其ノ参:物語の序章。私が主人公ならば。
大きな屋敷の待合室。流石は公爵家だ。
爵位とは公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順に格が高い。
今の日本に爵位なんてないから、さっき読むまでわからなかった。
しかもこのリッツデール公爵家は筆頭公爵家らしい。せっかくだから王子の手先がちゃんと資料を取れるか見極めてあげよう。
そんな所に使えられるのか心配になるけど、追憶には魔導書も含むことを忘れてはいけない。本の内容を肉体に適応する魔法を使う。これで、私の肉体が見本のようなメイドの動きを完全に覚えた!はず。
前世でバイトに落ちまくったトラウマが拭いきれてないのか、かなり緊張する。
「次の方、お入り下さい」
「失礼致します」
本から同期した動きを私自身も意識しながら行う。その後に続いたのは日本人の私には簡単すぎる質問。
字を読み書きできるか、から始まり爵位についてなど。
そしてメイドとしての一通りの動作を見られたあと奥に通された。
多分、待合室に戻ってきた人達は不合格だったのだろう。
その先にはバトルフィールドがあったのだから。確かに戦うメイドさんとは書いてあったけど、メイド服の女性達がこうしてそれぞれの武器を手に向かい合っているというのはなかなかに衝撃だ。
「あの、武器を出してください」
そんなことを考えていると、控えめに声がかけられた。
さっと周りを見てみても、もう武器を出していないのは私だけのよう。
「ご心配なさらずに。」
そう言って身だしなみを軽く正す。私の最も得意とする分野である暗̀殺̀技̀、つまり体術と暗器を使った戦い方。
暗器は隠してこそなんぼだし、奇襲をする一撃必殺に近い戦い方。
でも、今回はあくまでも優雅に勝つことが目的だし、暗器なんか使ったら死者が出る。
だから、体術とスノーホワイト、私の銃を使おう。まぁ、銃形態では使わない予定だけどね。
「それでは、開始っっ!」
審判の叫び声に合わせて地面を蹴り駆け出した人たちと周りを見る人達。
先手必勝か後出しか。
後ろから右を狙ってきた人の鳩尾を肘で打って、しゃがんで頭を狙ってきた人を避ける。
その勢いのまま足を出して半回転してバランスを崩した二人にスカートの裾を抑えつつ足で一撃づついれて沈める。
足を下ろすと同時に半歩踏み出して正面から来たスピードアタッカーの首に手刀を入れて逆の手で倒れないように支える。
ゆっくりその人を地面に寝かせると上に3mほど跳躍して「はぁっ!?」足から2m程の大きさにした大剣型スノーホワイトを振り抜いて地面に叩きつける。
どぉんと重い音を立てて地面にひびが入った。残っていた挑戦者達は全員私の方を見て固まっている。
「さぁ、何処からでもお相手して差し上げます」
軽々とその剣を持ち上げて斜め後ろに構える。誰かが足音を立てて特攻した。
それを合図にしたように全方向から飛びかかってくる。
『水邪之教典ヨリ、タイダルウェイブ展開』
私が力ある言葉を紡ぐ。これが魔導書の発動鍵言だ。
水邪之教典は水の教典の中で最高位のものらしい。詳しくは知らない。
タイミングを見計らい発動合図を出すと、私を中心に中型の津波が起こって全てを洗い流していく。
流石に立っている人はいなくなっていた。
「しゅ、しゅうりょうです……」
審判は腰を抜かしているみたい。にしても、皆メイドにしてはレベル高くない?
異世界だから命狙われる人も多いのかな?
