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第13話 ザ・ヒルズ・ラン・レッド





『おい!』


 そう強く呼ぶ声で瞼を開き、寝ぼけ眼子で私の顔を覗き込む色男のしかめっ面を見返した。


「なんだ? 気持ちよく寝てたのに」

『なんだもクソもあるか。貴様も働け。せめて給金分ぐらいは!』


 私が欠伸しながら言えば、色男はさらに顔をしかめさせて怒鳴り散らす。

 その声の大きさに私は目を白黒させながら、指で右耳の穴をかっぽじりつつさらに大欠伸をもうひとつ。

 ようやく意識がハッキリした所で、改めて色男へと向き直った。

 似合わない革の胴衣を着込んだ色男の長髪は乱れ、纏った緑の外套は何かの粘液に汚れている。その肩には既に角矢ボルトをつがえたクロスボウを負っていた。


『まったく……貴様、この状況で良く寝れるな』

北軍ヤンキーどもの砲弾の雨あられに比べりゃ小鳥のさえずりみたいなもんさ」

『はぁっ?』

「なんでもねぇよ。こっちの話だ」


 私は枕代わりにしていた麻袋のような袋から身を起こし、荷台の上に立って伸びをひとつ。

 寝床が固かったせいか、筋や肉まで固くなっているのを解す。

 私の寝ていた荷車の傍らでは、アラマがサンダラーの鞍に横向きに乗っていたが、私に気づいて視線をこちらに向けた。


『あ、まれびと殿! お目覚めですか!』

「おはよう……って頃でもないがおはようアラマ」


 寝覚めの挨拶をしながら、私はさっきまでアラマが見ていた方へと目を向けた。

 そして首を横に振りながら、嘆息した。


「やっぱり、俺の出る幕ないじゃないか」

『だからといって寝てるやつがあるか!』


 色男が怒鳴りながら、クロスボウの引き金を弾いた。

 弦が鳴り、矢が風を切って唸り飛べば、彼方で蝗男が一匹、複眼を射たれてもんどりうつ。

 その背中にはすかさず近くのチャカル戦士の槍先が突きこまれ、断末魔があがる。しかし耳障りなはずの金切り声も、辺りの喧騒にたちまち呑み込まれて消えていく。

 その様に私は再度首を横に振った。


 ――アフラシヤブの丘は、今や修羅の巷と化していた。

 獰猛なるチャカルの戦士たちが、迎撃に出てきた蝗人共を血祭りにあげているのだ。


『よーし! 放てぇ!』


 イーディスの号令一下、短弓で武装した戦士たちが一斉に矢を放ち、突撃してくる蝗人どもの機先を制する。

 彼女は体調が優れないせいか今日は指揮官に徹していて、騎上でカタナを指揮杖よろしく揮っていた。

 そしてナルセー王直々の命令による出撃だからか、キレイに磨かれた胸甲も身につけていた。

 他のチャカルの戦士たちも、普段兵営で見せるような無法者丸出しの格好ではなく、甲冑姿に殆どの者が着替えていた。剣、槍、弓矢と、得物ごとに戦列を組んで、連携しあって戦っている様はまるで正規軍だ。しかし武器の長さや形状、鎧の形も種類もばらばらならば、人種も統一されない寄せ集めでこれだけの動きが出来るのは、各々の戦士としての力量の高さの何よりもの証拠だった。


『どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!』


 剣で武装した一隊の先頭で切り込み隊長を務めるのはリトヴァのロンジヌス。

 何と鎧を一切まとわず、上半身は裸で、得物は私の背ぐらいはありそうな大段平の一振りだ。

 まるで風車みたいに刃を唸らせれば、玩具の人形みたいに蝗人の頭手足がポンポンと宙に舞いあがる。

 中には一刀両断されて、上下あるいは左右に真っ二つになっているものさえいる有様だ。


『よし、突け!』


 槍隊を率いているのはセリカンのグラダッソで、剣隊に押された蝗人の一隊を串刺しにする役を担っていた。

 穂先がきらきらと陽光に銀と輝く様は、前の戦争の時の銃剣突撃を思い起こさせた。

 グラダッソ自身は隊の後方で指揮をとっている。私から見れば奇妙な意匠の甲冑に全身を固め、さらにその顔は悪魔の類をかたどった鉄面に覆われていた。手にした得物は、先が棘だらけになった六角形の鉄棒だった。


