、しかし当人はと言うと一瞬呆気にとられたような顔になったかと思えば、次の瞬間にはパァッという音が聞こえてきそうな、喜色満面になっていた。


『お任せくださいです! まれびと殿のお達しとあれば、たとえ火の中水の中! 』


 舞い上がって天目掛け杖の先を突き出し快哉するものだから、アラマはすっかり隙だらけになってた。

 そこを襲わんとした一匹をすかさずコルトの一撃で地に斃すと、「それで、なにかあるのか?」と彼女に策を促した。


『……不敗の太陽の威光に依りて、「蜂蜜をそそがれたモノ(メリクリスス)」を呼び寄せます。ただその御業を為すにはいささか広い場所が必要なのですが』

「じゃあ奥だな。宮殿の広間を使えばいい」

『同感だ』


 暫時考えてから出した、アラマの提言に私とイーディスは即答した。

 得体の知れないお化けの力であろうと、借りねばこの混沌はどうにもし難いだろう。

 いずれやって来るであろうナルセー王の軍を待つほどの余裕もないし、いまさら隊全体をまとめ直すも難しい。今すぐに来てくれる援軍こそが、例えその正体が何であれ、一番頼りになる。


「……二手に別れよう。アラマを奥まで連れて行くのと、ここに残って敵を食い止めるのにだ」

『私は残る。手広い所のほうが戦いやすい』


 イーディスは早速一匹斬り斃しながら言った。


『残ろう。柱の陰から来る不意打ちを躱すには、得物が悪い』


 色男はやや思案あってから、弩に矢を再装填しつつ言う。


「じゃあアラマの護衛は俺がやるとするとして、お前はどうする?」


 自然と、私達の視線はキッドへと集中した。

 この男は成り行きで一時共闘していたに過ぎず、別にこのまま肩を並べなければならないこともない。

 私達と別れてコイツが孤軍奮闘するのもどうぞご勝手にだが、こちらとしては戦力は多いに越したことはない。

 それにこの状況では野郎にとっても私達と共闘を続けたほうが得策であるし、それを拒むほどの理由もないのだ。


「残ろう。あんまり雇い主と離れるのも格好つかんかんね」


 だから返事は予想した通りのものだったが、そのさきのキッドの行動は私の予想を超えていた。


 キッドはイーディスと色男のほうを交互に見ると、極々自然に女剣士の方へと歩み寄って、剣を握ったままの左掌を手にとってキスをする。

 こんな修羅場鉄火場では余りに場違いな、キザったらしいヤツの姿には、思わず私は吹き出し、色男は唖然としているが、キッドは素知らぬ顔だ。

 ――今更ながら思い出したが、キッドという男はその面の良さもあって随分と女にもてるらしく、それ故の刃傷沙汰でかけられた賞金の額を増やしているとのこと。こんな無法者丸出しな男など私からすれば導火線の尽きかけたダイナマイトのようにしか見えないが、世の中には火遊びが好きな手合も多い。それにここまでキザったらしいことを平然と人前でやってのける男もそうは居ない。この男が変にモテるという理由もなんとなく解った気がする。