それに準じて戦うメイドさんも多いとか。
「公爵家で採用するお方はミコト様で確定です。」
それを聞いたほかの者達は悔しそうに、しかしどこか清々しい表情を浮かべていた。
やっぱり、ここメイドの選考会場じゃなくて戦闘狂のつどいだよ。
服に付いた土埃を払いながら案内人に付いていく。
「まずは旦那様にご挨拶して頂きます。お着替えはー、必要なさそうですね。」
苦笑いをしてこっちを見る執事さん。まぁ、全く汚れてないもんね。
払えば洗濯直後のように綺麗になるんだもん、この服。着替え室をスルーしてそのまま長い廊下を歩き始める。
執事さんが「今まではどちらのお方に仕えておられたのですか?」とまるで世間話を装ってどの派閥に属するのかを聞いてくる。
「ご安心下さい。私がお仕えしていた方は貴族の方ではなく、夜の世界の御方です。」
そう言った瞬間に執事さんの体が強ばる。それはそうだろう。暗殺者の類に属していたと聞かされたのだから。
私は強い部類だと自負してる。その私が仕えていた人、その目的なんて怖すぎるだろう。
「何の心配も御座いませんよ。私が再びかのお方を垣間見る事は無いのでしょうから。
そもそも、この世界にはもういらっしゃいません。」
何一つ嘘は付いていない。前世で慕っていた人だし、この世界にはいない。
確かに、もう日の下を歩けないほど夜の世界に馴染んでしまっていた人だけども、とても強く、とても美しい人だった。
それにあのお方は私たちに無理を強いることは無かったからね。
「では、何が目的でこの屋敷にお仕えしようと?」
もう敵意を隠すこともせずにこちらを睨みつけてくる。
「そうですね。お金が無いのですよ。
かのお方の元を離れて家族からも無銭で縁を切られてしまいました。
冒険者のギルドに登録するにも、登録金の千ギルすら人に借りなければならないような状態なのです。
自分で言うのもあれですが、諜報、暗殺、護衛、陽動何でもこなせますし、悪くない物件だと思いすよ」
「では、旦那様に忠誠を誓う気はないと?」
「まさか。そんなこと言っておりません。私はその御方を人伝に聞いた話でしか知りません。
実際に会いその人となりを見ない限りは誓うことはできませんし、永遠を誓うことも出来ません。
先程の話でお察ししているとは思いますが、私は光でできた人間ではございません。
いくつかの事情によりこの屋敷を離れなくてはならなくなる時が来ます。
それまでで許して頂けるのであれば。」
失念していたけど、公爵家と言えば身分を隠していない第二王子とも会う機会があるかもしれない。
何らかの自体で魔王だと露見してしまう時が来るかもしれない。
そんな時、ここがどんなにホワイトでいい感じの職場だとしても、ここから離れなきゃいけなくなる。
正直、旦那様はどんな人かもう知っている。
今の愚王を殺すべくクーデター我作する反逆者。
それだけに留まらず、王子達を殺して新たな王になり変わろうとする大馬鹿者なのだ。
それだけなら殺せば終わる。
だがリッツデール公爵は「勇者の末裔」であるのだ。グレーの髪の毛は遺伝で薄くなってしまった黒髪の名残りであり先祖返り。
私を殺すほどの力は無いにしても、血を流す程の怪我はさせられるだろう。
何たる偶然だろう。
魔王が勇者の末裔に仕えるなんて。
まぁ、公爵家の人間はその事を誰も知らないし、私には関係ない事だ。
筆頭公爵家の由縁が勇者が討伐した暁にと望んだ公爵令嬢、彼の先祖にあたるということ、そして力関係が崩れることを恐れた国王によってその結婚は秘匿されたこと。
もし、このことが知れれば公爵は魔王討伐に駆り出されてしまうだろう。
そして、知られるのも時間の問題。まだ覚醒していないだけで、先祖返りの彼には聖の魔力がある。
覚醒してしまえば、見るものが見ればひと目でわかる事だろう。
そして聖の魔力には魔王のいる方向を探知することが出来る。そうなってしまえばもう、私はここにはいられない。
そんな危険を冒してまでここがいいのかと言われれば、まだ良く分からない。
でも折角の出会いだし、私自身、いつか勇者と戦う身としてどれほど相性が悪いのかを知っておきたいというのもある。
いつか死ぬのは構わない。でも、まだここに来た理由もわからないうちに死んでやるつもりなんてないのだから。
討伐されるのも、舞台を整えてド派手な決戦にしてやるんだから。
そうじゃないと、私の血が許さない。殺し尽くして、血濡れた舞台で勇者の代表と二人殺し合う。
なんて、楽しそうで甘美な夢だろう。
そこまで考えて気がついた。
血の気がすっと引いていく。
私は今、何を考えた?血が許さない?甘美な夢?そんなこと思っていないのに。
殺すのは生きていくために必要で仕事だったから殺した。
殺すことは好きじゃなかった。
本当に?本当に。楽しく