Happy Birthday to 愛しい君から
お久しぶりです。
なんだかんだで前回の投稿から日が経っているように感じます。
最初、この作品を書くつもりはありませんでした。けれど、つい先日、誕生日ということでケーキを食べたのですが、そのとき大切な人たちに誕生日を祝ってもらうことがうれしくて、その気持ちを抑えられず、こうしてこの作品にぶつけてみました。
「ただいま」
いつにもまして疲れた声で、俺はそう呟いた。
それに返事がないことを寂しく思いながらも、さすがにもう寝てるよな、と苦笑する。いつもなら、おかえり、と言ってくれるけど、今日は残業のせいで帰宅が遅かったから、しょうがない。
おかえり、を言ってくれる人は、遅くまで起きているのが苦手な人だから、きっともう寝ている。
それを示すように外から見た感じだと、リビングの電気も消えている。
玄関からまっすぐ伸びる廊下を重い体を引きずるようにして進み、リビングのほうへと移動する。そうしてリビングの扉を開けると、やはり電気は消えていた。
けれど、そこに彼女はいた。
キャンドルライトの仄かな輝きに照らされたその横顔は、揺れるロウソクの火のようにおぼろげで、どんなものよりも美しいと思わせる。
そっと輝きを見つめる栗色の瞳は、優しい色を灯して。
輝きにきらめく栗色の髪は、ゆったりと緩やかなカーブを描き、背中へと流れている。
クッションを抱いて、ぽわぽわと幸せそうにまどろんではいるものの、こうして起きていてくれた。
それがただうれしくて、つい頬が緩んでしまう。
「ん、おかえりなさい」
こちらに気づくと、ほんわりとした声でそう言ってきてくれる。
それだけで、さっきまで残業だ何やらで疲れていたのも忘れて、幸せな気持ちになってしまうのだから、不思議なものだ。
「ただいま。楓」
「はい。おかえりです、かずくん」
ふふ、と楓は微笑んでくれる。
遅かったら先に寝ていていい、といつも言っているのに、どうして起きてるかな。
いつも帰ってくるまで待っていてくれるけど、さすがにこのくらいの時間なら寝ているはずなんだけど。どうして今日はこんなに遅くまで、無理をして、眠そうにしながら待っていてくれたのだろう。
「どうしたんだ? こんな遅くまで」
「んー、今日、何の日か忘れたの?」
むぅ、と頬を膨らませながら、楓はそんなことを言ってくる。
もしかして、何か大切な日を忘れてるのか?
楓の誕生日はまだ先だし、結婚記念日はもう過ぎてる。何か約束をしてるわけでもないし、そもそも俺が楓に関する大切な日を忘れるはずはないはずなんだけど……なんだ?
「ごめん、本当にわからない」
わからないものはわからない、と素直に訊くことにした。
これで変に取り繕ったりすると、いいことがないことは知っている。楓はそういうことが嫌いだから、拗ねて三日くらい無視してくるのだ。……あれはつらい。
なんて思いながら訊くと、しょうがないなぁ、と楓は呆れたように苦笑する。
「今日は、かずくんの誕生日だよ?」
「あ」
思わずそんな声がこぼれた。
楓の誕生日を忘れたことはなかった。けど、俺の誕生日なんて大したことがあるけでもないし、最近は仕事が忙しかったから、すっかり忘れていたな。
「まさかとは思ってたけど、本当に忘れてたんだね」
と、楓は困ったように苦笑する。
楓も人のこと言えないだろ、と彼女の誕生日を祝ったときのことを思い出して言いたくなるけど、言ってもしょうがないことなので思うだけにとどめておく。
「まぁ、あんまり俺にとっていいことはないからな」
「もう、いつもそうやって」
楓はそう不満そうに呟いて、じぃ、とこちらを睨んでくる。
「そう言いながら、私の誕生日とか、忘れたことないくせに」
「大切な人の誕生日だからな」
「むぅ、やってることは同じなのに、なんで忘れるかな」
楓は頬を膨らませながら、呆れたような声音でそんな呟きをこぼす。
けど、むくれていたかと思うと、ふっと花が咲くように笑みを浮かべた。
「かずくんは、こんな私にこうしてずっと寄り添っていてくれる。そんな大切で、愛おしい人の誕生日だから、私も忘れないよ」
そう、優しく微笑んでくる。
それにうれしいやら恥ずかしいやら、どうしたらいいのかわからなくなる。
「覚えてるかな? 私が事故で足を怪我して、もう歩けないって知ったとき、かずくんが言ってくれた言葉」
「……な、なんだっけかな」
いきなりそんな話になって戸惑うものの、そのときのことはしっかりと憶えている。
その言葉は、いわゆるプロポーズとか、そういう類のものだったから。
楓はぎゅっと大切なものを抱くように、クッションを抱きしめる。
「――『なら、俺が支えてやる。ずっとずっと、お前のことを支えてやるから』って」
くっ、恥ずかしいなぁ。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながらも、静かに楓の言葉を待つ。