「しばしの間、ダンスに付き合っていただきましょう、レイディー」

『お上手なことだな、まれびとよ。だがまれびとが二人ではややこしい。名前を聞かせてもらおうか』


 イーディスはキッドの戯れを笑って流しながらその名を問うた。

 キッドは紳士よろしく、己の胸元に手を当てて名乗った。


「ジャンゴ。ジャンゴ=フランシス=ジロッティ。ですが親しい者は皆『キッド』と呼びます。貴女にもそう呼んで頂けると幸いです」


 ……付き合いきれないので私は、アラマを促すと廃王宮の奥へと向かうのだった。











『あの、キッドとかジャンゴとかいう男を置いていって良かったのですか、まれびと殿?』


 柱の列の向こうから聞こえてくるに銃火戦戈の響きに、アラマが振り返りながら不安そうに問う。

 彼女の不安も尤もだが、私はと言うと全く心配していなかった。


「やつも手慣れたガンマンだ。こういう時にどうするべきかはよく知っているだろうよ」


 私は色男の手放した小槍を右肩に負い、また道すがらの死んだチャカルから拝借した曲刀を左手に携え、アラマを先導していた。


『所で……その槍と剣は何に?』

「見たまんまだ。武器に使うのさ」

『まれびと殿は、まれびとの武器のみならず剣槍の術にも長じてらっしゃるのですか!?』

「……まぁな」


 アラマには肯いた私だが、その実、さほどこの手の武器の使い方に長じている訳ではない。

 確かに銃剣の使い方は前の戦争の時に習い覚えたが、生憎私は小銃は撃つのが専門で歩兵よろしく銃剣突撃をかました経験は殆ど無いのだ。

 サーベルに関しても、北軍ヤンキーどもと違って南軍の騎兵はあまりこの武器を好まないのだ。南軍ではサーベルを吊るす代わりにもう一丁余計に拳銃を下げるほうが一般的で、私も戦闘中に敵からぶんどったものを我流で使ったことが多少ある程度だった。

 じゃあ何ゆえにガンマンの私がこんなものを持っているかと言えば、ひとえに残弾の不安がためだ。

 前回、つまりエゼルの村に呼び出された時の教訓で、普段から弾薬は多めに持ち歩くようにしている私だが、いかんせん今回は多人数を相手取ることが多い。先々を考えて、用心はしておくにこしたことはない。

 それに今はサンダラーの鞍に弾薬は入れっぱなしになっている。サンダラーは賢い馬なので自分で鉄火場からは離れているだろうし、彼については心配は全く無い。だが、彼が運ぶ弾薬が無いのは大いに不安だ。

 だからこそ私は、こんな手慣れない武器をわざわざ持ってきたのだった。


「……とりあえず、ここで良いか?」

『はい! この広さならば充分なのです!』


 幸いなことに敵に出くわすこともなく、私達は手頃な広間へと辿り着いた。

 アラマはいつも下げている雑嚢の中から、何やら小さな素焼きの瓶と青銅製らしい杯を取り出す。

 絡み合う蠍と蛇の文様が表面に浮き出した杯は曰くありげで、いかにも不思議な力を宿してそうではある。


『兵士より獅子へ、蜜を注ぎ捧げます。光の君の劫火を絶やさざるために――』


 アラマは瓶の蓋を外すと囁くように何やら呪文のようなものを述べながら、杯へと中身を注ぎ込む。

 とろりと粘っこい金色に輝く液体は、私には蜂蜜のように見えたが、実際匂いも蜂蜜のようだった。


『こいねがう。われはこいねがう。広き牧場にありて、よく武装せるミスラへと。武装せる者のなかで栄光をもつこと第一、武装せる者のなかで勝利を博すること第一なる不敗の太陽へと』


 雑嚢から新たに取り出した水筒の中身を杯へと注ぎ込み、蜜と水を混ぜると杯を私へとアラマは差し出した。


『ここから先は、まれびと殿にお任せしますです』

「俺に?」

『はいです。獅子へ蜜を注ぐべきは兵士……すなわち戦う者であるべきですから』


 何やらよくわからないが、とりあえず彼女の言うようにしようと、杯を受け取ろうとして――その手を曲刀の柄へと私は伸ばす。


「伏せろ」


 アラマももう慣れたもので、杯の中身がもれぬよう守りながらも、淀みなくスッとしゃがみ込んだ。

 おかげで私は柱に張り付いた虫男を、奴が避ける間もなくサーベルで串刺しにすることができたのだから。

 思い切り投げつけられたサーベルは見事に蝗人を柱へと縫い付けた。だが奴が断末魔をあげれば、同じく不意打ちをかまそうと隠れていたらしい蝗人が数匹、殆ど同時に四方から湧いてでる。


「つけられたか!」


 私は吐き捨てると、両手で小槍を銃剣よろしく構えた。


「かかってこい! 相手になってやる!」


 果たして、連中は私目掛けて飛びかかってきた。


 


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