第14話 バラッド・オブ・ア・ガンマン
拳銃遣いの男は、ひらりと馬から飛び降りた。
磨かれた拍車に、帽子の銀飾りが朝日を浴びてきらきらと瞬く。
大袈裟に伸びをして、腕や肩の凝りをほぐす様は呑気だが、しかし纏った剣呑さは本物だ。
『まれびと殿以外のまれびと……!』
いつの間にやら忍び寄っていたアラマが、私の背越しにヤツをおっかなびっくり覗き見て、驚きの声をあげる。
ビックリしたのは私も同じで、よもやこの異界の地で、拳銃遣いと対面する破目になるとは思わなかった。
――『おいおい、ありゃあ……』
――『あの格好はもしかして……』
――『マジかよ、どうなってんだ……』
後ろの方でざわざと騒がしいのはチャカルの連中だ。
ロクシャンの出現ですでに困惑させられている所への、私とは別の「まれびと」の出現だ。しかもその「まれびと」はロクシャンの手の者であるらしいのだ。
動揺するのは解るが、私としては面白くない。連中は所詮雇われ者だ。雲行き次第で容易に敵にも味方にも転ぶ。
『随分と面白い展開になってきたな』
他人事でもあるまいに、イーディスが私の横でそう嘯いた。
私は愉快そうな彼女に鼻を鳴らし返してやりながらも、視線は新たなガンマンから外すことはなく、委細に観察を続ける。
青い瞳を宿した面相は若く、造作だけを見る分には人好きのしそうな面をしている。
だがその面に浮かんでいるのは、右側の口角を釣り上げたニヤニヤ笑いで、何を考えているのかまるで人に窺わせない。不気味で、人の背筋を寒くするたぐいの表情だった。
そしてその表情に私は、確かに見覚えがあった。
「『キッド』の野郎か……厄介だな」
『知り合いか?』
「いや。だがやつの悪名は色々と聞いてるんでね……」
その童顔故に「キッド」のあだ名で呼ばれ、今や本名よりもそちらのほうが通りの良いこの若造は、その無法者丸出しな雰囲気に違わぬアウトローであり、頗る付きの賞金首であった。
副業で賞金稼ぎをやっていることもあって、最近売り出し中のアウトロー連中の顔ぐらいは私も一通り把握している。手配書に描かれていた顔はよく似ている。間違いなく、この男はあのキッドに違いない。先日流し読みした、新聞の上に載っていた似顔絵とも一致している。挿絵の傍らには、酒場で揉めたポーカーの相手を三人――そいつらも札付きのワルだったのだが――、反撃も許さず撃ち殺したと書かれていたのを覚えている。
「……拳銃を逆さまに吊っていやがる。こいつは厄介だな」
『どうしてですか?』
「そういう手合は、みんな早撃ちだって相場が決っているからさ」
アラマへと答えたように、あのピストルの向きは注意を要する。
キッドがやっているようにグリップのほうを相手へと向けるピストルの吊り方は、そいつが早撃ちの名手で、かつ悪党であることの証なのだ。
一見すると私と同様に、撃鉄のほうを相手に向けている下げ方のほうがより素早く拳銃を抜けるように見えるし、実際向かい合っての早撃ち勝負、いわゆる「決闘」については私流の方が有利ではある。だが拳銃を日々の飯の種にするような稼業に身を置いていれば、いついかなる時も即座に銃を抜き放つことが出来なければ、早々に人生から退場することになる。
逆さに拳銃を吊ることのメリットは、左右どちらの手でも拳銃を抜き放つことが出来る点だ。
サーベルを抜く要領で左手で抜けるのはもちろんのこと、手首をひねることで右手でも抜き放つ事ができる。特に馬上での抜き撃ちに適しているせいか、やつのようなスタイルはキャバルリィ・ツイスト・ドロゥと呼ばれていた。
無論、私のようにするのも、キッドのように逆さに吊るすのも一長一短ある上に向き不向きの問題もあるから、どちらかが一方的に優れている、ということはない。だが、私の経験上、逆さに吊っているのは決まってアウトローだ。
「……はぁ」
キッドの野郎が私の方へと向けてゆっくりと歩きだしたので、私も合わせて前へと踏み出す。
ヤツも私と同様、こちらに呼び出されロクシャンに雇われたのだろう。
だが「こちらがわ」だろうとワイルド・ウェストであろうと、ガンマン同士、相対した以上やることは変わらない。
『まれびと殿』
「心配するな。すぐに済む」
心配そうに声をかけるアラマに軽く答えて、私は、いや私たちはゆっくりと間合いを詰めていく。