だって、楓はとてもうれしそうにしているのだから。ここで何かを言ってしまうのは、野暮ってものだろう。
「その一言は、私にとって大切なものなんだよ。あのとき、すごくうれしかったし、あれからずっと、かずくんはこうして一緒にいて、支えてくれてる」
だからね、と呟くと、楓は指輪をしている左手を包むように胸の前で手を重ねて、
「――ありがとう」
と、万感の想いを込めて告げる。
それは、どんな言葉よりも楓の心を伝えてきて、うれしさが込み上げてくる。
「かずくんとこうして一緒にいられて、私はとってもとっても、幸せだよ?」
だからありがとう、と楓は微笑む。
「あのとき、失意の底にいた私にあの言葉をくれて。いつも、こうして一緒にいてくれて。本当にありがとう。ずっとずぅっと――大好きだよ。かずくん」
楓のどこまでも真っ直ぐな告白に、息がつまる。
ああ、楓のことが好きだな、と。どうしていつも彼女はこう惚れ直させてくれるのだろうか。だからこそ、こうして楓と一緒にいるんだけど。
「ふふ、そしてそんな優しいあなたに、プレゼントです!」
じゃーんっ、と楓は胸を張りながら、後ろに隠していた白い箱を持ち上げてみせる。
それは両手で持てるくらいの大きさで、赤いリボンでラッピングがされている。その箱を楓はこちらに寄せてくるので、そのまま流れで受け取ってしまう。えっと。
「開けても、いいか?」
「うん」
楓の許可を得てから、丁寧にラッピングを解き、箱を開ける。
「おぉ」
思わず感嘆の声がこぼれる。
白い箱の中には、バースデーケーキ。
真っ白なクリームに包まれたスポンジにの上に、苺とロウソク。そして中央にはチョコの板が添えられており、『Happy Birthdayです! かずくん!』と楓の可愛らしい文字で書かれていて、なんとも微笑ましい。
「どう、かな? がんばってみたんだけど……」
「がんばったって、もしかして、これ手作り?」
「ん、ちょっとずつ、バレないように材料を集めるの、大変だったんだよ?」
かずくん鋭いですから、と楓は笑う。
そうして楓はおもむろに身を乗り出すと、一つ一つ、ロウソクに火を灯していく。暗かった部屋をロウソクの火が照らし、ぼんやりと明るくなる。
「こうして見ると、きれい」
ロウソクに火をつけ終えると、楓はケーキを見つめ、そう呟きをこぼす。
そうだな、と相槌を打ちながら、俺はきらきらと輝くケーキと、それを見つめて優しく微笑む楓に目を奪われてしまう。
「あ、あの、かずくん」
「ん、どうした?」
「と、隣に行ってもいい、かな?」
どこか緊張した面持ちで楓はそんなことを言ってきた。
いいよ、と最初から決まっている返事をすると、楓がうれしそうに身を寄せてくる。
隣にくると、楓はもたれるように肩を寄せてきて、猫のように安心した表情で寄りかかってくる。それを微笑ましく思いながら、たったこれだけのことで幸せになれることに、幸せって身近なものだよな、と頬を緩める。
しばらくそのままでいると、楓はおもむろに体を起こしてこちらを見つめてくる。
そして、
「――ハッピーバースデイ、かずくん」
と、楓はとても優しい微笑みを浮かべてくれた。
それだけなのに、ぐっと心にくるものがあった。すぐにでも楓を抱きしめたいと、思ってしまうほどに、彼女を愛おしく感じる。
ほら、と楓は優しい瞳のまま、ロウソクの火を消すように促してくる。
しょうがないな、と思いながら、そっとケーキに顔を寄せると、ふっと息を吹きかけて火を消した。
暗くなる室内。
そして、そっと頬に触れる柔らかい感触。
きっと、ロウソクの火が消えて真っ暗になったところを狙ったんだろうけど、一本だけロウソクの火が残ってしまったから、楓の行動はよく見えていた。
俺の頬から、そっと唇を話した楓は、不思議そうにこちらを見つめてくる。
そして一本だけ残っているロウソクの火を見つめ、またこちらに視線を戻す。
「え、あ、えっと」
楓は困ったように視線をさまよわせ、耳まで真っ赤に染めて、
「……た、誕生日、プレゼント……です!」
と、恥ずかしそうにしながらそう言って、楓はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
それはとても美しくて、可愛らしくて。
何にも代えがたい大切なもので満たされるような、幸せなものだった。
いかがでしたでしょうか?
今回は私のいつもの作風からがらっと変わって、甘々なものとなっています。最初、こんなつもりじゃなかったんですよ? でも、気がついたらこんなことに……。
書こうと思ってからお話を考え、こうして投稿するまでたったの五日。我ながらよくやったなぁ、と感心しているところです。せっかくこうして書いたので、毎年誕生日が近づいたら、『Happy Birthday to』を再びタイトルにして、書こうかな、と思っています。
最後に、「ご感想、お待ちしていますよー!w」