『うまい具合に追い込んだな……今だ! 行け!』


 ロンジヌスとグラダッソの部隊に気を取られている蝗人達を見て、イーディスが号令する。

 槍や曲刀で武装した騎兵たちが敵の背後へと回って突撃する。

 後方からの攻撃にもともとあるかも怪しい隊列を完全に乱れさせ、蝗人は混乱の極みに達していた。


「……終わりだな。後続が来なければだが」

 

 私は相手の様子に、チェックメイトが近いと見てもう一度大欠伸をした。

 ナルセー王の命もある。イーディスに率いられたチャカルの一隊に混じって、私とアラマはアフラシヤブの丘を再び訪れていたが、アラマはともかく私はそもそも乗り気ではなかった。「こちらがわ」にいつまた呼び出されても良いようにと、普段から武器弾薬の類は抜かりなくそれなりの量を持ち歩いているとは言え、無論限りがある。いつまたいつぞやの魔法使い連中みたいな強敵に出くわさないとも限らない。余計な切った張ったは正直避けたかった。


『……そう易易と問屋は卸さんようだな』 

「チッ……たしかにだ」

 

 だが横で皮肉っぽく色男が言うように、廃都のほうからさらなる蝗人の一団がやって来るのが、その砂埃で解る。

 戦場はちょうどアフラシヤブの丘の麓だが、いったい連中どれだけいるだかしらないが、数を揃えてチャカルを迎え討って来たかと思えば、次から次にと後続がやってくる。

 流石に、前線の連中も疲れてきているはずだ。私も一仕事せねばならんだろう。

 私はレミントンを手に取り、銃尾を開いてライフル弾を装填する。


「じゃあ、給料分ぐらいは」


 スコープを覗き、その十字線を砂塵のほうへと向ける。

 じきに敵新手の先頭が姿を現せば、私はソイツ――のやや下方に照準をずらし、引き金を弾く。


「働くとするか」

 

 スコープの先で、敵の胸板に風穴が開くのが見えた。

 まずは一匹。だが後続はあとからあとから押し寄せてくる。

 戦闘は結局、あと小一時間ほど続いてやっと終わった。













 燃え盛る薪を囲んで、夜を明かす。

 蝗人共をようやく一掃した私たちはアフラシヤブの丘を占領し、ここに陣幕を張って一晩を明かすことにした。

 廃王宮奥の神殿については、明日、ナルセー王と取り巻きの呪いマゴスたちが到着するのを待ってから、改めて踏み込むことになったからだ。誰が言い出したかは知らないが、あの奥には金銀財宝がゴマンとあるらしいとチャカル戦士たちの間で噂になっていたこともあり、戦士たちは極めて遺憾といった様子だったが、一応は命令に従って大人しくしている。

 傭兵の癖に分をわきまえているのは、ナルセー王に逆らうとどうなるか理解しているかららしい。

 聞くところによると王はたいそうな戦上手で、かつ逆らうものには情けも容赦もないそうだから。


「混ざってこないのか?」

『ああいうのは好かん』


 私は傍らで、陶器の瓶からちびちびと酒を貧乏臭く煽っている色男に提案すれば、やっこさんは流し目に自分の同僚たちの方を見てから、若干の嫌悪感を滲ませつつ言った。

 チャカルの戦士たちは王の命令通り確かに大人しくここで待ってはいるものの、待っている間まで大人しくしている訳ではなかった。元々が血の気の多い無頼な連中な上に、一戦終えて気も昂ぶっているのだ。荷車に積んでわざわざ曳いてきたのは大量の酒瓶、酒樽。火を囲んで酒盛りに興じ、所々では博打も始まっている。

 運悪く死に損なった蝗人どもはあるものは縄で吊るされ、ある者は柱に縛り付けられて射的の標的にされている。

 さっき色男が流し目に見ていた先では、チャカルの男たちが半殺しにされた蝗人へのナイフ投げに興じていた。

 硬い鱗で覆われた相手だけに、そう簡単には刃が立たない。酒も入って男どもは白熱し、笑い、叫ぶ。

 リトヴァのロンジヌスもその中に混ざってきて、一同に手斧をかざして見せていた。あれで一撃で仕留めてやるということらしい。俄然、盛り上がってさらに騒がしさは増していった。


