005 川のほとりにて(7月5日アーレス)
「ひ姫って、エレナ姫様ですか?でございますか?」
アーレスは、突然の告白に動揺した。確かに先ほどエレナと名乗っていたのを思い出す。
だが、まさか姫様だと思ってもいなかった。
それは、お披露目の儀にでていたはずの姫が、守護騎士や他の参列者を連れずに、会場から離れたあんな場所にいるはずがないという前提が頭の中にあったからである。
今、そう名乗られても、騙されているのではないかと疑ってしまう。
だが、彼女がそんな嘘を言う必要もないので、アーレスは、彼女を姫様として扱うことにした。
「もしかしたら私のせいで街が襲われたのかもしれないので、できればアーレス様と一緒に行きたいです」
彼女は必死に言う。なぜ、自分のせいで街が襲われたから、一緒に行きたいのか、少し疑問に思ったが、彼女も混乱しているのだろうと、ここも突っ込まないようにする。
「・・・」
そして、アーレスの頭の中に、一瞬でいろいろな考えが浮かんだ。
まず考えられるのは、テレステの街に戻り、騎士や兵士に彼女を引き渡す。それが一番手っ取り早い方法である。ただ、テレステの街の現状がわかってない以上、戻るのは危険が伴う。万が一、彼女がターゲットなら、逃がした魚が、ひょっこり戻ってきたと敵を喜ばせるだけである。
もう一つ考えられるのは、当初の予定通りクルセタの町まで進み、伯父であるセリュー子爵に引き渡して守ってもらうというものである。それが、一番安全な策である。だが、これも彼女がターゲットだとすると、町の入り口あたりに刺客が待ち構えている可能性もある。それを考えると直接町に行くのも危険である。
「だめですか?」
彼女は、じっとアーレスを見た。
その不安そうな瞳に、アーレスの心のどこかで考えていたこのまま彼女を放置していくという選択肢はなくなった。
「わかりました。必ずや姫様をお守りします」
アーレスは、そう答えていた。彼女を守りきれば、褒賞金などもらえるかもしれないという気持ちも心のどこかにあった。
「ありがとうございます」
だが、彼女は、純粋にうれしそうに笑いアーレスの手をぎゅっと握ったのであった。
その後は、昨日買ったパンと干し肉を二人で食べてお互いの話をした。エレナは、干し肉と硬めのパンに苦労していたが、水でふやかしながらなんとか食べていた。
「お城の食べ物に比べると美味しくないだろう?」
「いえ。これからはこういう食べ物にも慣れていかないとダメですから」
エレナは、そう自分に言い聞かせるように言う。やはり、あんまり美味しくなかったのであろう。
「まあ、探索者とかにならない限り、そんなに食べる機会ないと思うから、そこまで慣れる必要はないと思うよ」
アーレスは笑って言う。アーレスは、エレナに姫だと思わず気楽に話してくださいと言われたので、普通に話すことにした。
「アーレスさんは探索者なのですか?」
エレナの方も、親しい人と話すように気軽に話しかけてくる。
「ああ、俺の所属しているギルドは、冒険者ギルドと探索者ギルドに登録しているから。俺も両方登録しているよ」
そう言ってアーレスは背負い袋をあさりはじめる。その中にはギルド証が入っているはずである。
アーレスは、カード入れを見つけエレナに見せる。
革製のカード入れには猫をモチーフにした金のギルドエンブレムがついている。ギルドキャットシーカーの受付嬢がデザインしたというその金のエンブレムは、ギルド員全員に配られるものである。
それを広げると銀色のバッチが1種類と銅色のバッチが2種類ついている。
銀色のバッチは、冒険者ギルドCランク、銅色のバッチは、探索者ギルドEランクと輸送ギルド初級のものである。
けして自慢できるようなランクではないが、一応、それぞれのギルドで資格をとっていることを意味する。
さらに中にはギルドカードが入っており、それを出してエレナに渡す。
カードには、所属ギルドや名前やランクなどが記載してある。このカードは、身分証明にもなり結構便利なのである。
「これが冒険者カードですか。わたしも欲しいです!」
目を輝かせながらエレナは言った。
「そんないいものじゃないけどな・・・」
アーレスは、苦笑しながら言う。アーレスからすれば、これらの資格は、就職に失敗したから仕方なくとったもので少し複雑である。
3年前に学校を卒業した際、アーレスは、国に仕える為、試験を受けたのであるが、受からなかったのである。
だが、もし今回、エレナ姫を無事助けることができれば、騎士の称号を授かりして、仕官が叶うかもしれない。もっとも、冒険者をやっていた方が、安定性はともかく気楽な気がする。家族ができれば、考え方も変わるのかもしれないが。今は、特に不自由を感じていない。
「そろそろ出発しようか」
長く話しすぎた。と、アーレスは荷物をまとめ始める。遅く起きた上に話しすぎてとっくにお昼をまわって太陽は傾きかけていた。このままでは目的地につくまでに夜になってしまう。距離にして十数キロとはいえ、街道を通らない上に歩きなれていない姫様と一緒に行かなくてはならないのである。
「いったん。クルセタの町にある俺の家まで行くからな」
アーレスは目的地を告げる。いったん自宅で彼女を匿って、現在の状況を聞き込みしようと考えていた。
「アーレス様の自宅ですか・・・まだ、心の準備が・・・」
アーレスが、水筒に水を汲みなおしているときに、エレナはそう呟いているのが聞こえた。