奴が間近になれば、やつの得物の詳細も明らかになる。
右に逆さに吊っているのは、見たところ今日日流行りのコルトのニューモデル、いわゆるシングル・アクション・アーミーであるらしい。ホルスターの長さから察するに銃身は 7.5 インチのいわゆるキャバルリィ・モデルなのだろう。
左側にはこちらは普通の撃鉄をこちらに向ける吊り方でもう一丁、リボルバーをぶら下げているが、それが何なのかはこの距離では良くわからない。しかしその低いポジショニングから見るに、あれは予備用だろうと推測できた。警戒すべきは、やはり逆さ吊りのコルトだ。
「――ッ」
私は目を刺すような金色の光に、思わず瞼を眇めそうになって堪えた。僅かでも隙を見せれば、命は無いぞと改めて目を見開き、光源へとまっすぐ視線を向ける。
キッドの使うコルトSAAの、トリガーフレームとバックストラップが陽光を受けて金の光を放っているのだ。ただし偽の金色、つまり真鍮の輝きではあるが。
やっこさん、どうやら私同様に偽の金色が生み出す威圧感を期待して、本来はスチール仕立てのものをわざわざ真鍮のものに取り替えたらしい。コルト社の純正品にはない仕様であるから、おそらくは自作であるのだろう。ハッタリの為に良く光るニッケルメッキのコルトを持ち歩いているガンマンは見たことがあるが、わざわざ真鍮仕立てにしているのに出くわすのは初めてのことだった。
「……」
「……」
20歩程の距離を空けて、しめしでもつけたように私とキッドは同時に歩みを止めた。
ヤツは早撃ちガンマンならではの、適度に脱力した立ち姿だった。僅かに右手を上げていて、その掌の先には真鍮色に輝く銃把がある。
私はダスターコートの右側を開いてコルト・ネービーを晒しつつ、やや右足を前に出した。
いかにも右手で早撃ちをします、といった格好だが、同時に私はダスターコートの左ポケットに左手を突っ込んでいた。 私のダスターコートの左ポケットは実は見せかけでスリットになっている。 左のポケットに手を突っ込んだのは、コートの下にある左のコルトを密かに抜くためだ。
私は自慢じゃないが早撃ちにはさほど自信がない。私の本領はロングキル、つまり遠い間合いにこそある。早撃ち勝負で生き残ろうと思えば、詐術のひとつやふたつ用意しておかなくてはならないのだ。
「……」
「……」
さて、互いにいつでも銃をぶっ放せる態勢を整えた訳だが、だからといってさぁ撃ち合おう、とはなりはしない。
互いに相手を見据えたまま、微動だにせず向かい合う。
「……」
「……」
相変わらず怪しいニヤけづらのキッドの顔からはやつの意図は読み取れない。
私はナルセー王に、ヤツはロクシャンに雇われている。その雇い主同士がどうも敵対したらしい、ならば雇われ者同士も銃を向け合うのは当然のこと。元々、金のため日々の糧のために命を張るのが私達だ。殺し合うのに大した理由など求めないし、欲しくもない。
だが、詳しい事情も解らぬまま「まれびと」同士、異邦人同士で銃を向け合うのは何とも賢くない。
あのキッドの雇い主の太っちょの意図ぐらいは知った上でなければ、どうにも命を取り合う気分にはならなかった。
どうしたものかと、私は思案する。
「……アンタの噂、聞いてるぜ」
意外にも、最初に口を開いたのはキッドの側だった。ニヤけづらには相変わらず危険な気配が漂っているために、体勢は崩さず、私は耳だけを傾ける。
「800ヤード先の1セント硬貨だって撃ち抜くって話じゃないか。大した腕だけど、早撃ちのほうはどうかねぇ?」
「俺もお前の噂は聞いてるぜ、キッド」
私のほうからも言葉を放つ。言葉の応酬を交わし、少しでもヤツから現状に関する情報を引き出さねば。
「早撃ちの名人だってな。しかも21人も殺ったと聞いた」
「そいつは正確じゃねぇな。そりゃ黒人とメキシコ人を勘定に入れねぇでの話だ」
「入れたらどうなる?」
キッドは笑った。殺し屋らしい乾いた笑いだった。
「さぁ? どのみち10人から先は覚えちゃいねぇよ。アンタもそうだろうがよ」
「まぁな」
私は口角だけ釣り上げて笑ったような顔を作った。しかし視線はやつへと注いだまま動かさない。
「ロクシャンに雇われたのか?」
「一宿一飯の恩義だよ。沙漠で馬諸共くたばる手前だったもんでね。例え太っちょの髭面でも水をくれるならそいつは天使さ」