『見てろ。今にどこかで喧嘩が始まる。巻き込まれるのはゴメンだ。戦以外で怪我など絶対ゴメンだ』

「そいつに関しちゃ同感だな。ホレ」

『ありがとうございます、まれびと殿』


 私は薪の上に置かれた鉄鍋の中身、豆らしいもの煮た代物をよそって椀に盛り、隣のアラマへと渡した。

 彼女には、今夜は私の傍らを離れないように言っておいた。

 血に滾った無法者共がたむろしているこんな場所で、迂闊に独りで出歩けばガキでも仕込まれかねない。アラマもそれなりに荒事慣れしているようだが、あの戦士たちを相手には分が悪すぎる。


『良い匂いだな。私も良いか?』

「構わんさ。ホレ」


 湯気が運ぶ香りに引き寄せられたか、闇から姿を現したイーディスにも一杯よそって渡す。

 恐ろしく騒がしい野戦陣地の夜にあって、この薪の周りだけは別世界のように静かだった。


「見回りは?」

『済んだ。とりあえず許せる範囲でしかまだ騒いでいない。明日には王も来る。滅多なことはせんだろう』

「神殿の見張りはいいのか?」

『グラダッソに任せた。やつなら信が置ける』


 イーディスが言うことに、私も頷いた。

 あのグラダッソという東洋人風の男は、元正規軍将校の類だったらしい。他の連中と違って、軍規を知っている。


『……本当に財宝が出たら幾らか貰えるんだろうな?』

『それは間違いない。今度の戦の報酬として、王もそれを認めている』


 色男が心配げに問うのに、イーディスは太鼓判を押した。

 チャカルの戦士たちが暴れだして略奪に走らないのも、単に王が怖いだけではなくて、大人しくしていればおこぼれに預かれると思っているからだ。騒ぎを起こして、金銀を掴み損ねるのは傭兵には耐え難いことだ。


「ひとやま稼いで、故郷に凱旋でもしようってか」


 私が冗談めかして聞けば、色男は少し陰鬱な顔になりながら頷き言った。


『父祖の土地を取り戻すには金が要る。その必要がなければ、誰が好き好んでこんな所に来るものか』


 傭兵にはそれぞれ、命を的に戦場に身を投じるそれなりの理由がある。

 土地、信念、欲望、信じる神のため……。私の場合は極々単純に、それが「生きるため」だからだ。

 いずれにせよ、みんな求めるものはキラキラと煌く一握の金貨な点は一緒だ。

 生きて報酬をつかむために、剣を、あるいは銃を手に取るのだ。


「じゃあ、生き延びるためには腹ごしらえが要るな」


 私は豆をよそって色男へと渡した。

 私がそんなことをするとは思っていなかったのだろうか、少し戸惑いながらも、椀を受け取った。

 先祖代々の土地のために戦う――それは私にも充分に共感できる、戦うに足る理由だった。












 うだうだとイーディスやアラマ、色男と四方山話などをしている内に夜はふけて、戦士共も酔って大人しくなり、私達もそれを待ってから眠りについた。

 夜明けとともに目覚め、朝日の下で銃の手入れをしていると、彼方に砂塵が上がるのが見えた。


『……来るな』

「ああ。それも街のほうからだ」

 

 イーディスも私同様に即座に気づいて、横に並んで砂煙のほうを窺った。

 アラマに色男もやってきて、アラマは手近な廃屋の屋根へと素早く上ると、目を細めて委細を観る。


『ナルセー王の軍勢ではありません! 旗印がない!』

『アラマの言うとおり。王ならば軍旗を掲げないはずもない』


 アラマにイーディスが頷き言ったように、マラカンドからアフラシヤブへの道を進む騎群にはどこにも、王の軍勢を示す証を掲げている様子は見えなかった。

 では、ありゃいったい誰なんだ?


 大きさを増す馬蹄の響きに、チャカルの戦士たちも次々と私達の近くに集まってくる。

 鎧こそ脱いでいるものの、いずれも各々の手に得物を携え、すぐにでも修羅場鉄火場に飛び込める準備を済ませているのは流石だった。

 特にイーディスが指示を出さずとも、一部の弓兵は廃屋の陰や屋根に身を伏せ、攻撃の態勢を整えていた。

 私もコルトに弾が装填されているのを確かめ、撃鉄を半分起こして弾倉の回り具合を確かめる。

 心地よい金属音が鳴って、弾倉は綺麗に回転した。ホルスターにガンを戻し、拳をゴキゴキと鳴らす。


 騎群は、瞬く間に私達へと迫り、間近でその歩みを止めた。

 その先頭の男に、私は見覚えがあった。


『スピタメン家のロクシャン』

『なぜ、やつがここに?』


 アラマとイーディスが言うように、確かにズグダ人達の頭領ロクシャンその人だ。

 あの胡散臭い顔立ちに、本人曰く真心で膨らんだ太鼓腹は見違えようがない。

 ロクシャンは、私達を含め集まってきたチャカルの面々を順々に眺めたあと、その太鼓腹が更に膨らむぐらい息を吸い、吐くと同時に大声で叫んだ。


『きさまらぁ! 誰に断ってこの丘に居座っておる!』


 私たちは、この太っちょの物言いに思わず互いの顔を見合わせた。

 そして若干の戸惑いを交えながら、イーディスが代表してロクシャンへと相対する。


『ナルセー王の命に拠りてこの地をおさえた。その旨を、貴公が知らぬはずもあるまい!』


 しかしロクシャンは憤慨したようにイーディスの言い分に対し首を左右に激しく振った。


『レギスタンは我らズグダの民が先祖代々その住処としてきた土地。当然、このアフラシヤブもまた我らズグダの民が父祖より受け継いだ土地ぞ! いかにエーラーン人の王の仰せとはいえ、この地に勝手に踏み入ることは、我が許しても我が同胞たち、そして我らが父祖の霊が許しはせぬ! 即刻陣を引き払い、立ち去れい!』


 背後のチャカルたちがざわめく声が聞こえてくる。

 彼らもマラカンド、そしてレギスタンの地きっての実力者の顔は見知っている。

 その実力者の言葉には、動揺せざるを得なかった。雇い主の王とこの男、従うべきはどちらの言葉だ?


「……はぁ」


 私は背後の動揺を聞き、ため息をつきながら前へと自ら歩み出た。

 アラマの言うこともある。この丘は、私の運命に大きく関わっている可能性もなくはない。そこをようやくおさえた所で、わけの分からない横槍を入れられるのは、私としても不本意なのだ。


『ほう! 出てきたかまれびと!』

「ああ出てきてやったぜ」


 前に誘いを断ったせいか、ロクシャンが私を見る目には敵意がある。

 それを意に介さず、私は太っちょへと話しかけた。


「いったい全体、どうしたってんだ。あんたらは支配者の余所者達と、うまくやってたんじゃないかい?」

『父祖の土地に土足で踏み入ったとあれば、話は別よ』


 ロクシャンは、私の言葉にも耳を貸す様子はない。

 仕方がないので、私はコルトを抜こうかと考えた。

 銃の出す音と煙と光は、百の言葉に勝る。

 だがロクシャンは、そんな私の微妙な気配を動きを目ざとく捉え、こう言い放った。


『まれびとの武器を用いるか? いいだろう。だが、それはもはや貴様だけのモノではないぞ!』


 ――なんだって?

 私がロクシャンの言葉の意味を問い糾すよりも素早く、やつは己の背後へと呼びかけた。


『先生!お願いします!』


 果たして、一騎の人影が太っちょの背後より歩み出た。

 草臥れあて布のついた、裾の長めの茶色いレザージャケット。

 よれよれのシャツは埃と土に汚れているが、首に巻いたスカーフは染みひとつない赤色。

 黒っぽいジーンズに、銀色に輝く拍車を備えたブーツ。

 庇の広い黒いハットのクラウンには、一ドル銀貨をつなぎ合わせたアクセサリーが巻かれている。

 底知れぬ青い瞳に、にやけた不敵な口元。

 整った容姿ながらも、隠しきれぬその剣呑な気配。

 そして腰に吊るした、一丁の拳銃。


 間違いなかった。

 この男は、私と同じ「まれびと」で、しかも拳銃遣い(ガンスリンガー)だった。

 そして私の見立が正しければ、間違いなく一流の拳銃遣いだった。




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