「なるほど。そいつは仕方がないな」
「ああ、仕方がないぜ」
「……」
「……」
そこで互いに言葉が尽きた。
またも互いに動くこともなく、互いに見つめ合い、互いに機を探る。
『何をしている! さっさとその男を斃してみせないか! 干物同然のキサマを助けたのは誰だと思っている!』
だが先に外野のほうがしびれを切らした。
ロクシャンが苛立った声でキッドを急かす。当然、キッドはそれを聞き流していたが、その態度はロクシャンの気に障ったらしかった。
『ええい! 戦う気がないならのけ、この穀潰しめ! おい! エーラーン人の犬! キサマのほうもそうやって突っ立っているだけならとっとと失せろ! 仮にエーラーン人の財布からとは言え、役立たずに銭が流れるのは我慢ならん!』
自分だけではなく、他人、それも敵と言える相手の雇い人にまで怒鳴りちらすとは面白い男だ。いかにも商人らしい物言いに、私は吹き出しそうになった。
キッドのほうも興が削がれたのか、すっかりうんざりした顔になっている。
互いに肩をすくめあう「まれびと」二人に、肥ったズグダ人はいよいよ激怒する。
『いいか! 「まれびと」はあと二人いるんだ! 今はまだだが夜までにはマラカンドへと辿り着く。そうなればキサマラはどちらもお払い箱だ! 命を惜しむ傭兵に出す銭などないからな!』
……何やら太っちょの口から気になる単語が出てきたので、私は既に殺気の消えたキッドから視線を外してロクシャンのほうを見た。
だから「それ」に気がついた。気がついたから、キッドの方を見て、視線と顎先でやっこさんに伝えた。
キッドもガンマンだ。だから私の声のない言葉も充分にヤツに通じた。ヤツはため息ひとつつくと、偽金色に輝くコルトに手をかけた。
ただし、左手で。
『おうわっ!?』
45口径ロングコルト弾ならではの重い銃声が響き渡れば、ロクシャンの馬が嘶き棹立ちになり、肥った男は肥った尻から地面へと落ちた。
続けて、地面へと背中から斃れたのは、脳天を一発で撃ち抜かれた一匹の蝗人だった。
『こ、コイツ!』
『いったいいつのまに!』
ロクシャンの供回り達が、不意打ちを仕掛けようと忍び寄っていたらしい蝗人の骸に今更ながら驚いていた。
キッドは用心金に指をかけて、くるりとコルトを回して見せると、銃口から昇る紫煙にフッと息を吹きかけた。
「これで一宿一飯の恩義は――」
そこまで言ってキッドは言葉を止めて、苦笑いを滲ませながら後を続けた。
「――返すにゃまだ早いみたいね」
キッドの物言いを合図にしたわけでもあるまいが、もう聞き飽きた金切り声が辺り一面に響き渡る。
『こ、こいつらぁ!』
『まだ残っていやがったかクソが!』
チャカルの戦士たちが得物を手に応戦を開始する。そう蝗人だ。昨日あれだけ仕留めて屍が山のようになった蝗人が、またどこからともなく湧き出して襲いかかってきたのだ。
見ればイーディスは素早くアラマを自らの背で守りながら、左右の刀剣を抜き放っている。
慌てて色男もクロスボウを手に、イーディス達の側へと走り寄っていた。
「……ひとまずは休戦でよろしゅうござんすかね?」
キッドがおどけて言うのに、私が黙って頷けば、やっこさん、左手にあったコルトを右手に持ち替えたかと思うと――5発の銃声は殆どひとつなぎの音のように響いた。
私は、一様に頭を撃ち抜かれ、5匹揃って斃れた蝗人どもを尻目に、それをやってのけた男の方を見た。
野郎はすでに素早く空薬莢を弾倉からはじき出し、次の獲物を舌なめずりと共に見定めながら、手元を見もせずに次の6発を再装填している。
コルト・シングルアクション・アーミーは、ローディング・ゲートから装填も排莢も一発ずつ行う構造だ。我が愛銃コルト・ネービーのキャップ&ボール式よりは素早くとも、それでも再装填には本来時間がかかる。
だが、野郎は気がつけば既に次の六発を再装填し終えていたのだ。
――あらゆる意味で、こんな早撃ちは今まで見たことがない。
私は自分の背に冷や汗が流れるのを感じた。
もし仮にさっき撃ち合いをしたとして、果たして自分は勝てただろうかと思わざるを得なかった。
先に銃を抜いた私よりも、後から抜いたキッドのほうが勝るのではないか――そんな嫌な想像を掻き消しながら、私は二丁のコルトを引き抜いて、迫る虫男どもへと銃口を向けた。